付録 寂しくない、だって
ぱたんと静かに扉を閉じる。緩みそうになたいる頬を引き締めて。
両脇のベッドではそれぞれ、既に妹二人が寝息を立てている。
私はその間に布団を敷いて、ぼんやり天井を見上げた。
「ふふっ……」
我慢していた笑みが、つい零れてしまう。
兄さんは変わっていなかった。私が妹弟たちの方ばかりを向くようになる前から、変わっていなかった。
瞳を閉じると、どこかからの犬の遠吠えとともに、懐かしい記憶が蘇ってきた。
*
まだ小学1年生くらいだった頃。だから兄さんは4年生くらいだったある年末の夕方だ。
「神社いこ神社!」
帰り道、息を白く浮かばせながら、兄さんの同級生が言った。
「なにすんの?」別の女の子が聞くと彼は「サッカーとか?」と答えた。
彼らの言う神社というのは、そのすぐ近くにある公園のことを言っているのであって、決して
そのとき私は、兄さんの後ろを歩いていた。
「
兄に話がふられた。私は前を歩いていた兄を見上げる。何と答えるのか、今日だけは気になって。
少しの間を開けて、兄は小さく言った。
「んー。俺は、いいかな」
さわりと右手が
「えーなんでだよ。暇じゃねーのかよ」
「まあ色々とさ」
「色々?」
「いいじゃんいいじゃん。私と
なおも兄を誘おうとしていた男の子は不服そうだったけれど、女の子二人が来ると確約されたことで「明日は来いよなー」と
元気な兄の同級生たちと別れて、残った二人きりの
普段から私たちはあまり別に喋らない。仲が悪いわけではない、と思うのだけれど。
やっぱり私は女の子で、兄は男の子だからかもしれない。それか、弟と妹がたくさんいるからかもしれない。
けれど、今は聞きたい。何で断ったのか、聞きたい。確かめたい。
でも、何て言えばいいかわからない。
冬の冷たい風が吹く。兄は私を
対して私は、今思い出してもなんとも不器用すぎる呼び止め方をした。
「うっ……」
「ん?」
兄は足を止めて振り返り、次の瞬間、こちらに戻って来た。
「おい」
「こ、こけちゃった」
「大丈夫かよ」
「うん」
呼び止めるための自作自演だった。けれど、本当に
「血、出てる」
しゃがみこんだ兄が
「……」
「家まで、歩ける?」
「んっと、ゆっくり、歩いてくれれば」
「そうか。無理はすんな」
「うん」
差し出された兄のあたたかな手を握って、私はまた歩き出す。
右側に立った兄を見上げる。いつもと同じ、何を考えているのかよくわからない表情を浮かべたまま前を向いていた。
「今日のきゅうしょく、おいしかった」
近くにいてくれることに安心した私は、ふとそう言った。
「給食?」
「うん。からあげ」
「あー、おいしかったな確かに。
「たっこみごはんもおいしかった」
私がそう言うと兄は笑って、そして、続けて言ったのだ。
「でも、夜はもっとおいしいもん食えるな」
やっぱり、と思ったのを覚えている。
その日は、私の7歳の誕生日だった。それまで口にも表情にも出さなかったけれど、兄さんはちゃんと覚えていてくれたんだ。
その瞬間から私は多分、兄を本当に「兄」だと思うようになったんだ。
**
今思えば、私を祝うとかそういうことよりも、ケーキとかいつもより豪華な料理を食べられるから覚えていただけだったのかもしれないけれど、その時の私は、覚えてくれていたことが
兄さんは変わっていなかった。
大切にしてほしいものはずっと大切にしてくれる、そんな兄の性格は何も変わっていなかった。
「ふふっ……」
深夜のさえた冷たい空気に、白い息が浮かんだ。
去年の今頃は浮かぶ息の白さが絶え間ない悲しみを映し出しているようで不快だったのに、今はそれとは真逆の心地だった。
欲を言えば、もっと帰って来てほしんだけどな。
でも、家族はもう、私たちだけじゃないもんな。
寂しいけれど、……ううん。寂しくはない。だって、兄さんはちゃんとこちらを見てくれているんだから。不安になることはないんだ。
そんなことを考えているうちに、夜は去っていった。
嫌いなわけじゃないけれど、特に話すこともなくて、ぎこちない年長兄妹の話 蓬葉 yomoginoha @houtamiyasina
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