SS④ 今度は無限大のキスを

 キャロルは、レオンをともなって黒霧の森の近くにある教会を訪れた。


「久しぶりに来たよ。キャロルの無事を祈るために通っていた頃と変わらないね」


 レオンは、懐かしそうに石造りの教会を見回した。

 古いベンチが並べられた奥に解毒の泉が湧きあがり、人気のない聖堂にはせせらぎの音が反響している。

 二人は、手を取り合ってベンチを間を進み、清らかな泉を近くでながめた。


「ここでレオン様は、生死の境をさまよっていたわたくしのために、祈りを捧げてくださったのですね」


 石版に刻まれた祈りの言葉、ひとつひとつに、キャロルへの愛情を込めて。

 レオンの「好き」と言った回数がカンストしている原因は、ここにあった。


「ありがとうございました、レオン様。わたくし、知らないところでたくさんの愛をいただいていたのですね」

「俺も、自分で思う以上に、キャロルからの愛をもらっていたよ」


 ヴァイオラの指輪を指にはめたレオンには、キャロルの頭上の数字が見えている。


 十二夜の前日にキャロルの様子がおかしくなるまで、レオンからは直接的に愛を伝えていなかった。お姫様扱いはしても、好きや愛してるとは言わなかった。


 だが、キャロルは言葉で、態度で、表情で、好きだと伝えてくれていた。きびしい王太子妃教育も、大好きなレオンと結婚するために頑張ってくれた。

 嘘いつわりなく、大好きを送り続けてくれた。それなのに。


「俺は、キャロルからの疑いようのない愛を、十二夜の最中に疑いそうになった。エイルティーク王国の結婚儀式は、十二日もの期間を要する。その間、新婦には考える時間が与えられる。新郎は、新婦が悩んでいる様を見せつけられながら、辛抱強く儀式を続けていかなければ大好きな人と結ばれない。俺たちが、心の揺らぐ出来事に見舞われたのは、お互いの愛をたしかめるための試練だったと、今なら分かるよ」


 レオンは、キャロルと向き合って、愛おしげに見下ろした。


「愛されているのは当たり前ではないんだ。お互いが心を尽くして伝え合っていかないと、どこかで取り返しがつかないすれ違いが起こる。キャロルが俺の『好き』と言った回数を見て、自分への愛ではないと誤解してしまったようにね」


 王太子らしくかしこまっていないで、もっと大っぴらに伝えるべきだったのだ。

 試練を乗りこえて結ばれた今、二度と同じ過ちは繰り返さない。


「キャロル、愛を伝えてもいいかな?」

「はい。わたくし、レオン様からの愛でしたら、いつでも大歓迎ですわ――っ!?」


 レオンは、可憐な花を摘み取るようにキャロルの唇を奪った。

 おどろいて肩を跳ねさせたキャロルは、きゅうっと体をちぢめてキスを受け入れる。


 体の一部を触れ合わせているだけなのに、全力で走ったときみたいに心臓がドキドキする。

 胸の奥に大事にしまったキャロルの心は、きゅんきゅんと痛いくらいにうずいた。


 言葉にならない愛が、キャロルのなかには眠っている。

 これからの結婚生活で、その全部をレオンに伝えたい。死が二人を別つまでかかって、ようやく伝えきれるかどうかの大きな愛だけれど、きっと叶えてみせる。


 名残惜しそうに、レオンの唇が離れていく。

 ぽうっと熱に浮かされたキャロルは、甘くとろけたレオンの顔を見上げた。


「レオン様、わたくしからもお伝えしたいです」


 今度は、キャロルの方からレオンを引き寄せてキスをした。

 甘ったるいお菓子みたいな感傷が、二人の胸を満たしていく。


 時間も気にせず、ついばむようなキスを繰り返していたら、真後ろでクスクス笑いが起きた。


「王太子ご夫妻は、ほんとうに仲睦まじいですこと」

「シスター!」


 ベンチの最前に壮年のシスターが座っていた。小柄な体が背もたれにすっぽり隠れているせいで、いるのに気がつかなかった。

 シスターは、赤くなるレオンとキャロルに温かな祝福を送る。


「十二夜のご成功おめでとうございます。私のことはお気になさらず、どうぞチュッチュを続けてくださいませ」

「さすがに、もうできませんわーーー!!!」


 恥ずかしそうに手で顔をおおってキャロルは絶叫した。レオンはさほど気にしなかったが、今度は他人がいない場所でゆっくりと、と思った。


(その方が、キャロルが大胆になってくれそうだからね)

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【コミカライズ】結婚前日に「好き」と言った回数が見えるようになったので、王太子妃にはなりません! 来栖千依 @cheek

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