彼は果たして痛みを感じているのだろうか

arm1475

友人が困っているらしいので訪れてみた

 やあ、良く来てくれたな。狭いところだが、まあ、上がって寛いでくれよ。

 ……何?少し埃っぽいって?

 矢張り、そう思うか? すまンな、今、窓を開けて換気するよ。


 急に呼んだりしてすまンな。君を呼んだのは他でもない。

 実は……俺は今、悩みがあるんだよ。

 なんだよ、能天気の俺に悩みがあるのが可笑しい、だと? 放っといてくれ。

 本題に移ろう。

 俺の今の悩みは常軌を逸しているンだ。


 まず、な。俺は不死身の肉体を手に入れたんだ。


 嘘じゃ無いって。

 その証拠に、ほら、そこの果物ナイフを取ってくれ。

 見てろよ、それっ。

 グサッ。

 ピュ~~ぅ…………。




 どうだ?

 今、喉笛をナイフで切ったのに、直ぐ傷口が塞がっただろ?

 手品? SFX?

 おいおい、俺の親友なら、プラモもロクに組めない程不器用な俺に、そんな真似が出来ない事、判ってンだろ?

 何なら、もっと凄いものを見せてやろう。

 この部屋は八階にあるのは承知の通りだ。

 そこの窓の下にある目抜き通りの交通量の多さは半端じゃない事も知っているだろ?

 今直ぐその窓から、下の車の激流にダイビングしてやる。

 何、大丈夫。行って来まあ~す。


 ヒュー。

 グシャ。


 ……どかかああぁぁん!

 プゥア~ッ!


 ピィ~ポォ~、パ~ポォ~。




 ただいまぁ。


 ほぉら、どうだ?ピンッピンしているぞ、身体に傷一つ付いちゃいないぜ。


 何、腰抜かしてンだよ?

 えっ?下の道路で三十台の車が玉突き衝突を起こして炎上してる、って?

 ほう、これは凄い。

 あっ、やばい、洗濯物を取り込まないと、火の粉が付いて焦げちまう。

 一寸待っててくれ、取り込んで来る。


 いやぁ、凄い事故だな。これは、夕刊のトップを飾るな。ライブで見たんだ、他の奴等に自慢出来るぜ。

 ……俺の所為だって?

 そりゃあ、空から人が落ちて来たからな、車のドライバー達も驚いて運転を誤るがな。事故るのも無理はないか。

 なあに、俺の今の悩みに比べれば、そんな事、小さい、小さい。


 そういや、事故で思い出したんだが、ほら、先週、銀座の地下鉄の駅で起きた集団ヒステリーが原因の大暴動。

 死者が十六人も出た、ってヤツだよ。

 俺なぁ、丁度あの暴動の発生直前に、あの駅に居たんだよ。本当、危なかった。

 電車を待っていたんだけど、あン時は不死身の身体が面白くてな、ふと、電車に轢かれたらどうなるのか、って思いついて、つい、出来心で電車に飛び込んだんだよ。

 でも、思ったよりつまらなかったな。

 何せ、狭いわ、油臭いわ、熱いわでよ、バラバラになった身体がなかなか元に戻ろうとしなくってよ。

 漸く電車の下から出て来れたと思ったら、少々慌てていたもンだから、手足が目茶苦茶にくっついちまってさ。

 この右腕なんか、首にくっついちまって、えらい恥をかいちまったよ。

 仕方が無いから、反対側のホームに来た電車にもう一度轢かれて元に戻したけど、妙に周りの連中が狂った様に騒ぎ始めてさ、喧しいったらありゃしない。迷惑な連中だぜ。

 どうした?顔色が真っ青だぞ?体調でも悪いのか?

 何、俺を指して口をパクパクさせてるんだよ?

 まあ、落ち着いて話を聞けよ。おっと、脱線したのは俺だったな、済まン。


 話を戻そう。何処まで話したっけ、そうそう、俺が不死身だってところだっけ?

 さて、俺の不死身の身体の事だがな。

 一ケ月程前になるか、真夜中に俺の枕元に神様が立ってな、


「お前は実に幸運な男だ。何とお前は、天界初夢宝くじの一等に当たったのだ。一等の当選者は何でも一つだけ、望みが叶うのだ」


 だと。

 話じゃ、その宝くじは全宇宙規模のもので、当たる確率は異常に低いらしい。

 この地球じゃ、二千年程前に中東の平凡な大工の息子が当選して以来だとか。

 その男は超人になる事を望んだそうだが、やがて弟子に裏切られて殺されたそうな。

 どんな願いが叶っても、死んでしまったら元もこうも無い、って思って、俺はこの不死身の身体を希望したンだ。

 だけど、俺はここ数年、宝くじの類は買った憶えが無いんだが。

 只、今年の初詣で引いたおみくじに、『一等』と書いてあったような、なかったような…。

 何?不死身が悩みの種だなんて贅沢だって?俺の悩みはそンなもンじゃ無い。


 実は、この間の事なんだが。久し振りに銭湯に行った時な、どうもこの身体が変だという事に気付いたんだよ。

 やたら、『垢』が出るンだわ、これが。

 垢摺りでゴシゴシ垢を落として湯舟に入っても、直ぐに垢が俺の周りに浮いちまうンだまるで、絵の具の染みた筆を水で溶いたみたいにな。

 実際、洗った筆が綺麗になる様に、垢を落とした直後の皮膚は艶々して、生まれたばかりみたいなンだ。そこで俺は気になって、垢の正体を調べてみたンだ。

 垢、って奴は、生物が成長する為の新陳代謝の結果、捨てられた古い皮膚細胞だ、って辞書に書いてあったンだ。

 俺、思うンだが、この不死身の身体の正体は通常のスピードの数倍、否、数十倍で細胞の新陳代謝を行っているからじゃないかと思うンだ。

 だろ?常に猛スピードで新しい細胞を生み出していりゃ、どんな傷でも直ぐに治っちまう訳だ。

 何?良く考えりゃ不潔だと?

 仕方がないだろう、そういう体質なんだから。最近じゃ、垢は水中だけじゃなく――ほらこの机の上の埃や部屋の翳み具合から判る通り、空気中にも茸の胞子みたいに浮遊するし……。

 あっ、何、慌てて出て行くんだよぉ。


 ……ちぇっ…誰も俺の悩みを判ってくれないや…。


 ああ、痒い。この身体の痒さ、誰か何とかしてくれないかなぁ。


                  終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼は果たして痛みを感じているのだろうか arm1475 @arm1475

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ