嫌いなわけじゃないけれど(以下略)の下

 松次・・・21歳。一子長男。一週間ぶりに帰って来た。

 柚希・・・17歳。二子長女。寡黙。兄の事は嫌いじゃない。



「兄さん、何で今日帰って来たの」


「……え」

 眉を寄せて柚希ゆずきは俺を見上げている。その表情は、まあ、結構見る表情だ。

 ただ、普段通りの静かな声音こわねに、強い感情が宿っているような気がした。

 

(帰ってこなきゃよかったんかな)

 

「えっと」

「……」

 彼女の顔を見る。唇をすぼめて、何かを確認するかのような表情を。

 責めるような表情ではない。怒っているわけでもなさそうだ。

 けれど、沈黙を許さないような、表情だ。

 あえていうなら、「期待」の表情に近いかもしれない。


(絶対ミスれないやつか)


 まあしかし、正答なんてわからないし、嘘をいたって仕方がない。

 正直に俺は、言った。



「明日、一周忌いっしゅうきだろ。母さんの」



「……」

 柚希は瞳をわずかに動かした。

「いや、もう今日だな」

 時計は12を指している。それはつまり、12月28日が始まったことを示している。去年、母がったあの日が巡ってきたことを。

流石さすがにそういう日は帰ってくるよ。誕生日とか、大切な日はさ」

「あっ……う……」

 何かを言いかけたと見える、柚希は寸前で唇を噛んだ。

「なんだよ」

 柚希は、またも頬を赤くして、少しうつむいた。

「柚希」

 声をかけると、柚希は顔を見せないまま言った。


「兄さんの、そういうとこは、好きよ」



 家族の中でいち早く、俺と柚希は仏間に入った。

 昼には墓参りに行くけれど、その前に挨拶あいさつしておこうと思って。

 

 畳に正座し、りんを鳴らす。

 さわやかな笑みを浮かべる父と、傲岸不遜ごうがんふそん……じゃなくて、全てを見透かすような眼差しでこちらを見る母の写真に、手を合わせる。


 目を開いて右斜みぎななめ後ろを見ると、柚希はまだ手を合わせていた。

 神は細部に宿る、と誰かが言ったらしいけれど、なんとなくわかるような気がする。

 彼女の指先に、長い黒の髪の毛先に、睫毛まつげの先に、美しさがある。そんな気がした。

 多分、こういう意味で言った言葉じゃないんだろうけれど。

 それにそういうことは雪葉かのじょに思ってやれよって話だけれど。


 柚希が目を開いて、こちらに視線に気づく。

「……何?」

「いや、おっきくなったなって思って」

「それ、あんまり嬉しくない」

「いや、身体とかそういうんじゃなくて、なんつーか……」

 言い終わらないうちに柚希は身体を抱いて、ぎゅっと顔をしぶめた。

「違うって。そういうんじゃないって」

「もう、寝るから」

 弁解を聞かずして、柚希は立ち上がる。なんなんだこいつは。

 他人の話を聞かないのも昔から変わらない。


 溜息がちに仏壇に向き直ったとき。

「なんもない時も、帰って来てよ」 

 ぽつり一言、柚希は言った。

 可愛らしい奴だ。表情も大方予想できるけれど、だからこそここは振り返らないでおこう。

「ああ」と片手をあげて返す。

 反応はなく、ただ階段を上っていく音が聞こえた。



**

 昼時、俺は一人、母と父の眠る墓地に向かった。

 学校に行った弟妹きょうだいたちに代わって、いち早く墓参りをするためだ。

「寒っ」

 母が死んだのは雪の降りそうな、酷く静かな夜だった。

 水を取り替え、花を差し替え、墓石に水を注ぎ、手を合わせる。


 去年は、こんな穏やかな冬が来るなんて思ってもいなかった。

 熱い涙の温度が、上空、白く浮かんでいた去年のあの頃には、そんなこと、思いもよらなかった。


 宮科陽介、宮科花穂と二人並ぶ墓碑ぼひにも水を浴びせて手を合わせる。


 夕方になったら、きっと皆も来るからさ。


 別に来なくてもいいのに。とか本気で言いそうな母と、まあまあとそれをなだめていそうな父の姿が、頭に浮かんだ。

 

  


 



                  2011.12.28



―――――

もうちょっとだけ続きますよ 

作者より

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る