巡り巡る

かかみ かろ

巡り巡る

 人気の無い住宅街を、線路沿いにのんびり歩く。

 いつもと変わらない、いつもと同じ通学路。

 違うことと言えば、街路に植えられた桜の木々に少し、ピンクが増えてきた事くらいだ。

 

 陸橋が見えてきた。

 

――ああ、今日もいる。

 

 線路のちょうど真上、古びた陸橋の中ほど辺りに、彼女はいた。

 

 髪は肩ほど。歳は、自分と同じくらい。

 彼女の着る制服には、自分が通っている中学校の校章が縫い付けられている。

 

 後ろに電車の鳴らすガタンゴトンという音が聞こえた。

 数秒後、横を通り過ぎていくそれに一瞬視線を向けて、戻す。

 陸橋に人影はない。

 

 これも、いつもと同じ。

 

 彼女を初めて見たのは、小学校に入学したその日の登校中だった。

 あの日も今日と同じ場所で、同じ表情をして、同じ制服を着て、線路を眺めていた。

 

 桜が八分咲きほどになった。

 今日も、いつもと同じ道を歩く。

 時間だけ、いつもより少し早い。

 

 片手には、丸めた厚紙の入った筒が一つ。

 

 陸橋が見えてきた。

 同時に、彼女の姿も……。

 

 ふと思い立って、後ろを振り返る。

 電車が来る気配はない。

 

 前へ向き直って、足を速める。

 階段を上っている途中で、遠くに近づいてくる電車が見えたから、一段飛ばしで駆け上がった。

 

 初めて間近で見た彼女は錆の浮いた手すりに手をかけ、近づく電車をじっと見つめていた。

 

「ねえ、君」

 

 そ(・)れ(・)は無駄だと分かっていた。それでも、今日だけは声をかけようと思った。

 

 彼女はゆっくりとこちらを振り返る。生気の感じられない、うつろな表情だ。

 

「……何?」

 

 初めて聞いた彼女の声は、柔らかくて少し高め。

 

「同じ中学だよね。名前、聞いてもいい?」

 

 やや垂れた目をまっすぐ見て、聞く。

 

「……卒業、したんでしょう?」

 

 彼女は自分が持つ卒業証書入りの筒を指さして言った。

 そしてそのまま、線路に視線を戻す。

 

 もう一度声をかけてみようかと考えて、でも、かける言葉が見つからなくて。そうしているうちに、ガタンゴトン、という音が聞こえてきた。

 

 彼女が手すりに飛び乗った。

 そしてそのまま、ゆっくりと彼女の体は倒れていく。

 

――あっ。

 

 無駄だと分かっていて、手を伸ばす。

 けど、やっぱりその手は彼女の体をすり抜けて、何もつかめない。

 そして電車が、足元を通り過ぎて行った。

 

 電車の音が遠ざかっていく。

 残ったのは、いつもの通学路。いつも通り人通りのない、静かな住宅街だった。

 

 ……今日は、この町で過ごす、最後の日。

 明日には、大学のある遠くの街へ引っ越す。

 色んなものを、ここに残して。

 

 そう思ったら、なんだか無性に昔が懐かしくなって、中学校からのあの道を歩いていた。

 

 かつては“いつも通り”だったその通学路。

 桜が満開に咲くその道を、のんびり歩く。

 

 陸橋が見えた。

 その真ん中に見えるのは――。

 

――ああ、やっぱり、君はまだあの時のまま、そこにいるんだね。

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