スーパー美少女な生徒会長が言った。「最近、両親が『彼氏を作りなさい』ってうるさいのよ」と。

鈴木えんぺら@『ガリ勉くんと裏アカさん』

第1話


「最近、両親が『彼氏を作りなさい』ってうるさいのよ」


 夏休みを間近に控えた生徒会室で、唐突にそんなことを言いだした同い年の少女。

 過去の記憶を遡ると……これまでも彼女に驚かされることは珍しくはなかったと納得しかけたものの、さすがにこれは脈絡がなさすぎて呆れてしまう。

 とりあえず確認しなければならないこと、それは――


「それは、僕が縛られていることと何か関係があるんですか?」


 思わず尋ねざるを得なかった。

 そう、僕は縛られている。後ろ手に。逃げられない。

 椅子に座らせて貰えているのは、せめてもの慈悲だろうか?


「まあ、そういきり立たずに話を聞きなさい」


 正面の椅子に腰かけている彼女の口ぶりは、まるで聞き分けのない子供をあやすかのよう。

 ……下校しようとした僕の腹にワンパン入れて拉致った挙句、こんな有様にしてくれた張本人の言葉とは思えないな。

 僕の帰宅を邪魔したバーサーカーな同級生は――美少女だった。

 腰まで届く艶やかな黒髪。どれだけ斜に構えてみてもケチのつけようがないほどに整った顔立ち。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる完璧なスタイル。短めのスカートから伸びる長くて白い脚が今日も眩しい。

『容姿端麗』『文武両道』『才色兼備』『天衣無縫』などなど様々な四字熟語で褒め称えられる彼女こそ、我が校が誇るスーパー生徒会長だ。

 付け加えると実家は日本人なら誰でも知ってる大会社で、彼女は社長令嬢でもある。マジで完璧すぎる。


「最近、両親が『彼氏を作りなさい』ってうるさいのよ」


 白魚のような指先でくるくると髪を弄びながら、心底ウンザリした様子で同じことをもう一度口にした。


「作ればいいじゃないですか。会長なら選り取りみどりでしょうに?」


「それはもちろん、私が声をかけて落ちない男子はいないでしょうけど」


 ハッキリ言い放っても傲慢に聞こえないのが、この人の凄いところ。

 実際に声をかけてみたら、たぶん誰もが『はい、喜んで!』とふたつ返事で頷くだろう。


「でも、いないのよ」


「いない……とは?」


「いい男」


 そのまんま過ぎる。

 常日頃は清楚キャラで売っている人の言葉とは思えなかった。


「そう、この学校には私と釣り合う……否、私の理想となりうる男子がいないッ!」


 学内非公式ファンクラブの皆さん、ご愁傷様。

 会員の僕もご愁傷様。ナンバーひと桁台なのに。

 直接言われて泣きたいけれど、涙を拭う手は縛られたまま。


「……会長の『理想の彼氏』候補がいないのはわかりましたけど、それが僕とどう関係あるんですか?」


 などと口にしつつ、ちょっと期待がないわけではない。

 僕は一応生徒会に所属していて、会長の下で日々頑張っている。

 副会長などと言う身に余る役職を頂き、粉骨砕身彼女に尽くしている。

 他の男子はダメでも僕ならあるいは……なんて。ウソ、思ってません。

 だって……僕らは今、ふたりきりというわけではないのだからIN生徒会室。

 そんな色気のある話をするシチュエーションではないことは明白。余人の目。


「だから、つくるのよ」


「はい?」


「『理想の彼氏』をつくるのよ。私、わかっちゃったの。『理想の彼氏』なんて探すよりつくる方が簡単だって」


「はぁ」


 たわわに実った胸を張って自信満々に言い切られた言葉は、しかしまるで要領を得ない。

『彼氏を探す』と『彼氏を作る』の違いがよくわからない。


「というわけでスタッフを集めたわ!」


「スタッフ」


 平たくなってしまった僕の声を無視して会長がビシィっと指さした先にいたのは……確か文芸部の部長。

 黒縁眼鏡とおさげが似合ういかにも真面目そうな文学少女。


「『理想の彼氏』のソウル担当、現役高校生芥山賞作家『南朋 樹なお いつき』!」


「どうも、芥山賞作家の南朋です」


 会釈されたので、会釈を返す。

 見た目を裏切らずまともそうな人だ。


「そして『理想の彼氏』ビジュアル担当、神絵師こと『狩野 栄かのう さかえ』!」


「神絵師の狩野よ。アタシの肉は食べちゃダメだからね?」


 金髪ツインテールが印象的な美少女だ。美術部……いや、漫研だっけ?

 発言にツッコむのはめんどくさいのでやめておく。

 僕に神絵師の肉を食べる趣味はない。


「最後にあなた! 『理想の彼氏』ヴォイス担当にして生徒会副会長『池坊 平いけのぼう たいら』!」


「……はぁ?」


 首をかしげた僕は責められるべきではないだろう。

 正直なところ何を言われているのかよくわからない。

 いや……予想はついているのだけれど、頷きたくないというか。


「神絵師の手による肉体に、芥山賞作家が産み出した魂をあなたが吹き込むことで、私の『理想の彼氏』が完成するッ! これぞまさしく三位一体さんみいったい!」


 ちなみに我が校はれっきとしたクリスチャン系の名門私立である。

 だからキリ〇ト教に喧嘩を売るような発言はやめてください。

 ウンザリした僕を見て何を勘違いしたか、会長は前髪をかき上げて自信満々にのたまう。


「ふっ……この発想には天才アインシュタイン博士も脱帽せざるを得ないわね」


「会長はフランケンシュタイン博士といいお酒が飲めそうですね」


 突然引き合いに出されたアインシュタイン博士は、話の流れにまったく関係いないと思う。

 ちなみに会長のドヤ顔はこの程度の皮肉ではビクともしない。

 

「異議あり!」


 会長のひとり舞台に敢然と立ち向かう狩野さん。勇者である。

『頑張って』と心の中で応援しておいた。口に出すのは自重した。


「どうかしたの、狩野さん?」


「どうもこうもないわよ。アタシとそっちの芥山賞女はわかるとして、声がコイツってのは納得がいかないわ!」


 う~ん、ダメだこりゃ。

 この子は期待できそうにない。

『理想の彼氏』を自らの手で生み出すという、ちょっと猟奇的な発想そのものに異論はないらしい。

 つまり狩野さんも、座ったまま首を縦に振っている南朋さんも会長の同類。

 なんなの? ここは邪教のサバト会場か何かなの?


「何を言い出すかと思えば、これだから愚民どもは」


 対する会長は『やれやれ』とばかりに大仰に肩をすくめてみせる。

 他の人間がやればイラっとする仕草でさえも絵になってしまうのが、実に彼女らしい。


「愚民て……」


「いいこと、よく聞きなさい。あなたのような『能登 〇美子』と『早〇 沙織』や『櫻〇 孝宏』と『石〇 彰』の声が同じに聞こえるとかいう軟弱な耳の持ち主にはわからないでしょうけど……池坊君の声は間違いなくイケボ」


「イケボ」


「そう、イケボ。一応説明しておくと『イケメンボイス』の略よ」


 その説明は別にいらない。

 会長以外のふたりの目は納得できないと言っている。

 多分、僕も同じ目をしている。意味がわからん……いや、わかりたくない。


「まぁ、あなたたちの言い分も理解できるつもりよ。確かに池坊君は滑舌悪いし背筋は曲がってるし、口調はボソボソして聞き取りづらいし、そもそも根暗だし捻くれ者だし」


「そこまで言ってない」


「でも……それは特訓すれば解決する問題に過ぎないわ。彼の声には間違いなく神が眠っているッ! 私の耳がそう言っているのよッ!」


 その耳は永遠に眠らせておくべきだと思う。

 あと、なんか『特訓』とか言い出した。これから僕はどうなってしまうのだろう?

 もうすぐ始まる夏休みに俄かに暗雲立ち込めてきたぞ。せっかくの高校2年生の夏休みが……


「えっと、要するに会長はVtuberを始めたいと、そういうことですか?」


 話の流れを総合的に判断して……この結論に思い至った。

 神絵師の絵。

 芥山賞作家のテキスト。

 そして僕のイケボ(仮)。

 この3つを組み合わせてイケメンVtuberをデビューさせる……という計画でいいのだろうか?


 会長は首を横に振った。


「ねぇ池坊君、私の話ちゃんと聞いてた? 私は『理想の彼氏』が欲しいの」


「ですよね。だから……」


「どちらかというと『ラブ〇ラス』に近いわね」


 今度は真顔でコ〇ミに喧嘩を売り始めた。

 もうやだ、この人……


「……権利関係はお任せしますね」


「あら、乗り気じゃないの」


 僕の諦念をどのように曲解するとそんな発言につながるのか、思考回路が迷子過ぎる。

 業界屈指のツワモノぞろいと称されるコ〇ミ法務部にボコボコにされてほしい。

 何もかも自分の思いどおりに行くと思ったら大間違いだ(と思い知らされてください)。


「逃げられそうにないから、諦めただけです」


「そう、それはいい心がけだわ」


 おかしいなぁ。

 同じ日本語をしゃべっているはずなのに、まるで意思疎通が図れていない。

 いつもの知的な生徒会長はどこへ行ったのだろう?

 家族にせっつかれて理性が蒸発してしまったのだろうか?


「というわけで、これより私の『理想の彼氏』計画、『オペレーション・イデア』を発動します!」


 項垂れる僕を尻目に、鈴の音を思わせる会長の声が高らかに響き渡った。

 彼女にとって恋愛とは次元を超えるものだと初めて知った瞬間でもあった。

 二次元と三次元の壁は障害にならないらしい。僕はそっとため息をついた。



 ★



 こうして僕の夏休みは始まる前に終わりを告げた。

 会長が口にしていた『特訓』とは、(彼女が札束で頬を叩いて連れてきた)プロの声優によるマンツーマンのレッスンだった。

 ちなみに件の声優さんはそっち方面に疎い僕でも知っている超一流の有名声優(♀)。


『こんな凄い人を連れてこられるなら、凄い男性声優を雇えばよかったのでは?』


『……違うのよ、イメージに合う人がいないの』


 苦渋に満ちた会長の顔に、一抹の憐憫を抱かなくもない。

 理想が高すぎるとも言う。


 閑話休題なにはともあれ


 他にもあれやこれやとトラブルはあったものの、『オペレーション・イデア』は無事完遂された。

 神絵師の手によって生み出された最高のビジュアル。

 芥山賞作家の精緻な筆致が紡ぐ感動のソウル。

 そして僭越ながら僕(特訓後)が吹き込んだヴォイス。

 会長は完成した『理想の彼氏』(INスマホ)を意気揚々と両親に紹介し――家族会議に発展した。


『どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!?』

『お前の教育が悪かったせいだ』

『あなたこそ家庭を顧みずに全部私に押し付けて』

『お姉ちゃんキモーイ』などなど。


 しかして幾度となく紛糾した会長宅の家族会議は、唐突に終焉を迎えた。


 なぜって?


 自分の言動が切っ掛けで円満だった家族の不満を噴出させてしまったことに、すっかり憔悴しょうすいしてしまった会長。

 その間ずっと副会長として傍で彼女を慰め続けた僕。

 そしてプロの声優によって鍛え上げられた結果、会長特効と呼べるレベルに昇華された僕のイケボ。


 あとは……わかるな?


 すまない、そういうことなんだ。

 本当にすまない、会長ファンクラブのみんな。

 この物語に――オチはないんだ。



 ★



 夏が過ぎて秋の気配が忍び寄る、2学期のある日。

 夕日が差し込む放課後の生徒会室。

 他の生徒会メンバーが帰宅して、今は僕と会長のふたりきり。

 頃合いを見計らってそっと会長を背後から抱きしめ、白いうなじに軽く息を吹きかける。

 鼻をくすぐる甘やかな香りに口元が緩む。腕から伝わってくる彼女の柔らかさと暖かさを堪能する。


「『理想の彼氏は探すよりつくる方が簡単』でしたっけ?」


「うう……その声、頭が溶けるぅ」


 腕の中の会長から力が抜けていく。

 会長特効のイケボ、効果は抜群だ!

 窓に映った彼女の顔が赤く染まって見えるのは、陽光の反射によるものではない。

 自らが見出して鍛え上げた武器に自ら刺し貫かれるのだから、きっと会長だって本望だろう。


 僕はごく普通の高校生男子に過ぎない。あえて言うなら真面目なだけが取り柄の凡人だ。

 芥山賞作家が描き出すような、誰もが憧れる特別なエピソードがあるわけでもない。

 でも、ふたりの物語はこれから自分たちで積み上げていけばいい。フィクションではなく、現実で。


「イケメンでなくて申し訳ないですけど」


「や、やめて……顔までよくなったら、私、理性を保っていられなくなる……」


 みんなの前では凛とした生徒会長が、僕の前でだけ見せる蕩けた顔。この顔は僕だけのもの。

 か弱い声で可愛らしいことを口にしつつ体重を預けてくる彼女の耳に、僕はそっと歯を立てた。

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