第三話
「ありふれたは余計だよ、否定はできないけどな」
田中さんが笑いながら答える。
「だけどよくある名前のほうが便利がいいよ。なにか失敗しても『あ~それはおれじゃないです』的な言い訳が効くし。これが大和みたいな珍しい苗字だとそうはいかない。すぐに同一人物だと特定されてしまう」
「言い訳するような失敗なんて、最初からしなければいいでしょう」
安藤さんって案外手厳しいわね。
私に対してはいつも優しいから、こういう一面を見られるのはなかなか新鮮だわ。
「それにしても、さっきのA社での大和の行動ってほんとなのか?だって、まったく真逆なんだぞ。こっちにいた時の大和は、毎日なにかしら立花さんに頼んでいたからな。コピー一枚取るのも、名刺の整理も。それこそ罰ゲームか?と思っちゃうくらいに何度も。なあ立花さん」
田中さん、よく観察しているわ。
そんなに見られていたなんて、気づかなかった。
「田中さん、よく見てるわねぇ。そんなに見てて気がついてるんだったら、何かしら助け舟出してあげたらよかったのに。大和さんに頼むのを控えろだとか、立花さんに、たまには断ってもいいと言ってあげるとか」
「いや、大和には何度か釘をさしたことはあるよ。立花さんは確かに庶務だからああいう雑用の手伝いをしてくれるためにいるんだけど、だからってなんでもかんでもは頼みすぎだろって」
「そしたら?」
「それがあの方の仕事なんだから、頼むのは当然でしょうってさ。で、言っても聞かないから諦めた。あまり頻繁で立花さんが困っているようだったら課長に相談しようかとも思ってたんだ」
「なんだか、偉そうな人ね。ねえ、立花さん。そんなにいろいろ頼まれてたの?その……罰ゲームって周囲が感じるくらいに」
「あぁ。確かに色々と頼まれてはいましたね。さすがに罰ゲームとまでは、思いませんでしたが。そうですね『本日のミッション』とは思ってましたね。ひとつ終わったら『ミッションクリア』みたいな。それはそれで楽しめましたよ」
「ミッションクリアか。なるほど、そういう考え方もあるな。おっとミーティング、始まってしまうな。立花さんコピーありがとう。安藤さんもミーティング、出るんだったよな。そろそろ行こうか」
「了解。じゃあ行ってくるね、立花さん」
「いってらっしゃい」
二人を見送った私は、その足で廊下の先にある非常階段の扉を開け、五月の爽やかな陽ざしの下に出た。
(人に頼みっぱなしの大和さんと、何ひとつ頼まない大和さん。どっちが本性かはわからないけれど。それでも、いろいろと頼まれてたのは楽しかったわけで。……いつでも戻ってらっしゃい!また、ミッションクリアしてあげるから!!)そう心の中でつぶやいて、ひとつ大きく伸びをした。
ミッション・クリア 奈那美 @mike7691
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