ミッション・クリア

奈那美

第一話

 つ・ま・ら・な・い。

ほんとうにそう、思う。

この間までは「今」がずっと続くと思っていた。

まるで、毎日が楽しくてしかたがなかった小学生のころのように。

毎日起こることが、どんなささいなことでも楽しいイベントに感じられて。

だけど学校を卒業して社会人になって、世間のいろんな事も経験して、たくさん失敗もして。『人生思ったようにならないことばかり』ということもいやというほどわかっていたはずなのに。

「はぁ」思わず溜息が口から漏れる。

 

 「立花さん、どうしたの?」

隣のデスクの安藤さんに溜息を聞かれてしまったらしい。

「溜息ついてたみたいだけど……心配事?」

私を案じてくれているのか心配そうな表情で問いかけてくる。

「ううん。ありがとう。たいしたことじゃないから大丈夫です。ごめんね、心配かけて」

私はにっこり笑いながら返した。

 

 「実はね……今朝体重測ったら、先週より三キロも増えちゃってて。ダイエットしてるのになんで太るの?って思っちゃって」

言い訳するのもなんだかな?と思ったけれど、チラチラ見られているようだったから、とっさに言ってしまった。

「えぇ!三キロ……それはショック大きいよね。でもわかる~。ダイエット中なのになんで?って思うくらい逆に太っちゃうことってあるよね」

 

……よかった。ごまかせたみたい。ほんとうは一キロ減っちゃってたのだけど、私とおなじくぽっちゃりの安藤さんだったら『太った』ことは、溜息をつくに値する悩みだろうと読んだのが当たったようだ。

どっちにしろ溜息の本当の理由は、安藤さんには言えない。

だって……私が『つまらない』と思う理由の一端は彼女だから。

もちろん彼女が原因ではないし、何かされたわけでもない。

むしろ何かと気をつかってくれている。

 

 (彼女が、悪いわけじゃないんだけど)

……だめだ。

考え出すと頭の中がぐるぐる回っていっぱいになって、また溜息をつきそうになる。

私は軽く頭を振って、気持ちを切り替えて、仕事を再開した。

 

 私は、とある会社の営業部の庶務で、パートタイマーとして働いている。

営業さんたちが受け取ってきた名刺の整理だったり、会議の資料のコピーだったり。

自分でもできるけど、誰かが代わりにやってくれたらありがたいな~的な、こまかな雑務をこなしている。

職場的に恵まれていたのか『雑用が仕事』の私がいても、ちょっとしたコピーくらいは自分で済ませてくれる社員さんたちが多い。

その中で唯一、あれこれと雑用を頼んできたのが、安藤さんの前任の大和やまとさんだった。

 

 「立花さん、これコピーしておいて」

(え……一枚だけ?頼みに来るより自分でしたほうが早くない?)

「この名刺、整理しておいて」

(昨日も頼まれたような?まとめて頼んでくれると助かるのに)

「お茶、淹れてくれる?」

(いや、バリスタ備えつけてあるんだから、自分で注げばいいのに)

「○○社の資料、ファイルから出してコピーしておいて」etcetc……

 

 私はあなたの秘書か?とツッコミをいれたくなるくらい毎日のように何か依頼されて、それをこなす日々が二年続いていた。

初めのうちこそ(ちょっとくらい他の人みたいに自分でやってくれても)と思ったものの、慣れてくるうちに(今日はどんなミッション出してくるかな?)と、ある種の楽しみをおぼえるようになっていた。

仕事に行く楽しみに、なっていたとも言える。

 

 実際大和さんが何かしら頼んでこない日、たとえば出張で二~三日出社しない時とか、私はヒマをもてあますことになるのだ。

もちろんなにもしないでサボっているわけにはいかないので、書類棚の片づけをしたり新聞がたまってたら紐でくくったりしてたんだけど。

……一度、窓掃除してたら見かけた他の課の人が「掃除は業者に任せてあるんだから。彼らの仕事を横取りしちゃいけないよ」と注意されてしまった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る