第二話
それが、この四月の異動で、大和さんは隣のA市にある支社に行ってしまった。
かわりに異動してきた安藤さんは、たいていのことは自分で処理してしまう。
それに、このご時世で営業といえども、リモートで済ませることも増えて、私が用事を頼まれることも、以前に比べると少なくなっていた。
もちろん、暇をもてあますほどではなかったけれど、大和さんがいたころの作業量から考えると、ずっと少なくなっていたのは事実だ。
(自分で思ってた以上に、大和さんから頼まれる
そんな、ちょっとした楽しみを取り上げられて、つまらないと思う日々をすごしてひと月ちょっと。
なにもすることがなく、ただだらだらと過ごしたGW明けに出社した私に、営業の田中さんが話しかけてきた。
「立花さん、出社早々に申し訳ないんだけどさ、この資料を十部ずつコピーして、綴じておいてもらえるかな?九時半からのミーティングに使いたいんだ」
「承知しました。……って、もしかして田中さん、お休みのあいだに資料作られてたんですか?」私は資料を受け取り、さっそくコピーしながら、田中さんにたずねた。
「うん。まあ、どこにも出かける予定がなかったし。それに天気も悪かっただろう?だから、ちょうどよかったよ」
「へぇ。そうだったんですね。私も同じで、どこにも出かけなかったけれど。結局は、ダラダラしてただけでしたよ。田中さんのこと見習わなくちゃですね」
「立花さんは、毎日頑張ってるんだから。お休みくらいはのんびりしていいんだよ。それにしても、雨つづきの休みが終わったとたんにピーカン晴れなんて。いったい何の罰ゲームですか?と思っちゃうよな」
「あはは。確かに。もしかして、日ごろの行ないのせいですかね」
他愛ない話をしながらコピーした資料を綴じて、田中さんに渡した。
ありがとうといいながら、受け取った田中さんが続けて言った。
「そういえば、罰ゲームで思い出したんだけど。A市に行った大和のやつ。立花さんにしょっちゅう、どーでもいい用事頼んでなかった?営業のやつらと『大和のやつ、しょっちゅう立花さんに仕事頼んでるけど、あれってなんかの罰ゲームか?』って言ってたもん」
「えぇ?田中さんたちに、そんな風に思われてたんですか?そりゃまあ、いろいろ頼まれてましたけど。それが私の仕事ですし」
「そう?ならいいけど。きっと、行った先でも相変わらず、頼みまくってるんだろうな」
「ねえ、その大和さんって人。私と入れ替わりで、A市に行った人?」
通りかかった安藤さんが、話に加わってきた。
「そうだけど。大和がどうかした?」
田中さんが問い返す。
「私ね、お休みのあいだに、A支社の友達とお茶したのね。それで、まあたった一ヶ月だから大して変化はないだろうと思ったけれど、最近みんなどうしてる?って話になったのよね。そうしたら彼女の話では、私の代わりに新しく来た大和さんって人は、雑用まで全部自分でやっちゃってて、何かを人に頼むとこを見たことがないんだって。ある時なんて、すごく忙しそうにしてたから、見かねた庶務のコが『何かお手伝いしましょうか?』って声をかけたのに、そっけなく『大丈夫です』って断ったんだって。さっき聞こえたのと、全く逆の対応だから、同姓の別人かとも思ったんだけど『大和』なんて、滅多にない名字じゃない?田中さんみたいにありふれたのと違って」
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