踏み外す彼女⑧

 翌日の朝、俺は少し早めに部室を後にして1-Cに足を運んでいる。昨日のに協力をあおぐためだ。しかしもいつ登校してくるかわからないので早めに来たが、早すぎたかもしれない。

 遠目から教室の中をうかがうと、ちらほら生徒がいる程度だ。俺は目を細めて観察する。

「あれ?色井いろい先輩、こんな朝早くにどうしたんですか?」

この前知り合ったばかりの人物が俺の横を通りかかった。目が点になってる。相変わらずわかりやすいやつだ。

「おはよう、鶴島つるしま

「お、おはようございます」

わたわたしながら挨拶を返してくる。全く状況を飲み込めてないらしい。ちょっと面白いな。

「ところで、沙木さぎはまだ来てない?」

一気に彼の表情がけわしくなる。心なしか身構えてるようにも見える。なに俺、警戒けいかいされてる?

「あぁいや、あいつに頼みがあってな」

誤解されると嫌なので俺はそう付け加えた。

「はぁ、空音そらねなら毎朝ギリギリですよ。昼休み…は中庭にいると思いますけど」

と鶴島は警戒体制を解いて言った。ストーカーとか言われなくて本当に良かった。

「そうか、ありがとう。んじゃ昼休みに中庭、行ってみるわ」

それじゃっと手を上げてきびすを返し俺は自分の教室へと向かった。あれ?鶴島のやついつから名前そらね呼びになったんだ?


 教室に戻るとおどろきの人物が俺の席に座っていた。短いスカートから健康的な足がのぞく。机の上にひじをついて花のようにした両手の上にあごを乗せたまま、斜め上に俺を見つめている。俺の席の周り五メートル程は誰も近づこうとしていない。ただ一人俺の隣の席の神崎かんざきかえでだけは相変わらずTwitterのタイムラインを追っている。

「なんでここにいるんだよ」

こんなときどんな反応をすれば良いのかわからなかった俺はぶっきらぼうにそう言った。

 くだんの彼女はニコッと笑って、勿体もったいぶるように応えた。

「えっと〜。センパイに会いたかったから♡?」

語尾にハートとハテナが付いてる気がするのは気のせいだろうか。

「なんで疑問符ぎもんふが付くんだ」

「て言ってもまぁ、センパイに会いにきたのはついでなんで」

悪戯いたずらっぽく笑ってこちらに少し身を乗り出してくる。昨日もそうだったが、水色のヒラヒラが…(以下略)。

 いかん、こんなとこでニヤけたら周りの猛獣たちに後で何されるかわかったもんじゃない。男だけのクラス怖い。

「ま、センパイの顔も見れましたし、私はもう行きますね〜」

 そう言って立ち上がり、ちゃっかり机の横に掛けていたバッグをよっと持ち上げて歩き出す。

 そこで俺は彼女に用事があったのを思い出す。

「ああ、ちょっと待った」

沙木は、ん?と首だけこちらに向いて頭をかしげる。なにそれすごく可愛い。ナチュラルな可愛さも持ってるのかこの子。

「今日の放課後ちょっといいか?」

沙木は少し考えた後

「それじゃあ、放課後教室まで迎えに来てください」

と進行方向に向きながら言って、教室を出て行った。

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唯一清らかったあの言葉は遥か遠くの空音だった 安野瑠優 @ru_anno

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