エピローグ

 交易都市『カルタロ』の海岸沿い。


 その堤防に、ハルトとソウタの姿があった。



「なあ、ハルト……やっぱり、これ、だよな……」


「ああ……俺もそう思うが……」


 二人はポカンとした表情で上を見上げる。


 堤防から見える水平線を遮るように、巨大な鋼鉄の立体物は、眼前にそびえ立つ。


 全長263メートル、幅は38メートルを超え、排水量(重量)は69000トンもある、規格外の化物。


 史上最大の砲門、45口径46cm3連装砲塔を三基を搭載。それ以外にも多種多様な武装を持つ、日本で最強と謳われた戦艦。


「〝大和″……で間違いないよな」


「俺にもそう見える」


「これが、レベル30で追加された召喚兵器?」


「――の、ようだ」



 ハルトはウインドウを見る。



『【大和型戦艦一番艦[大和]】【乗務員】2500名』



 二人はしばらく唖然としていたが、ハルトは当然に思った疑問をソウタに聞く。



「こんなの使う機会あるのか?」


「まあ、海で発生するクエストもあるから、使えるとは思う。制限も水深20メートル以上のフィールドってあるだけだし……」



 大和には初めて『制限付き召喚』と注意書きがあった。だが、進水できる場所であること、という極めて当たり前の制限だけだ。


 本当に召喚できるか試すため、ここまで来たが問題なく召喚することができた。


 もっとも莫大なMPを消費したが……。



「こんなのレベル99で出てくる代物じゃないのか? この後のレベルアップ、怖すぎるぞ!」と言うソウタの意見に、ハルトも「確かにな」と頷く。


「まあ、出てきたもんは仕方ねぇ。今度試しに使ってみようぜ、ハルト! クエストは俺が選んでくるからさ」


「ああ……分かったよ」



 その日は、それでログアウトし、ハルトは現実の世界へと戻ってくる。


 定期テストも近いため、寝るまでの間、勉強しようと机に向かった。テレビをあまり見ないハルトは、いつものようにラジオをつける。


 人の声を聞いていた方が肩ひじを張らずに勉強ができるからだ。


 数学の教科書を開いた時、部屋の外から声がかかる。



「ハルトー、ちょっと来てくれる」


「なんだよ、母さん」



 ハルトはローラー付きの椅子を引き、立ち上がって部屋を出る。誰もいなくなった部屋で、ラジオDJの声だけが響く。



『はーい! 今日はスペシャルゲストとして、五人組アイドルグループ『桜花少女』から、この二人に来てもらったぞ。二人とも、自己紹介よろしく!』


『どーーも! 桜花少女のキュート担当、みやびまいです。マイマイって呼んでねー!』


『は、始めまして、桜花少女の有栖川ありすがわあずさです。その……今日はよろしくお願いします』


『ちょっとーー! アズサちゃん、ダメだよ!! みんなで決めた担当を、ちゃんと言わないと~』


『ええ……やっぱり言うのか?』


『もちろん!』


『う……こほん。え~桜花少女では、クール担当です。よろしくお願いします……』


『アズサちゃん、なんで声がちっちゃくなってくの!?』


『だ、だって……』


『ハイハイ、二人とも、そのくらいにしてくれよ。新曲がリリースされるから、今日は宣伝に来たんだろ?』


『あーそうなんですよ! 桜花少女のミニアルバムが今週末、配信開始しますので、よろしくお願いしまーーーす!』


『よ、よろしく……』


『だから、声が小さいよ! アズサちゃん!!』


『まあまあ、いいじゃないの。それより最近二人はハマっている趣味とかあるかな?  人気急上昇中のアイドルのこと、リスナーのみんなは知りたいと思うけど』


『最近はー、VRゲームにハマってるんですよー! 慣れてきたら配信もしようと思って、ねっ、アズサちゃん!』


『ええ、始めたばかりなんですけど、ゲーム内で仲間もできて』


『あー最近人気のヤツね。俺はやってないけど、知り合いでプレイしてる人は多いよ。それで仲間ってどんな人たち? ひょっとして男かな?』


『男の人ですけどー大丈夫ですよ! あくまでゲームの中なんだからー。それより凄いんですよ。その男の人、五万人の敵を銃や大砲でバンバン倒しちゃうんだからー』


『銃や大砲? いやいや、確かそのゲーム[剣と魔法のクロニクルソードアンドマジック・クロニクル]だよね。銃が出てくるのは、おかしくない?』


『本当ですよー! 一緒にプレイしたんだから間違いないですよー』


『あんまり適当なこと言うと~、後から炎上しちゃうよ。大丈夫?』


『え~、でも本当だもん! アズサちゃんもなんとか言ってよ!』


『あ、うん……その、いや……』


『ちょっと――……』



 そんな会話がなされ、全国に放送されていたことを、ハルトは知るよしもなかった。



 ◇◇◇



 薄い靄がかかる、夜明けの海。


 ゴンゴンと低く唸る音を立てながら、一隻の戦艦が暗い海原を進む。


 その船の甲板に、ハルトとソウタの姿があった。



「"大和"の初陣だな。ハルト! 楽しみでしょうがねー」


「それは俺も同じだが……大丈夫なのか? いくら大型戦艦の大和でも、たった一隻で戦うなんて……」



 ソウタが選んだクエストは、海上にたむろする百隻近い海賊を討伐というものだった。いかに"大和"が強かろうと、百隻相手では無理があるように思える。



「大丈夫だって、相手は中世に造られたような木造戦艦。こっちは一昔前とはいえ、鋼鉄でできた近代兵器だ。絶対勝つさ!」



 ソウタは自信満々で前を向く。ハルトもつられるように前を向き、揺れる海面に目を移す。


 戦艦の中では乗務員が慌ただしく動き回り、船の進行を担っていた。


 2500人の乗務員は部隊規模にはカウントされていない。恐らく大和が『制限付き召喚』のためだろうが、この制限は解除される場合もあるとソウタは言っていた。


 いつか制限がなくなれば自分の階級も一気に上がるかもしれない。ハルトはそんなことを考えながらソウタを見る。



「ソウタ、感謝するよ。ゲームに誘ってくれて……」


「なんだよ急に、ハルトらしくないな!」


「いや、ソウタに誘ってもらわなかったら、こんな面白い世界に来ることはなかたんだなって思ってさ」



 ソウタが言うには、このゲームにはまだまだ面白いクエストが山のようにあるとのこと。特に心惹かれたのは、〝不可能クエスト″だ。


 ある所では巨大な機械の兵士がそびえ立ち、神の如き猛攻で辺りを壊滅させる。


 ある所では空に浮かぶ浮遊物体が、地上にいる数百の冒険者を一瞬で灰にする。


 ある所では何人なんぴとも近づくことのできない鉄壁の要塞が、冒険者を迎え撃つ。


 そして数十万の魔王軍と戦うといったクエストもあるそうだ。どれも上位プレイヤーが500人規模のレイドを作って挑んだが、全て失敗したという。


 ゲームとはいえ、ハルトはわくわくした気持ちになる。


 自分でも意外だったが、そんな喜びを与えてくれたソウタに、感謝せずにはいられなかった。



「そんなにハマったのか? だったらプレイ時間をもっと増やそうぜ! せめて三時間ぐらいに……」


「それはダメだ」



 キッパリと断られて「うっ」と、たじろぐソウタ。やはりダメか、と肩を落とす。


 気づけば敵の支配領域テリトリーに入っていた。相手は〝大和″に気づいたらしく、警戒音が鳴り響く。


 海上にいる海賊船が、こちらに砲門を向け戦闘態勢に入った。



「いよいよクエスト開始だ。準備はいいか? ハルト!」


「ああ、問題ない」



 大和は46cm3連装砲塔を敵戦艦に向ける。15.5cm3連装砲塔や12.7cm連装高角砲の発射準備も終わったようだ。


 ハルトは大きく息を吸い、迫って来る数多の敵船を見据える。



「さあ、始めよう」



             

             -おわり-




 最後まで読んで頂き、ありがとうございました。また作品ができましたら投稿していきたいと思います。

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