12: 蝋燭灯る~前~

***過去***


蝋燭ろうそく灯る部屋の奥、

椅子に座ったままうたた寝をしている男…

視線の先は'殿下'だろう。

起こすのを躊躇し…息を呑み…

暫く見つめて固まっている視線の主は霊、だ。


「…ん…」


「…あ…起こしたか…休むなら休むでいいが…

今日も約束があるのでは?どこぞの両班だか…」


「ああ…そうなんだが…」


立ち上がろうとしてふらつく殿下の腕を取り

霊は抱きつくようにして支えた。


「ッと」


「ぁ、すまない…」


「大丈夫か?」


「ああ…」


「調子が悪いなら休んだほうが…

どこぞの両班には俺が伝えに行くから」


「駄目だ。行かねば…」


頼りない足取りで霊から離れる殿下。


二人は凄く親しいようにも見えるが

緊張してぎこちない空気も漂っている。

殿下の部屋、皇居の中の構図も覚えているようで

天井裏に身を潜めるのも慣れた様子だ。

そして側室か世子嬪セジャビンかの部屋の

天井裏にも慣れた様子で身を潜める。

女性の声と、どこぞの両班の声との三人分、

戯れて、喘ぐ声が聞こえる。

悪霊の記憶より鮮明ではないものの、

声が耳に張り付いてくる。


「…ッ…ぁ…」


「……ッ……」


…息を呑み、固まる霊。

喘ぎ声も含めて小さな物音を聞き逃さず

状況を判断しているのだろう。

霊が真摯に殿下を守ろうとしている事が伝わる。


「…ッやめ、ろッ」


大きな殿下の声。

霊は慌てての所へ飛び出した。

寝床で横になったままの殿下と、

殿下の身体から飛び跳ねて驚く男。

その横に布団に身を包んだ女性。


「どうした?」


「…!?」


とても冷静に聞いてくる殿下に、

逆に焦って驚いている様子の霊。


「いや…何か問題は…?」


「何も無い。下がれ」


どうにか質問した霊に、冷たい答えの殿下。


「あ…え?殿下の御付ですか?」


「そうだ、私の付人だが、

置いて来たから焦って飛んで来たようだ」


「……」


「…いつも居たわけではなく?」


殿下と僕に訊いてくるどこぞの両班。


「当然だ」


「そう…ですよね。

では、せっかく来て頂いたのだから

混ざって貰いましょう」


裸の殿下の上でこちらを向く裸の男が

霊に手招きをした。


「無理だ。彼は子供だから…」


「そう?は見えませんが?

ねぇ?御付さんも混ざりたくはない?」


「……」


「…しかし、奥方も男がこれ以上増えたら

…急だし戸惑うだろう」


「……」


「あー…そうですね。残念だけど」


この情事に誘われたようだけど、

返事も出来ずに固まったまま…

奥方も何も話さずに事態は回避されたけれど

僕には胸を剣で突かれたような痛みが出た。


「ああ…早く其方は去れ」


「…では…失礼」


目のやり場に困りながら挨拶をし、

帰り…はせずに、また近くに身を潜めた。

痛む胸を自分の拳で更に叩きながら。


暫くそうして待っていた様子の霊が

部屋から出て来た殿下を追いながら後ろを歩く。

殿下の部屋に入ると殿下は後ろを振り返った。


「…なぜあのような事を」


「え?」


「其方が出て来てはならぬだろう」


「……」


素っ気無い態度の殿下が、

更に怒っているような態度。

目も合わせずに話しだした。


「私を抱きたいのか?それとも抱かれたいのか?

…案の定、誘われて…」


「っまさか、」


「…嫌だろう?だから顔を出すな。再びはない」


「…殿下が…体調悪そうで…」


「心配無用」


ピシリと言い放つ殿下。

霊は痛みを誤魔化す為に、また自分の胸を叩く。


「…胃が痛むのか?」


「いや」


「…はぁ…其方の姉上の新居はどうだ?

子供も元気に産まれるとよいな」


「…贈り物、姉上も喜んでおりました」


「そうか、よかった。其方は?

…前に紹介したおなごとの縁談は進んでいるか?」


「……」


「領土や奴婢の相談はいつでも聞くが…」


「心配無用だ」


「其方…分かっておらぬな…御家の繁栄の為に…」


「別に繁栄を望んでおらぬ」


「其方は良くとも…はぁ…まぁ良いか。

其方は其方の生き方がある」


諦めたように自分を納得させて言い放つ殿下。

この国の王政…権力の渦中の殿下は

四面楚歌で上下左右からの陰謀に、1人、

第一皇子として立ち向い生きているように見える。

そして殿下とは真逆そうな霊の考え。

霊は自分を認めた殿下にビックリしたのか

殿下を覗き込んだ。


「…なんだ?」


「いえ…」


「あ、私に惚れたか?

私の為に部隊に入りたくなったか?」


「…っまさか」


「そうかー…残念ッ」


「…惚れていいのか?

あ、いや、惚れて欲しいのか?」


おどけた笑みを浮かべて話す殿下に、

霊は真剣に低い声で訊ねた。


「ああ?ふっ…惚れて…もいいが…

やはり其方はそのままが良いな」


「俺は、このまま…」


「ああ。そのまま。

私にそのような言葉使いは

其方と国王である我が父だけだがな」


「っ」


驚いた様子の霊が殿下を見て固まった。

言葉使いの事でも

そのままが良いと言われた事でも無いようだ。


歳上で経験値も比べ物にならない世子である殿下が

目の前でケラケラと笑っているから…?

ドクッドクッと胸に流れる血流の強さを感じる。


「良い良い。

皆の前では敬語を使い分けるから馬鹿ではないし」


「……」


なんだか照れて殿下から顔を離して俯く霊。

胸の痛みか血流か…

どうにかなってしまった胸をまた叩いた。




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