改心の一撃


 まだ空も明るくならない朝方に,ばさりと音がした。それは便せんが落ちてきた音だった。

 音に反応して起きたのは正弥だけではなく,達也も同じだった。この手紙に対する感情は,初めにこの小屋に潜り込んできた時とは全く別のものだった。何を言うでもなく,正弥は便せんを手に取り,テーブルに広げた。達也は回り込むようにして向かい合う形で座った。二人で目を通せるように,正弥は便せんを九〇度回転させた。中身は次のように書いてあった。


 若草色の封筒を開けると,中から同じ色の便箋が出てきた。

 その手紙には驚きの内容が書かれてあった。


「まだ天使の部屋にお返事をいれても回答は頂けるのでしょうか。ご無沙汰しております。ずいぶん昔に悩み相談をさせてもらいました,恋するウサギというものです。

 当時,私には愛する人がいて,どうしたら良いか相談しました。すると、驚くことに子どもを作って精一杯愛せ,という返事ではありませんか。正直,度肝を抜かれました。結果,私は子どもを産んだものの男の人とは別れました。親と絶縁状態にもなった私のもとには,双子だけが残されたのです。しかし,私は不幸ではありませんでした。この二人の子供が,私に生きる意味を与え続けてくれたのです。私はそれだけで幸せでした。

 しかし,子どもにとってはそうではなかったのかもしれません。女手一つで子供二人を育てるのは楽なことではありませんでした。それでもかわいい我が子ために,私は力の限り働きました。ほしいものは買ってあげられないことが多かったですが,精いっぱいの愛情を注いでやったつもりです。しかし,次第に子供たちは学校でお父さんがいないことをからかわれ,不安定になりました。今は学校にも真面目に行きもせず,社会的には迷惑をかけるろくでもないこと言うレッテルを張られていると言っても過言ではありません。

 しかし,子の幸せを願わぬ親はいません。厳しく叱ったり,時には突き放すようにして伝えても,私のやることは全て空回りです。もう,どうしていいのか分かりません。

 私の悩みというのは,この子どもたちのことです。それは,手に持て余していてどうしたら良いかというものではありません。私は天使の部屋に相談をして幸せな時間を過ごさせてもらいました。しかし,私の子供はどうでしょう。彼らを幸福にはしてやれませんでした。私は自分の幸せのために好き勝手をしておきながら,我が子のためには何もしてやれず力にも慣れないのです。己の無力をこれほどまで呪ったことはありません。こんなことになるのならば,きちんと勉強して,親孝行をし,定職について子どもたちが満足に暮らせるだけの稼ぎをもらえるよう努力をするべきでした。しかし,もう取り返しがつきません。

 これからは夕方までの仕事共に,夜の仕事も始めようと思います。肉体的な負担の割合には給料がいいです。少しすると,今よりもまとまったお金は入ってくると思います。しかし,そのお金でどうしたら良いのでしょう。私は彼らの幸せのために何ができるのでしょう。

 どうか,もし子どもを幸せにする方法が一つでもあるのなら,どうかご教示ください。私の幸せは,もうそれだけなのです。どうかよろしくお願いします。」



 おい,と達也は泣きそうな顔でこちらを見ていった。ああ,と正弥はまっすぐ前を見つめて答えた。


「数秒先に生まれただけでも,兄貴なんだろ? そんな顔をするなよ」


 帰ろう,と言って盗んできた電子決済カードを持って立ち上がった。


「コンビニに寄ってから帰ろう。多分,今日は家には帰れないだろうな。それでも,帰ろう。おれたちには帰る家がある」


 愛されていたんだ,と聞こえるかどうかの小さな,自分にささやくかのような声で呟き,天使の部屋を出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天使の部屋 文戸玲 @mndjapanese

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ