第2話 まずは部下からAへの好感度を上げたい










だって元からマイナスをK点越えだもの。







補佐の仕事はやっぱり多かった。どちらかと言うと秘書の仕事のようだ。前世で秘書検定を受けなかったことを悔やむ。

「おい!喪不山!ついてこい!」

「はい、A様。」

不機嫌そうなAに、笑顔を崩さずついて行く。そう言う態度がダメだと言っているのになかなか治らないものだ。今日も空が青かった。



補佐の仕事は多いが、そのうちに慣れてくれば流せるようになる。また、Aの仕事は財務関係が多い。稀に敵に乗り込むような仕事もくるが、それよりも圧倒的に書類が多いのである。なのでまずは滞っていた書類関係の仕事の効率を上げることにする。

「このままでいいにきまって」

「はい、シャラップ。いいですかA様。

この一枚の書類審査に一体どのくらいかけていると思っているんですか。これ一枚に約一週間もかけるとか、どこまで部下を信用していないんですか。一々あなたのチェックなんて入りません。その分能率を早くして一気に出してしまいましょう。上に回すのを早くするんです。あとパソコンも買い替えましょう。あのソフトでは効率が悪すぎます。今までは首領にさえ『私の管轄ですから』とかなんとか言って誤魔化していたのでしょうが異常なまでにうまく隠して着服していたお金は全て返しておきました。」

「ちょっと待て、『返しておいた?』」

聞き返されたのですまし顔で「はい」と言う。

「A様、全てのパソコンが新しく…!」

「これなら今まで以上に作業が楽に…!」

「ありがとうございます!」

どんどん飛び込んでくる黒服たち。

そうである。この同僚達は今まで散々Aの圧政に苦しみ喘いできた。故に幸福のハードルが異常に低い。

「勿論、私とA様の口座からです。」

「うっ、うぐぅぅぅぅ!」

Aの顔が真っ赤になっていく。爆発する前兆である。これはこれで危ないとこっそり耳打ちする。

「落ち着いてください。ここで部下を躾けておくのがいいのです。後から首領に成り代わるためにも、上に行くためでもです。」

なりかわらせねぇけどな、と心の中で付け足しておく。そのうちに少しずつ修正していけば良いだろう。

「ふ、ふむ。そうか…。」

自分が首領になった時のことを考えているのか口元が少しにやけている。いや、それでも充分残忍だが。

胡散臭い笑顔の矯正も必要だと私はため息をついた。


やることはまだまだある。Aの動きを私が少々封じ込めているおかげで湧かなくてもいいゴミ(主にAの力に逆らえなくて無理矢理言うことを聞いていた荒くれ者の皆様)が湧いてきたのである。そんな奴には、目の前でりんごを握りつぶして

「次はお前だ。」

で済むと思うのだが、あいにくそう言うわけにもいかない。人間関係は大事であると前世からも学んでいるからである。そのための好感度UPでもある。

だから、こうすることにした。


後日、

ポートマフィアで働く男達は窮地に立たされていた。反乱する予定のなかった下請けが一か八かの勝負を仕掛けてきたのである。なかなか強く、武器も多いため手間取る。一回は既に占拠されてしまった。更に、その日はその男達以外の人は「偶々」別の任務でいなかったので男達はニ階のホールに立て篭もり、死線を彷徨っていた。

「おい!武器足りねぇぞ!!」

「こっちがキツくなってきた!人員よこせ!」

「無理だ!もう武器も人も…」

死人こそ出ていないものの、このままでは重傷者がでる。

「くそっ…」

このまま負ければ、生き残っても監督不行き届きで良くて飼い殺し、悪くて消されるだろう。これで最後かと生唾を飲む。段々と銃声が大きくなり、バリケードが突破されそうになった、その時。

「手間取っているようだな。」

ガシャーーン!!

突然そばの窓が割られ、誰かが歩いてくる。

後光が差し、ガラスが飛び散る中を悠然と歩くその姿は圧倒的な強さと権威を背負った神のようだった。Aだ。

「おい、喪不山。」

「はい、A様」

そばに喪不山がさっと飛び出し、完璧な姿勢で片膝をつく。

「制圧にはどのくらいかかる。」

「3時間かと。」

「長い。負傷者の治療、情報流出の確認、此方の損失の算出及び壊れた部分の補修、全て合わせて2時間で終わらせろ。」

「かしこまりました。それでは一班と二班は両端から接近、敵の殲滅をお願いします。三班は治療です。私たちが登ってきたロープを使い順に此方へ来てください。着き次第治療を、幸い重症者はいないようですね。四班は…」

「お、おい!!」

淡々と指示を出す喪不山を無視して男の1人が突然声を上げた。意志が強く、男達の中でも頭を張っていた男である。喉から締め出すように、血に塗れた腕を押さえながら声を出す。

「助けに、きたのか…?俺たちを。」

その問いにAはゆっくりと瞬きをするとニヤリと嘲笑い、口を開く。

「はっ、まさか。


私は無駄が嫌いだ。財も、時間も。人材もその中の一つだったに過ぎん。

…甘えるな。私は使えない部下を置いておくつもりはない。」

「…っ!!」

男達がハッとする。人材、とこの男は言った。俺達を使い潰し、目先の欲にしか興味がなく、何より俺達をその口八丁手八丁で騙した男が。俺たちの代わりはないと。俺たちを見殺しにすることはまだ無駄だと。

なんたる傲慢!

なんたる強欲!

圧倒的強者の風格が漂い、男達は身震いをする。この男は、もっと御し易い男ではなかったのか。

「…殲滅、完了したようです。」

ふと耳を澄ますとピタリと銃声が止んでいた。

「社長は」

「今夜9時にイギリス行きの便を一本取っています。」

男達はハッとした。国外に逃げられては此方の負けだ。

「引き摺り出せ。私自ら、『優しく』交渉してやろう。」

「かしこまりました。」

そのままコツコツとAは奥のエレベーターへと歩いていく。

「私は少し寝る。全て終わったら起こせ。もし2時間を超えていたら全員寿命の宝石を削る。」

ウィーンパタン

軽い音を立ててエレベーターは閉まるが、その場の全員がその扉からしばらく目を離せないでいた。





う、うまくいったぁぁぁぁ!

内心汗ダラダラの私、喪不山は疲れに疲れ切って敵の社長を締め上げていた。たった今空港へ行こうとありったけの金を持って会社を出たところである。護衛も少なく、縛り上げるのは簡単だった。

あの後きっかり2時間で終わったあの事件は、見事にゴミ(ボロボロの男達)のハートを狙い撃っち()した。あの男達もなんやかんやでちょろかったらしく、手当てをした後の簡易治療室は見舞いの人と軽症者達のA様カッケェだの、もっと強くなりたいだの、変な団結力のあふれる言葉でむせ返っていた。お前ら本当にマフィアか!?マフィアなのか!??と心配になったのも本心である。だがしかし、とにもかくにも男達は改心し、Aの認識を少しは改め始めた。少し傾けば、あとは簡単である。感情は水面を広がるように静かに、確実に広がっていく。ただでさえ集団心理のある日本人だ。長くはなるが、イメージを変えなければ、3年後くらいには話に噂という尾鰭がつき、Aの人気は上がっていくだろう。もしもむし返すような奴がいたら今度は畏怖させてやればいい。

しかし、今回は本当に大変だった。

まずポートマフィア、特にAに恨みを持つそこそこの下請けを「Aに勝てるかもしれない情報」を使って誘い込む。それとなーく匂わせておけば次の日にはデータベースに侵入した形跡が見てとれた。無理矢理こじ開けたようで後がわかりやすく残っているので、隠すのまで私がやることになったのは予想外だった。

次に「周辺のポートマフィア傘下企業の方々へご挨拶」と銘打ち、沢山のゴミとほんの少しの武器だけ残して戦力をばらけさせる。ここで重要なのが、全ての仕事を午前中に終わらせ、あとは待機させておくこと。すぐに動けるように。銃も近くのA直轄の武器庫に下ろしておく。

最後の仕上げとして、パーンとAをかっこよく登場させ、その手腕と顔の凶悪さと元の性格の悪さとその他諸々(主に私の演出)を駆使してAを「従うべきリーダー」に仕立て上げる。


一番難しかったのは仕上げである。Aは分かりやすいと言えば分かりやすいが、天邪鬼である。扱いにくいことこの上なく、最近では私を警戒し過ぎて殆どの接触を拒否していた。私に関わると手のひらでコロコロされるということを理解してしまったらしい。残念だ。特に最後のセリフはかなり私が編集した。Aの足首に紐をくくりつけ、その片方を私が持つ。後は要らない台詞の部分で周囲の時を止めれば完了!!

あのかっこいいセリフも原本はこうである。


「はっ、まさか(貴様ら如きに私が時間を割くとでも?それよりなんだこの有様は)


私は無駄が嫌いだ(といつも言っているだろう。)財(は)も(ちろん優先だ。金に勝るものはない。お前らもそうして買ったのだからな。)(私の)時間(さえ)も(無駄にすることは惜しい)。人材も(私の手中にある儘ならぬゴミ、)その中の一つだったに過ぎん。

…甘えるな。(使えぬ阿保共が。)私は使えない(死に損ないの)部下を(のうのうと生かして)置いておくつもりはない。」



いらない言葉は時を止めて切る。そういえば、前世の私が出したコピペの論文によく気づけたな教授、と私は1人感心した。

だってこれもあれも、元の痕跡もない。



ため息をついて、敵社長を車に放り込む。優しく、と言っていたが、恐らく

「国外逃亡に手を貸す代わりに、私の用心棒に…」

「逃がす代わりに金を…」

とか言い出すので、私も同行する。




新しく練習したロメロスペシャルが、早速その日の夜に火を吹いた。





_______


首領室にて


冷たいワイングラスが無機質に光る。

一目で上物だとわかるほど透き通った濃い色のそれを、男はクッと煽る。

喉を焼く炭酸と、すっきりとした味わい、奥深い苦味と酸味がまろやかな後味を醸し出す。

少し濡れた唇を鮮やかな舌で舐め、思わず微笑む。

あぁ、全く。彼の選ぶワインは、いつもハズレがない。





書類を何枚かめくりながら、話をする。



「…うん。今後の方針はそうだね。



それで?中也くん。最後に何かあるかね。」


何か言いたげな彼に言うと、帽子が少し揺れる。こうして聞いたはいいものの、実際その内容はすでに予想できていた。

そして彼がそれについて納得しかねていることも。


「喪不山くんのことか。」


「…っ、すいません。

彼奴の異能は、かなり強力なものです。Aの元に置くくらいなら、処分した方が」


「それは聞き逃せないね。中也くん。

君は我が組織の貴重な人材を、減らす気かい?」


中也くんが少し固まる。

嗚呼、少々威圧しすぎたか。

態度を緩めて、ワイングラスを回す。芳しい香りがたつ。


「喪不山くんは、Aの補佐で、『今は』貴重な人材だ。」


そう言うと、中也くんの顔がいつものように引き締まった。

言葉の意味は理解してくれたようだ。


「了解しました。首領。」


帽子を下げて一礼し、出て行く彼を見る。

お絵描きをしていたエリスちゃんが、にこりとこちらを見上げた。

描いている絵は、スーツを着た女性が赤いクレヨンで塗りつぶされている。

私は手元の書類に大変満足して、ワインを口に含んだ。


合理的に行こう。

最適解を選ぶためには、柔軟性も必要である。


飲み込んだワインのアルコールは腹の底まで届くと、トグロを巻いて蛇のように笑った。

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Aの部下なので死亡フラグを壊したい。 無理 @muri030

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