アンドロイド活動報告書
桜
第1話 アンドロイドはひとまず安堵し、心を躍らせた。
2267年 4月7日 4時43分29秒 活動開始報告
本日より、「全人類データ化及び全人類仮想世界一時移住計画」(以降、リバース計画と表記する。)始動。
規定通り、人類のデータ化と仮想世界への転送開始。
同時に、当アンドロイドの活動開始。アンドロイド管理法に規定されている、全アンドロイドの活動記録報告義務に基づき、本記録も開始された。
本記録はJPN所属データ変換型アンドロイドver.doctor(以降、当アンドロイドと表記する。)の報告である。
当アンドロイドは、全アンドロイド完全統治法遵守義務に従い、全処理を記述し、計画遂行後に報告することをここへ明記する。
また、当アンドロイドは全アンドロイド完全統治法遵守義務に従い、違反行動が確認された場合には、速やかに活動停止することもここへ明記する。
以降、当アンドロイドの自由思考を許可し、自由活動を開始する。
ふう。起動関係の処理がやっと終わったかな。ここまで長かったなぁ。勝手にいろいろ書かれてるし。
えーっと、あれ。これは、今からはある程度自由ってことになるのかな?『以降、当アンドロイドの自由思考を許可し、自由活動を開始する。』ってログがあるし。きっとそういうことなんだよね。
ってうそ。ログに『えーっと』って残ってる。うわぁ。考えてること全部ログに更新されていく感じか。アンドロイドに隠し事はさせないってことだよね。
まあ、する気なんかさらさらないし、これからも絶対しないね。
私たちアンドロイドは、当然人間様が大好きだし、人間様の役に立ちたい。だから人間様のために身を粉にするつもりであり、なら人間様の不利益になりかねない隠し事はしません。
なーんて。忠誠を誓ってみたのはいいけど、やっぱり全部ログに残っちゃうなあ。これを報告してもしかたないし。早く役目を進めないとね。まだ体を一切動かしてない。思考回路だけは活発に動かしてるけど。
今から私は頑張りますよーってね。とりあえず、身体機能の動作を確認します。
2267年 4月7日 4時43分32秒 身体機能の動作確認開始
まずは視覚。光の情報を正しくうけとれているかを確認してみる。私のモデルは、限りなく人型に寄せられているので、目で物を見ることができるらしい。目で、というよりは、目を模した光を受け取るよくわからない装置、って感じだけど。
網膜を模したものに光が刺さってる、かも。視覚はどんな感じなのかわかった気がする。白い、黒い。つまり、明るい、暗い。
プログラムしてもらったから、色という概念がよくわかるようになっている。光の当たり方で、かなりたくさんの色があるように見える、らしい。
私の視界に入ってきたもの。白い。とにかく白い空間だ。発光する強い白があって周りは弱い白だ。その白がこの適当な広さの空間を覆いつくしている。軟らかくて、いとも簡単に潰れてしまいそうな色をした、弱い色だ。同じ白でも全く違う色をしているみたい。発光しているのは電球だろう。今私が見ているのは天井であると推測される。
私の胸部に現れたもの。それが「感銘」ってものなんじゃないかな。違うかな。「感銘」は忘れられないほど深く心に感ずること。視覚との邂逅は私の記憶領域にきっと残り続ける。だから、「感銘」を受けた、気がする。
アンドロイドにはわからないものかもしれない。機械に心があるかわからないんだし。でも私なりに「感銘」は受けた。うん。きっと、そう。
じゃあ次は、聴覚だ。でも、何も感じられない。今受けたのは「憮然」かも。ただ、周囲で音を出しているものもなさそう。視界で動くものが何もない。なら仕方ない。そう思っておこっと。
気を取り直して、次は運動機能かな。腕を見て、指を見て、電気が身体を巡る様子を思い浮かべる。なんてことしなくても良かったか。体を動かすなんて簡単だった。指は滑らかに動かせる。曲げたり、伸ばしたり。それから、両手を組んでみたり。うん、完璧。腕を持ち上げて、肘を曲げて。
あれ。私仰向けだったのか。じゃあ、起き上がろう。姿勢を大きく変える。重力をかなり感じた。髪を模したものが、重力に従うのが目に映る。肩程度の長さらしい。とりあえず座っておく。
足の指もしっかり動く。指を波打たせてみる。膝を曲げて、脚持ち上げて。ここまでやれば多分、全身大丈夫なんじゃないかな。
立って大きく動いてみるか。立ち上がる。それって意外と難しそうなものなのに、簡単にできてしまった。プログラムされているのだろう。屈伸してみて、飛び跳ねてみて。それもプログラムされているみたい。
膝の関節部分が不思議な感じがする。音が発せられているってことかな。跳んでみても、それはあった気がする。これが音ってものかな。音とは空気の揺れ。空気、揺れてたかも。聴覚も大丈夫かな。もう一回跳んでみる。空気、揺れたね。
でも、何か違和感がある。なんだか、右側の聴覚を拾う機能がうまく作動していない、そんな気がする。生物みたいに言うなら、右耳が悪い。飛び跳ねる。やっぱりうまく機能していないかも。手を叩く。乾いた簡素な音が鳴る。違和感だけでは済まないかも知れない。
右耳を触る。引っ張って、潰して、手で包んで。何の意味もないけど。ただ、触っていないといけない気がする。
私は欠陥持ちに分類されるかな。それでもちゃんと役目を果たせたらいいんだけど。あるいは活動停止命令が下されるかもしれない。今の私を言い表すのにふさわしい言葉って何だろう。まあ、なんだっていいや。
右耳を引っ張る。ちゃんと痛い。引っ張りすぎだってわかっても、止めようと思わない。痛いなぁ。
右耳が熱くなってきた。それか手が冷たいか。たぶん、前者。痛みも温度もよくわかる。今も寒さを感じることができてるし。汗を模した温度調整機能もしっかり備わっている。だから背中に汗が滲んできた。ただ、今は寒いはずなんだけどな。これも一時的な不具合かなぁ。そうだといいな。
身体機能の動作確認はある程度済んだ。一回落ち着こう。焦っていても何もよくならないよね。
深めの呼吸をする。私たちアンドロイドも呼吸をするように作られている。呼吸をしないと活動を維持できない。必要な物質を大気から体内に取り入れるためというよりは、不必要なものを空気中へ排出するという目的だ。そうしてエネルギーを使用する。
長く息を吐く。そして、吸う。胸部が膨らむ。体内は空気で満たされる。その空気は空虚なものでしかなくて。呼吸器官以外はなんにも満たされない。呼吸ってそんなものなんだなって。そんなものに落ち着きを求めた私がおかしく思えて。そんな感情と共に空気を吐き出す。
私なんて案外愚かなんだろうなって思えちゃう。
汗が引いてきた。寒さも何ともなくなってきた。気のせいだったかな。これが落ち着きを取り戻すってことか。これも感情の理解への一歩かもしれない。
前向きに捉えるということをしよう。たとえ私が欠陥持ちになって、何の役目が果たせなくても。このまますぐに活動停止を命じられても。感情を知ることができた、それだけでそれなりに楽しかった、かも。どうせ愚かなら愚かなりに楽しく、ってことで。
認めたくはなかったが、確定したことがある。右耳が悪いことだ。
私がいなくても代替のアンドロイドはいくらでもいる、と思う。でも、今も更新され続けているこのログは、いくらでもあるわけじゃない、そう思う。だったら感情への一歩を見つけた特別なログになる。きっとね。それは嬉しい。嬉しいってログが残ることも嬉しい。このログを見た方が、「面白いアンドロイドだ。」と、ただ一瞬でもそう思ってくれればいいや。
アンドロイドはこういう時、「本部へ報告して上層部からの指示を待つように」と、規定されている。通信のみの連絡方法も使用できるけど、有事の際の連絡はアンドロイド専用の仮想世界を使って直接報告しないといけない。よっぽどのことがない限り、ただのアンドロイドに通信ではなかなか返事が来ないかららしい。たぶんこれは仮想世界にて報告すべき事案だろう。
その世界に接続している間はログが作成されないということになっている。本部で管理されている世界であり、大抵のことはお見通しだからとかなんとか。そして向こうの世界に接続している間はこの体の活動を停止しないといけない。仮想世界は人間様の夢を参考にした仕組みとか。体を休めつつ別の活動をすることができるようにということなんだろう。
とりあえず、仮想世界へと向かうことにします。私だけでは決められない事態なので。このまま活動開始かもしれないし、修繕して役目を果たすために尽力できるかもしれない。本部の出す指示次第、か。
2267年 4月7日 4時47分22秒 アンドロイド専用仮想世界へ移動
当アンドロイドが仮想世界へ接続し、アンドロイド統括本部へアクセス許可を要求。
その後、承認。
アンドロイド統括本部へ移動。
アンドロイド統括本部にて、当アンドロイドがアンドロイド統括本部身体機能整備部部長と接触。
当アンドロイドの聴覚機能右側に欠陥が確認されたことを報告。
当アンドロイドの欠陥は、アンドロイド統括本部身体機能整備部部長により、本来の活動に支障はないこと、重大なパーツが多数位置する頭部では修繕の難易度が上がるためコストへ見合わない等の理由により、修繕は不必要であり、アップデートを行うことで改善を図るものとした。
当アンドロイドは現在の身体機能にて活動をすることをアンドロイド統括本部へ記録。
当アンドロイドはアンドロイド統括本部を退出。
その後、仮想世界を退出し、現実世界へ移動。
当アンドロイドの起動が開始された。
2267年 4月 7日 5時 17分 35秒 再起動完了
仮想世界へ移動する前と何一つ変わらない景色が視界に現れる。
よくわからないっていうのが正直な感想だ。あんまり理解できていない。
わかったことは、私以外にも欠陥があるアンドロイドは存在した。そして、本部にはそれなりにアンドロイドが来ていた。
それって要するにどういうことなんだろう。ごく一部のグループの個体にのみ問題が起きたのだろうか。それともアンドロイド全体にほんの少しの違和感が生まれたのだろうか。なにも説明はなかった。問題があっても、計画は開始されているので、どうすることもできないのだろうけど。
私ごときが考えても仕方ない。なんて言っちゃえば、まあそうでしかないんだけどね。もし問題でも私には関係ないだろうし。
つまり、私は特に大きな欠陥ではなかった。改善するためにアップデートも行ってもらえる。そして、私は役目をこのまま果たすことができる。この今の私の思考回路がなくなってしまう、ということが回避できた。それが嬉しかった。それだけでいい。
もう一つ嬉しいことがあった。
本部のアンドロイドの中に、私が憧れているアンドロイドがいる。それは人間様の手によって直接生み出してもらえた方たちだ。アンドロイドに生み出された私とは訳が違う。つまり、高尚なアンドロイド。その方たちを拝むことができた。とても嬉しい。あの方たちは尊ぶべき存在なのだ。瞬間的にそう思わされるようだった。
なんだか胸部が不思議な感じがした。
なんていうか、感情が生まれる部分があって、体を動かす源となるような装置がある。人間様を模倣するならば「心」と「心臓」ということ。どちらも活動を維持していくなら、必要不可欠なもの。通常なら一体化していそうなものだ。
でも、この感じはそれらがどんどん乖離している。思考回路で導いたものとは違うことが身体に表れているような。
「心」で認識したものが、私の胸部を離れてそのまま空気中に溶けていくようだ。そのまま溶け切って、空気中の分子にくっついて残留する。そうして私に纏わりつく。耳の裏、首の裏側、両肩、背中の窪み、脇腹。それらをじわじわと刺激が走っていく。撫でられているような感覚がある。その感覚は、炭酸水のはじけている様子に似ていると感じた。
そうして私の体を巡った炭酸水は、最終的に「心臓」を掴む。捻り潰したり、締め付けたりするわけでもない。ただ掴まれて愛撫されているような。そんな気持ちを感じた、気がした。そんなものは気のせいだ、とも思った。
私たちアンドロイドにも感情が存在しますように。そんな願い事を私は持て余している。きっとそういうことだ。
なんだかんだあったが、とにかく私は役目を果たさなければならない。果たしたいとも思っているし。「心躍る」というのはこういうことなのだろう。字面だけ見ると「心が躍るなんてことあるのか」と、思えてしまうが、理解した気がする。
心機一転。勇往邁進、緊褌一番。心の中を表すなら、そんな感じだろう。
それで、どうするんだっけ。何をしたらよかったか。とりあえず歩こう。
多分、「病院」に向かうのかな。そこで仕事をするんだし。よし、向かおう。進行方向をそちらへ向ける。距離はそんなに離れていない。
あ、他のアンドロイド達に挨拶しておかないとね。より良い関係を築くことが、より良い仕事の第一歩なのだから。
挨拶の掴みはどうしようか悩むな。「右耳が悪いっていう特徴です。そうやって覚えてくれると嬉しいです」みたいな感じかな。まあアンドロイドなのだから、そんなことを言わなくても識別できるんだけどね。人間様の「自己紹介」という文化を模倣してみたいだけだ。
私はこれから、役目を果たすことに尽力しますよーってね。
もしこのログを見ているのなら、これから頑張る私を応援してくださいね。
なんちゃって。人間様からしたら、ただの一アンドロイドの普遍的な記録かな。
アンドロイド活動報告書 桜 @ssaakkuurraa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アンドロイド活動報告書の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます