伝説の囚人ババァ

夏伐

伝説の囚人ババァ

 軽犯罪を犯したということで、私は刑務所にぶち込まれた。


 最近の刑務所も社会の高齢化の波に逆らうことは出来なかったようだ、介護も労務の一つに入っていた。私は素行も良かったので、その役目を仰せつかった。


 その中に最高齢の囚人がいた。


 彼女は伝説になっていた。齢百二。来年出所する予定だ。


 二十代後半から彼女は刑務所で暮らしている。当時の刑期は二年。


 それがこの年まで刑期を延長させているというのだから伝説だ。とはいえ、素行は良い。まだまだ元気だし、昼の休憩時間にはランニングしているほどだ。若者よりもずっと体力がありアグレッシブ。


 そしてポジティブだ。


「どうしてそんなに前向きに考えられるんですか?」


 私はそう聞いてみた。


「私は常に脱獄の計画を立てていてね。それを実行する日を楽しみに準備しているんだよ」


 彼女は刑期の終わりが近くなると刑務所を脱走する。毎度色んな手で刑務官を困らせる。


 結果的に刑期が伸びているわけだが。


「毎日三食きちんと食べて、規則正しい生活をしていると心に余裕が生まれる。人間自分に合った所を見つけるのが一番なのさ」


 だから私は長生きしているだろう、と彼女は器用にウィンクした。


 私は、楽しそうな彼女を見て、しんどくなってしまった。


 こんな人のために今まで税金を払って来たのかと思うと、私の人生全部がバカバカしくなってくる。辛さから逃げるために違法薬物に手を出した。

 それが、どうだ。


「あんたはねぇ、考えすぎなんだよ。人間ってのは適当に生きれば楽に生きられるんだから。生きるってのは死ぬまでの暇つぶしでしかないのに、必死に頑張る必要なんかないんだ」


 今は、人生の大半を刑務所で過ごした先輩に生きることについて教えを乞うている。

 こんな人を見ていると今までの私がバカに思えてくる。


 ある意味で、感動した。


 だが、この人を見習うことはやめよう。私はここを出たら真面目に生きるたい。

 ただ前ほど、必死さには欠けるだろう。


 私も彼女にウィンクした。


「参考にさせてただきます!」


「それで良い!」


 彼女はゲラゲラと笑った。私も釣られて笑ってしまった。


 私は出所後、彼女と二度と会うことはなかった。


 辛くなった時、落ち込んだ時に、大笑いする彼女の姿を思い出してしまうからだ。そして悩みも悩んでいる自分も、全部バカらしく感じてしまうからだ。


 今でもきっと、彼女は脱獄について考えているだろう。


 私は今日も、足を現実につけて生きて行く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伝説の囚人ババァ 夏伐 @brs83875an

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説