Popping爆弾デイズ

本田余暇

Popping爆弾デイズ

 一通り掃除を終えた木曜日の午前十時半、チリンチリンとベルが鳴ったので、私は電話の受話器を取る。もしもしと電話口から聞こえてきた声はお隣の奥さんのものだった。

「早紀ちゃん、元気してるぅ?」

 語尾が間延びしている緊張感のない声で奥さんは喋る。

「なんとか元気ですよぉ」

 私の語尾も奥さんの口調につられて間延びしてしまう。

 私と奥さんの歳は一回りほども離れているけど、たまに食事もする友達のような関係性である。もっとも、ここ多良浜町は高齢化社会の最先端を走る田舎町なので、お隣さんという理由だけで仲良くなることができたのだけど。

「こっちにきてどのくらい経つんだっけ?」

「もう半年になりますね」

「あら、まだそれだけしか経っていないのね。昔からの知り合いのような気がしちゃって」

「田舎だとゆったりと時間が流れますよね」

 Webデザイナーとして独立した私は仕事が全てオンラインになったため、亡くなった祖父母の家へと引っ越してきたのが半年前のことである。一人暮らしをするには少々大きすぎる家であるため、ダイニング以外の部屋は殆ど使っていない。

「そういえば、この前あげたプチトマトどうだったぁ? 美味しかったでしょう?」

「はい! とっても甘くて、美味しかったです!」

「プチトマトはストレスがかかると甘くなるっていうからねぇ」

「そんなストレスのかけ方って無いですけど」

「あはは、今年だけよ」

 奥さんが快活に笑う。受話器の振動が手に伝わってくる。

 私は窓際の壁に寄りかかりながら電話をしていたけど、ふと見上げてみると飛行機が空を飛んでいた。

「それにしても、あなたも大変なときに来ちゃったわねぇ」

「そうですね。運が悪かったと思って、あきらめてます」

「あの町長思いつきで行動しちゃうんだから。全くもう… 長いこと町長やってるからねぇ、そりゃあ昔はいい政策もたまにはあったけれど」

 奥さんは呆れたような声で文句を言う。

「私には気のいいおじいちゃんにしか見えないんですけどね」

「そういえば、あなた今町議会に入ってるんだっけ。それならよく知ってるわよね」

「はい、最近入りました。定員割れしてるから仕方なく、ですけど。そういえば明日も議会があるから行かないと」

「私も昔やったわぁ。面倒だっ――――――――――」



 ドゴオオオオォォォ


 爆発音が奥さんの声をかき消す。それは受話器からではなく、家の外から聞こえたものだった。窓から見る景色は土煙が立ち込めている。今回は結構近いところに爆弾が落ちたようだ。

 奥さんの安否を確認するために「もしもし」と呼んでみるけど返事が来ない。耳に当てていた紙コップの糸はだらんと垂れていた。

「…もしもしぃ」

 口元の紙コップから声がするので、耳に当てる。

「おばさんびっくりして紙コップを引っ張っちゃったみたい。あはは。ごめんなさいねぇ…。 やっぱり、返事がないと寂しいわね。糸電話は一つだけだと、どちらかしか喋れなくて不便だわぁ。後で復旧させるから、また喋りましょうねぇ」

 私の声は向こうに届かないので、一方的にまくし立てられる。私は「また」とだけ挨拶して、受話器を窓の額に戻した。





 多良浜町が日本から独立。ついでに宣戦布告。

 そのニュースを聞いたとき、信じた人は誰もいなかっただろう。それほど馬鹿げていて、無謀で、真偽を検討することすら憚られるくらい非現実的だったから。

 ことの発端は日本とアメリカ間で協議された多良浜町に軍事基地を建設する計画である。アジア諸国の緊張が高まる中、大都市である大阪・京都に近い位置にもっと基地があったほうが便利じゃね? という防衛大臣の適当な一言にアメリカが便乗し、あれよあれよという間に決定事項となってしまった。

 SNSで喧々諤々の言い争いをするネトウヨをぼけーっと見ながら鼻をほじっていた(比喩)のだけど、なんか建設予定地に見覚えがあるなぁと思ったらまさしく私が住んでいる多良浜町の航空写真であった。人口が少なく、片側は海に面しており、反対側は山に囲まれている盆地。レーダーやらを建てる際に都合が良かったらしい。

 私は多良浜町にそれほど愛着も執着もないけれど、どうせお上に命令されれば引っ越す他ないだろうと侮られるのは癪である。

 私は多良浜町に残ることにしたのであった。

 それからというもの連日お役所の人間がるわ来るわ。SNSを見ても『さっさと引っ越せよ』という意見が大勢を占めてきて、立ち退きさせられるのも時間の問題かと思われていたところに、町長が目を爛々と輝かせ無垢な笑顔で独立の案を語ったのが先週のことであった。

 私もその町議会には参加していたのだけど、向かいの席に座っていた榧木さんちの幹久くんに見惚れていたので議会の様子はあまり覚えていない。皆が手を挙げていたので私も挙げた気がする。まさしく日本人の鑑と言える。

 そんな大事な会議をさしおくほどイケメンかと問われると迷うところではあるが、幹久くんは大層な美形である。祖父母の家から道を挟んで向かい側の家の子なので幼いころにも何度か会ったことがあるが、そのころから美少年であった。大学時代に上京して、親の介護のため3年前に多良浜町へ戻ってきたらしい。趣味はギター、特技はペン回しである。こういうことはよく覚えている。

 さて、そんなこんなで戦争へと突入したわけだが、ここ多良浜町が急峻な山々に囲まれ天然の要害が進軍を阻んでいたのも今は昔も昔、戦国時代までの話である。飛行機が縦横無尽に空を飛び交い、シールドマシンが地中をもりもりと掘り進むこの時代、そんな山などレースゲームのバナナ程度の障害にしかならない。

 竹槍すら持たない(持とうと思えば持てるけどそこまでの闘志を持ち合わせていない)我々には、要するに、勝ち目などなかった。





 空爆が始まってから早三日。外は爆弾が降ってきて怖いので、家に引きこもりがちの日々が続く。

 さっきお隣の奥さんと喋っていたときの爆弾がどこに落ちたのかが気になって、南側に面した大きな窓のカーテンを開け、ガラス越しに外を見る。お向かいの榧木さんちの屋根が半分消し飛んでいた。修理費がかさんでしまうことに同情する。日本政府は賠償してくれるのかな。

 そんな事を考えながらキッチンに向かい、卒業証書を入れる筒ほどのサイズ感のコーヒーミルの中に東京から持ってきたオシャレな店のブレンド豆を入れ、ゴリゴリと回す。豆を買ってから半年以上経っているけど大丈夫だろうかと心配になり、スマホでググる。どうやらカビが生えていなければセーフらしい。

 このコーヒーミルも、キッチンの上にせり出しているウォールキャビネットの中で埃を被っていた。仕事ができる女を演出するための小道具として買ったみたはいいものの、面倒くさくていつもインスタントで妥協してしまっていた。こんな機会でもなければ、3年後には不燃ごみの袋の中に放り込んでいたことだろう。使うきっかけをくれた戦争に感謝… は、しない。

 挽いたばかりのコーヒー豆をドリップに入れ、上からお湯を注ぐ。紙製のフィルターを通してぽたぽたと滴る黒い雫は頭上を飛び交う無人爆撃機からぽんぽんと投下される爆弾を連想させ、少し憂鬱な気分になる。もやもやとした気分を中和するかのように、私はお砂糖とミルクをたっぷりと注いだ。

 だだ甘になったコーヒーを傍らに置いて、ダイニングテーブルにノートパソコンを広げる。多良浜町が独立して一週間近く経つけど、まだスマホもWi-FIが使えるのはありがたい。一応機密情報が漏洩する可能性があるので通信機器は使わないようにしようと町議会で決まったのだけど、ルールを守っている町民はほとんどいない。無いものは漏らしようがない、という意見はもっともである。私と奥さんの糸電話だって遊び9割だし。それでも一応私は町議会議員としてSNSは閲覧するだけに留めている。匿名掲示板には書き込む。

 私はブラウザのお気に入りから匿名掲示板にアクセスし、多良浜町を応援するスレ part3を開いた。

 以下、スレの内容である。


26 名無しさん 2017/09/14(木) 11:23:21.91 ID:iLq***Qd9

爆撃なんかして国連は動かんの?


27 名無しさん 2017/09/14(木) 11:24:02.74 ID:V2i***8D0

アメリカが日本側で参戦してるし動かんやろ


28 名無しさん 2017/09/14(木) 11:24:53.32 ID:y4G***Luk

言うて多良浜町の町長が戦争つって息巻いてるだけで内紛とすら呼べん規模だが


29 名無しさん 2017/09/14(木) 11:25:11.58 ID:YSc***0Jf

爆撃の必要無いでしょ

日本政府はバカ


30 名無しさん 2017/09/14(木) 11:25:49.72 ID:V2i***8D0

瓦礫にしたほうが事後処理が楽だろJK


31 名無しさん 2017/09/14(木) 11:26:20.91 ID:YSc***0Jf

は? ソースはあるんですか?


32 名無しさん 2017/09/14(木) 11:26:34.02 ID:n3A***r+B

小学生か?


33 名無しさん 2017/09/14(木) 11:26:53.78 ID:iLq***Qd9

>>29

多良浜町民乙


34 名無しさん 2017/09/14(木) 11:27:27.29 ID:YSc***0Jf

どうして分かるんですか


35 名無しさん 2017/09/14(木) 11:27:56.84 ID:iLq***Qd9

あ… うん

強く生きてくれ


「何で分かるんだよ」

 私は怖くなって勢いよくパソコンのディスプレイを閉じる。すぐに壊れてない心配になってそっと開くと無事にディスプレイは点灯したので、ほっと胸をなでおろす。

 コホンと咳払いをしてから

「盗聴していることは分かってるんですよ。今すぐやめなさい」

と天井の隅に向かって語りかける。万が一盗聴器を仕掛けられていたときのために牽制しておくのだ。


 パソコンをシャットダウンして手持無沙汰になった私は昨日配達された多良浜町の広報誌を眺める。爆弾の降る中配達して頂いた方、お疲れ様です。無事でありますように。

 普段なら町の広報誌なんてパラパラ漫画と同じくらいの勢いで眺めてそのままゴミ箱へ捨ててしまうところだけど、今日は腰を据えて読んでみよう。コーヒーもあるし。

 じっくりと(時にはパラパラと)冊子を捲るけど、町の新社会人へのインタビューだとか近所の中学(廃校寸前)の生徒が俳句の大会で3位になっただとかが載っているだけの、代り映えのしない内容である。流し読みだけで捨てていた私の判断は正しかったと言える。

 卒寿のお婆ちゃんの誕生日を祝う記事を読んで、そういえばお祖母ちゃんが生きていたら今年は米寿か、としみじみした気分になる。お祖母ちゃんとお祖父ちゃんが暮らしていたときより、一人で暮らすこの家は随分と広く感じる。柱の傷も私の顎の下辺りになったのに、他の部屋なんてほとんど使わないのにどうしてだろう。お祖母ちゃんは多良浜町に残った私を見て何と言うだろうか。私の記憶の中のお祖母ちゃんはいつも笑顔だったので、きっと笑ってくれると思う。笑ってくれるといいな。

 なんとなく、生前お祖母ちゃんが大切にしていた神棚を綺麗にしようと思い立って雑巾を絞る。神棚の上にはむせ返るほどの埃が積もっていて申し訳ない気持ちになる。せめてお供えくらいはしようとお酒を探すけど、昨日飲みきってしまっていて一滴も残っていない。というか昨日の夜も酔っ払いながら散々探したのだった。仕方なくおちょこにコーヒーを注ぐ。神様はブラックコーヒーが好きだと思うので、きっと喜ぶだろう。そういうことにしておこう。

 神棚をピカピカにし、どす黒い液体をお供えした私は満足して、元の椅子に腰を掛け温くなったコーヒーを飲み干す。そういえば、広報誌を読んでいる途中だったっけ。退屈すぎてノスタルジックなセンチメンタルにふけってしまった。片付けようと広報誌を持ち上げると、冊子の中程から一片の紙っぺらが落ちた。モールス符号表が広報誌に挟まっていたのである。こんなもの、エジソンの伝記の中でしか見たことが無い。きっと通信機器が傍受されないように、メッセージアプリの代わりにモールス信号を使って連絡を取り合え、ということだろう。あほくさ。

 私は音の出るものを探してキッチンをまさぐる。結構な値段のした炊飯器(5合炊き)の炊飯窯がいいだろうか。菜箸を両手に持って、叩いてみる。いい感じに響く部分と響かない部分がある。トンツーではなく、チンゴーンって感じ。

 ゴーンゴーンチンゴーンゴーン… と『あ』から順番に叩いてみる。うん、中々暇つぶしにはいいかもしれない。ただこれを流暢に使いこなせている頃には戦争は終わっているだろう。多良浜町の敗戦で。

 しばらく叩いていると、向かいの家の穴の開いた屋根からギターの爆音が流れてきた。以前バンドを組んでいたという榧木さんちの幹久くんが演奏してるのだろう。やたらゆっくりとしたリズムで、しょっちゅう変なカッティングが挟まる。バンドマンにしては下手すぎる演奏に私はピンときて、モールス符号表とその演奏を照合する。やはり幹久くんもモールス信号を演奏していた。きっと彼も暇なんだろう。私も窓を全開にして、思いっきり炊飯窯を叩く。

「ゴーンゴーンゴーンゴーン チンゴーンチンゴーンチン チンチンゴーンチン ゴーンチンチンチン(コンチハ)」

「ジャッジャッジャーンジャッジャッ(以下略)(ドウモ)」

 おお、通じた!! なんかセッションしてるみたいで楽しいかもしれない。

 以下モールス信号での会話である。会話速度は極めて遅い。


炊飯窯:いい天気

ギター:はい

ギター:眩しい

炊飯窯:屋根の穴が

ギター:はい

炊飯窯:草

ギター:明日は議会

炊飯窯:はい

ギター:終わつたら

ギター:ご飯でも


 もしかして、私誘われてる? すぐに“結婚”の二文字が頭に浮かび、期待してはいけないとすぐにその考えを打ち消す。でも、一応そういう雰囲気になった場合のことを考えて明日は勝負下着を履いていこう。あと彼女がいないかも聞いておこう。これはもし幹久くんに彼女がいたとしたらその彼女に迷惑がかかるからであって、決して今後の進展を期待しているわけではない。期待値ではなく、可能性の問題である。


炊飯窯:いいですね

ギター:いいですね

炊飯窯:ときに

炊飯窯:彼女いますか

ギター:二年いない

ギター:あなたは

炊飯窯:いない

ギター:はい

炊飯窯:はい


 しばらく沈黙が続いた後、チリンチリンとベルが鳴ったので、私は糸電話の受話器の方へ向かう。隣の家の窓を見ると奥さんが口元をにやつかせながらモールス符号表を左手に持っていた。私と幹久くんの会話が盗聴されていたのである。

「頑張って」という一言が紙コップから聞こえてきて、少し恥ずかしくなる。頑張りますの意を込めて、私は奥さんに向かって小さくガッツポーズを取った。

 時刻は午後1時を回って、ずっと家の中に居たけれど段々とお腹が空いてくる。明日が素敵な予定で埋まった私は、うきうきな気分でお昼ご飯を用意する。少なくとも明日までは生き延びられたらいいなと思った。

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