7-6 エピローグ
サウのいう事がよく分からなくて一同顔を見合わせる。移動? 消してしまうんじゃないのか? そう思っているとサウがまた口を開く。
「ぼくの異能でふっとばされたものは、ここじゃない別の世界に移動するだけなんだ。だからファトの村の人たちは新しい村を作って住んでるし、イェルレの高級ホテルのひとたちも建物もろとも移動したからいちおう生きてる。その様子は、ときどき夢に出てくるよ」
「なるほど。それであれば吹っ飛んだものを常に見続けることができるかもしれない」
エスカリオは天球盤を操作し始めた。途中、サウの後頭部になにやら吸盤のようなものを取り付けて、カタカタとキーボードを打つ。
「できた。サウの世界見守りソフト」
「え、や、そんなすぐできるものなんです?!」
シャーリーリがびっくりすると、エスカリオは、
「もともと異世界を感知するソフト自体はあるんだ。でも使い道がないから学者の暇つぶしになってる。その位相を、サウの世界に合わせただけ。で、社長さん、どうする?」
「どうするって――ザリクはオートマタです、異世界に飛ばされたところで自分の考えで行動することはできないのでは」
「じゃあ、常に命令し続けられるようにするとかはどう? これも理論上は可能だよ、少々時間はかかりそうだけど」
「……お願いします。これが一番現実的な手段ですし」
エスカリオは猛然と天球盤をたたく。その様子をちらりと見てから、シャーリーリはマッテオに声をかけた。
「マッテオさん、ルッソさんはマッテオさんが引き取りにいかれるのですか?」
「――イェルレでは病気の蔓延を防ぐために、死んだ人間は病院で火葬されてしまうので、遺骨を受け取りにいく、という感じですね」
「ついていっていいですか? お葬式はマッテオさんのお家でとりおこなわれるのでしょうし」
「構いませんよ。きっと兄も喜ぶと思います」
ルルベル教徒の葬式は、家族だけで小ぢんまりとやるのが通例だ。イレイマン家の資本の基礎を作った、エルテラの商人で一番とうたわれるシャーリーリの祖父の葬式も、大規模な葬式にふさわしい人望がある人だというのに実に小規模だった。
シャーリーリとマッテオは休憩所を出て、病院に向かった。遺骨の受け渡しをしている窓口で、マッテオは証明書類を出し、続柄を紙に書いて、それから少しして白木の箱におさめられた遺骨が帰ってきた。
「あ、それから」
と、病院のスタッフが言う。
「ルッソ・ユートウさんを火葬したとき、こんなものが出てきました」
病院のスタッフはなにやら金属製のチップのようなものを取り出した。ああ、これはルッソが、シャーリーリとザリクを見つづけるために埋め込まれたものだ。
「……どうします? イレイマンさん」
「受け取りましょう」そのチップはシャーリーリがもらい受けることになった。穴が開いているので、紐を通して首にかける。
マッテオと、公園で昼ご飯を食べた。イェルレでいま流行りの店の、酢漬けの魚をパンに挟んだものだ。おいしい、白い葡萄酒が欲しい、とシャーリーリは思った。
休憩所に戻ると、エスカリオは天球盤をいじり終えたところだった。時間がかかるといいうから、日単位で時間がかかると思っていたのに。
「じゃあ、やってみよっか」
エスカリオの天球盤から、シャーリーリの天球盤にソフトを送り、ソフトを開けること、異世界内部に声がかけられることを確認して、外に出た。砂地のところにザリクを立たせて、それをサウがぐるりと線で囲う。
「じゃあいくよ。みんなは離れてて。せえのっ」
どかん、と相変わらず大きな音がした。シャーリーリは天球盤の、エスカリオに作ってもらったソフトを開いてみる。ザリクの姿が確認できた。
「ザリク」
呼びかけるとザリクは画面の向こうから「はい」と答えた。
「お前はもう、なんの心配もしなくていいのですよ」
ザリクに分かるだろうか。いや、ザリクはそもそもなにも心配しない。機械だから、正確な情報から正確なデータをたたき出し、正確な答えを言うだけだ。
しかし、画面の向こうのザリクは、一瞬微笑んだように見えた。
◇◇◇◇
シャーリーリは、イーヤ国に寄るルートで、メダルマに帰ることにした。エスカリオは無事にイェルレの防衛大学で戦闘用魔法生物の研究にあたれることになり、ヒナは別行動で帰ることになった。サウはユラ教の神学校に向かった。マッテオはいったんイウの実家に帰ってから、またイェルレで聖職者をやるようだ。
イーヤ国に着いて、シャーリーリはまっすぐお方さまに会いに行った。今回は、若大将さまも一緒だった。若大将さまはまだ少年、といった風情の男の子で、お方さまが嗜好品の煙を吐き出すのを嫌そうな顔で見ている。
「いつぞやのかんざしをお返しに馳せ参じました」
「おお、それはよかった。無事に国には帰れたのかえ?」
「国に帰ったわけではありませんが、西方世界にたどり着いて問題を解決し、家族に会うことはできました。これからメダルマに戻って商売をしたいと考えております」
「おお、それはよい。それならそのかんざしは、嫁御に譲るとしよう。これ!」
お方さまが手をたたくと、若大将さまは顔をしかめて、
「母上。ベニィをそのように呼ぶのはおやめください」と呟いた。それから少しして、豪華な装束を身につけた若い女性が入ってきた。
「……カーマインさん?!」
「オワッ! シャーリーリだ!」
まさかの再会である。カーマインはイーヤ国に流れ着いて、ベニィと名乗ってとある料亭で女中奉公をするうちに、その店の常連である若大将さまに見初められたらしい。腕は少しずつ回復して、日常生活に問題はないという。カーマインがそういう立場になったので、カーマインの祖父の暮らしも安泰だそうだ。
とにかくカーマインも無事だったし、かんざしを返すこともできた。
あとは、やることは……メダルマに帰るだけだ。ザリクに命じて移動しようとして、もう義足を身につけているのだから、歩いていけるのだ、と改めて思う。
お方さまの屋敷を後にして、シャーリーリはメダルマ行きの客船に乗り込んだ。カイリオン号より豪華な個室付きで、安全装備のしっかりした船。
メダルマに着くまで、シャーリーリは天球盤をずっといじっていた。
ザリクにいろいろ指示を出して、ファトの人々やホテルの従業員や一緒に飛ばされた客のために働かせた。それはある種の罪滅ぼしと言えた。
しかしなにより、ザリクが目の前にいることが、シャーリーリは嬉しかった。
メダルマの港が見えた。洪水でいささか傷んではいるが、ぜんぜん問題ない。会社の部下たちに連絡すると、出迎えてもらえることになった。
船から降り立つ。会社の部下たちは、シャーリーリに抱きついたり、手を握ったりして、再会を喜んだ。
シャーリーリは生きていてよかった、と思った。あの嵐の夜に、ザリクがもしいなかったら、シャーリーリは死んでいただろう。ザリクがいたから、こうしてメダルマに戻ってくることができたのだ。
洪水で犠牲になった社員たちを、メダルマ式に悼んでから、シャーリーリはオフィスに向かった。きれいに片付けてあり、いつでもビジネスは再開できる。
マッテオから、教皇庁は葡萄酒の取引を続けたい、という連絡がきていたことを社員に通達し、シャーリーリはよし、と気合いをいれた。
たくさんの人に生かされた命だ。それに報いて、神々に喜ばれるべく長生きをしなくては。シャーリーリは天球盤を操作して、ふとザリクが手持ち無沙汰なことに気付く。
「ザリク、そこを耕して、畑をつくりましょうか」
「了解しました」
そんなやり取りをしていると、社員の一人が、「社長、勤務中にゲームですか」と言ってきた。
「いいえ。これは生かされた自分にできる、崇高な任務です」と、シャーリーリは答えた。
ザリクとシャーリーリ 金澤流都 @kanezya
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