第4話 僕たちは、想いを飼い馴らしたと勘違いをする

電車の中から見る車窓と、つり革のレイアウトはさながら映画のワンシーンのようだ。そのアングルを見るたびに、自分が映画を撮るなら、ミュージックビデオを撮るなら、始まりはこの景色にしようと思うものだ。


ソラは僕の右にある角席で、大きな車窓を覗いている。何を考えているかわからないが、電車に乗るたびにいつも外を見ている。


「スマートフォンばっかり見てゲンナリするよなぁ。外の景色はもっと広いのに、なにがそんなに面白いんだ?」とソラがぼやいた。確かに周囲を見渡すと、漏れなく全員がスマートフォンに食い入っている。便利な世の中になったもので、離れている人と連絡をとる、音楽や動画を聴く、本を読むなどなんでもできる。当初は人間がそれらを飼い馴らしているようだったのに、今では人が飼い慣らさらているようだった。


物も人も、お互いに同じぐらい求め合うことはないのだろうか。必ずどちらかの重量が重くなり、不格好な付き合いになる。それは当事者たちにとってはあまり関係のないことなのだろうが。


男性の良い声と、英語のアナウンスが流れドアが開く。電車を待って並んでいる人の量だけで、街の活況ぶりがよくわかる。人の波を縫って、階段を降りていく。緑の改札を、僕の飼い慣らしたスマートフォンで撫でる。


青い空と、大きな広告ディスプレイ。目下には大きな交差点。

「久しぶりだな」と呟いた僕を迎えてくれたのは、渋谷。


大学生の頃は、カフェ&バーになるアルバイト先で働いていたし、学校からも距離は近かったので週の半分は来ていたと思うが、社会人になってからはめっきり訪れなかった。今日は大学生時代のアルバイト先の同僚たちと会う約束になっている。


ちょうどいいタイミングでLINEが鳴る。「颯太くん、ここ来てねー!」と送られてきた位置情報は、神泉という隣駅ぐらいの距離があるお店だった。「遠いな〜仕事で机座ってばっかなんだよ〜」と送ると「おじさん!」と茶々を入れられて、ソラと一緒に渋々向かう。今日は晴れており、ソラはなんだか気分が良さそうだ。


位置情報のまま歩くと、古民家の風貌の居酒屋に着いた。意外とこ綺麗な場所を選んだんだなと思っていたら、中はワンフロアになっていて、若者でぎっしり詰められた居酒屋だった。ここから友人を探すのは至難の技だ。思わず電話をかけると「颯太くん、こっちこっち!」と立っている友人が目に入る。もう1年ぶりの再会に僕もみんなも胸が踊っているのがわかった。スマートフォンを向けられたまま席へ到着する。


男女で4人の僕らのグループも、周囲と同じぐらい若い部類だろう。「仕事で全然会ってくれないんだから」「俺もそろそろ誘われなくなると思って、どうにかね」僕と同い年の女の子がいつも誘ってくれていたが、なかなか行くことができなかった。彼女もいたしあまり外に遊びに行く時間的な余裕も無くなっていたし、仕事も相変わらず忙しくて、学生の飲み方をするバイト先の友人たちに会うのに抵抗があったのは否めない。ただ、今の僕には全ての枷がない。もちろん仕事は辞めていないが、明日は休みだし彼女と別れたので。もうどうにでもなれ、たまにはパーっとしよう。


ちなみに同い年の友人は、入社3ヶ月で退職代行を使って辞めていた。1つ下の後輩ふたりは就職活動に納得がいかず浪人をしたらしく、もう一人はフリーターとしてアルバイトを続け生活しているようだ。


いつも僕が仕事でいる世界や、関わる人は全く別の部類の人間たち。でもとっても生き生きしていて、悩みながらも楽しそうだった。いつもキャリアアップだの、市場価値だのを考えている世界とは別のところ。それが全てだと思い込んでいたんだと思い知らされる。だから僕も仕事なんて辞めて、自由に生きてやるんだ!


というよりも、色々な生き方があるんだなと改めて納得したのだった。考えるほど、その物自体に飼い慣らされていくことがあるんだなと、リフレインした。



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僕たちは、ソラを仰ぐ余裕さえも忘れ。 日比谷支逢世 @Shiase

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