第148話 「秘密って事?」

「おーい、ティータ。そっち居たかー」


「居ないわ。ダイナ、そっちは?」


「見つからないね。レティは?」


「見つかんないー!ユフィールちゃんはー?」


「………」フルフル


 ジュンが選んだ冒険者としての初依頼。

それを私達は臨時パーティーという形で受けた。


 その内容は…猫探し。

今、私達はグラウハウトの街中を猫を探して歩き回ってるわけだけども。


「何だって私達が猫探し…」


「仕方ないでしょ。他の依頼も大して変わらない依頼だったんだし」


「他にあったのが薬草採取、キノコ採取、ドブさらい。その中で一番緊急性が高そうって事で、ジュンちゃんが決めたのが…」


「猫探し。飼い主さんが心配してるだろうからって。ジュン君らしいよね」


 まぁ、そうなんだけど。

でもなぁ…猫探しなんて地味な仕事、私がやる仕事じゃないような。


「新人冒険者の仕事なんて地味なモノよ」


「冒険者に関わらず、新人の仕事なんて地味だって相場で決まってるよね」


「だな。ところでその依頼を受けたジュン君は?」


「そう言えば、ノルンちゃんも居ないねぇ」


 ほんとだ姿が見えない…ハッ!まさか!


「二人して何処かで隠れてイチャイチャしてる!?」


「!!!」


「いやいや。無いから」


「ジュンちゃんもノルンちゃんも真面目でしょ。仕事サボッてイチャイチャとかしないでしょ」


「自分基準で考えるとそうなるのね…言っておくけど、サボらせないわよ、アイシス」


「う…」


 そ、そりゃあ少しもそういう事考えてないって言えばウソになるけど?

実際に二人は居ないわけで?今、問題にすべきはジュンとノルンの居場所の筈。


「それも一理あるわね。何処に行ったのかしら」


「呼べば来る範囲にはいるんじゃないか?」


「そだね。じゃ、試しに…おーい!ジュンちゃ~ん!ノルンちゃ~ん!」


「はい、見つかりましたか?」


「御呼びになりましたか?」


 ヒョコって感じで二人が顔を出したのは民家の屋根。

何故、そんな所に……ま、まさか!


「民家の屋根で野外プレイ!?こんな昼間っから!?」


「!!!」ガビーン


「いやいやいや」


「何言ってるんですか、あなた」


「自分基準で考えてるにしても、内容がひどすぎよ」


「ユフィールちゃんも真に受けなくていいからね」


 いや、だって…じゃあ他に何が目的で民家の屋根に?


「何って…猫探しに決まってるじゃないですか」


「猫は身軽で、民家の屋根くらいには簡単に登れますから」


 ああ、そっか。それに猫って狭いとこも簡単に入れるし、そこらへんの道を歩いてるとは限らないか。


「それで、屋根から見た限りではどうだったの?」


「見つかりませんでしたね」


「やはり目標の猫は…」


「元スラム街…ですか」


 依頼主は平民。

元スラム街以外は調べ尽くしたという話だった。


「てか元スラム街って。スラム街じゃなくなったって事だよね」


「凄いよね~どうやったの?ガイン様は」


「スラム街の事で主に動いたのはジュン様です。勿論、ジュン様の案に許可を出し、協力をしたのは旦那様ですが」


「え?それって…いつの話?」


「ボクが九歳、十歳になる年の夏休みですね」


「えええ?それって…凄くない!?」


「何歳だったとしても凄いわよ。一度出来たスラムを正常に戻してしまうなんて。どんな手段を用いたのですか?」


「そんなに特殊な事は。ボク自身が回復魔法を用いてスラムの住人を癒し、薬の作り方を教え、高価な薬が必要な人には代金を前払いして労働で返してもらい、仕事が無い人には斡旋する。子供には文字を教えたり…炊き出しも定期的に行って。あとスラムのボスにも話をつけましたね。それくらいです」


「それって…」


「アイシスがストークでやったの殆どおんなしだね」


「へ?」


 何の話だ?

ストーク?ストークって何処だっけ………ああ!占領した帝国の都市か!

そう言えばそこのスラムでなんかしたとか聞いたような読んだような?


「どした?アイシス」


「まさか忘れたの?アレは結構凄い事だよ?アイシスには珍しくスマートなやり方だったなって、皆褒めてたのに」


「………フッ。私は過去を振り返らない。前しかみない女なんだ」


「…カッコいい事言おうとしてるみたいだけど。それ反省もしないって事だよね」


「それはどうかと思うぞ、アイシス」


 いや、本当は反省も後悔もするけどさ。

仕方ないじゃん?本当の事言えないんだし………………言ってもよくないか?


 この場で入れ替わりの事を知らないのはレティとダイナのみ。

戦時に入れ替わってて戦争に参加したのは見た目が私の、中身はジュンって事はユフィールも知らないが。


 レティは多分、婚約者仮)を解消するつもりは無いし。

ダイナもジュンとの婚約を狙ってるしなぁ。

ユフィールは兎も角、レティとダイナには言っても良いんじゃね?


 今度ティータに相談しよう。


「まぁ、ジュン様の偉大なる功績の御蔭で此処グラウハウトはスラムと呼べるような場所は無くなり、治安は良くなりアデルフォン王国はおろか世界でも最も治安の良い街と呼ばれるようになったのですが」


「それでも元はスラムだった一角というのは近寄りがたいイメージが強いようで。今回の依頼のように猫を探しに行きたくても二の足を踏んでしまうようですね」


「あー…まぁ、わからなくもないかな」


「そうね。スラムで嫌な思いをした人なら、尚更でしょうね」


「………」コクコク


 まぁ…そりゃそうか。

一度黒く染まった物をどれだけ白に近付けようとしても何処か黒っぽいわけで。

本当の意味で元通りの白になるには凄く時間が掛かるって事か。


「でも、どうしてジュンさんがスラムの正常化なんて難問を解決する事に?」


「あ、それは…」


「確かに。いくらジュンちゃんが優秀でも九歳の子供にやらせる事じゃないよね」


「…それはまた今度御話ししますよ。今は猫探しに集中しましょう」


「お?うん…」


「………」


 何だ?今の、そんなにイヤな質問だったのか?

ジュンの顔が曇ったような…ノルンも眉間にしわを寄せてるし。


 気になる…気になるけど、今は聞かないでおこう。

そうするべきだって私の勘が言ってる。


「この辺りが元スラムだった区画です」


「へぇ…ストークのスラムとは全然違うね」


「ええ。とても綺麗ですし、普通に人が歩いてますし、治安も良さそうです。知らなければ此処が元はスラムだったなんて思わないでしょう」


「だね…ところでスラムのボスに話をつけたとか言ってたけど、そのボスは今どうしてるの?」


「この区の代表、区長になってもらいました」


「…ん?それって…」


「グラウバーン家の家臣になったという事ですか?」


「ええ、そうです。騎士爵を与えてます」


「えええ?スラムのボスを?」


「よ、よく決断出来たね…ガイン様も」


「無論、こちらにも相応のメリットがあったからですよ。スラムを仕切っていたボスを追い出しても反発は必至でしたから。それなら取り込んだ方が色々修まりが良かったんです」


「…じゃ、もしかして、そのボスの配下だった連中って」


「ええ。兵士として雇い、元ボスの配下にしてあります。その上でグラウハウト全体の治安を守る為に働いてもらってます」


「だ、大丈夫なの、それ?」


「最初の頃はチンピラだった頃のクセが抜けず、住民との小さなイザコザが多発してましたけど、それでも事件と呼べるような大問題は起きませんでしたし、今では上手くやってると聞いてます。問題は無いと判断していいでしょう」


「ほへ~…」


 スラムを仕切ってたボスと、その配下のチンピラ連中をまとめて雇う、か。

うちじゃ出来ない芸当だな…流石は王国でも有数の大家グラウバーン家。


「まぁ、口で言う程簡単でも無かったんですけどね。色々と。最低限の礼儀作法、文字の読み書き、戦闘訓練、兵士が覚えるべき王国の法、等々…それらを納得させて覚えさせるのは本当に大変でした」


「そりゃそうだろうね」


「それって普通に生きてても覚えるの大変なのに。元々がスラムの住人なら尚更ねぇ。ねぇ、アイシス?」


「そこで何故、私にふる?」


 いくら私でも文字の読み書きは出来るし、騎士としての礼儀作法は身に着けてるし、最低限の王国の法は覚えてるぞ。


 …かなり苦労したし、完璧とは言い難いけどさ。


「まぁスラムの住人の殆どは働きたくても働けない人や、仕事を見つけられない人が殆どでしたから。正当な対価が支払われる仕事を斡旋すればスラムの問題の大部分は改善出来ると思います」


「それが一番難しいと思うんだけど。九歳のジュンちゃんがどうやったの?」


「スラムの住人の全員を兵士にしたわけじゃないでしょ?」


「そうですね。まぁ、それは追々御話しするとして。今は猫を探しましょう」


「そうしましょう。もうお昼は完全に過ぎてますし」


「そう言えば、お昼がまだだった」


「あたし、お腹空いたー」


「………」コクコク


 みんな腹ペコか。

勿論私もだ…とっとと見つけようっと。


「あ~ら。ジュン様じゃな~い?御元気だったかしら?」


「おや、アンジェロさん」


「…出た」


「「「「ん?」」」」


「………」


 何だ、この騎士服を着たオカマは…いや、この騎士服はグラウバーン家の騎士服…つまりグラウバーン家に仕える騎士か。


 …此処を歩いててグラウバーン家の騎士に会うって事はもしかして、もしかするの?


「どうしたの?もしかしてあたしに何か御用かしら?」


「いえ。今日、冒険者登録をして猫探しの依頼を受けたので、猫を探して此処まで来たんです」


「あら、そうなの。ところで、そちらの方々は?ノルンちゃんはお久しぶり。大人っぽくなって美人になったわねえ」


「…ありがとうございます」


「相変わらずよそよそしいわね。もっとフレンドリーに行きましょ」


 いや、無理だろ。

口調こそ、ヒューゴ団長に似てるけど、見た目は全然違う。


 ヒューゴ団長が派手なダンサーとかサーカス団員なら、このアンジェロとかいうオッサンはガチムチのボディビルダーだ。


 騎士服が筋肉でぱっつんぱっつんだ。

顎は青髭で覆われてる。それを厚化粧で誤魔化そうとしてるのか誤魔化し切れてなく。

ハッキリ言って不気味だ。


「こちらの方々は白天騎士団の騎士で…」


「私はアイシス・ニルヴァーナ。一応、よろしく」


「ティータ・フレイアルです。初めまして」


「えっと…レ、レティ・エクィテスです」


「私はダイナ。よろしく」


 レティが決めたエクィテスという家名。

レティの故郷の村に伝わる古い言葉で『騎士』を指すらしい。


 ヴィスの時といい、レティはネーミングセンスは良いらしい。


「そしてこの子はユフィール・ロックハート。ロックハート公爵家令嬢です。ちょっと人見知りな子なので変わりに紹介しておきますね」


「………」ペコリ


「そうなの。あたしはアンジェラ・グジー。ここの区長よ。よろしくねん」


 あ、やっぱり。

このゴツいオカマが元スラムのボス…本当に良く家臣にする気になれたな、ガイン様にジュンは。


「ん?アンジェラ?アンジェロさんじゃないの?」


「それは男だった時の名前。今のあたしはアンジェラよ」


「あ、そう…」


 いや、どう見ても今も男だけど。

ツッコまない方が良さそうだ。絶対に面倒臭い事になる。


「ところでジュン様。猫を探してるって言ってたけど?」


「あ、ええ。尻尾の先だけ黒毛で、あとは真っ白な猫です。この辺りで見ませんでしたか?」


「あら、やっぱり」


「やっぱり?」


「その猫ならあたしの家で保護してるわよ。何処かで怪我したらしくてね。弱ってるとこを見つけたの」


「それは…ありがとうございます。依頼主に代わって御礼を言います」


「良いのよ。首輪はしてたから誰かの飼い猫なのはわかってたから、そろそろ飼い主を探そうと思ってたし。大分良くなって来たから、連れ歩けるしね。此処で待っててちょうだい。すぐ連れて来るわ」


 そう言って、オカマさんはドスドスと歩いて行った。

アレが元スラムのボスねぇ…そうは思えないな。色んな意味で。


「………」


「ティータ?どしたの?」


「あのオカマさんがどうかした?」


「まさか惚れた?」


「そんなわけないでしょう!ただ…アンジェロという名前に何か引っ掛かりが…何だったかしら」


「そんなに珍しい名前でも無くない?アンジェロって」


「うん。七天騎士団にも何人か居るよね」


 確かに。むしろありふれた名前じゃないかな。


「そうなんだけど…いえ、そうね。きっと気のせいだわ」


「お待たせ。ほら、この子でしょ?」


 ティータが悩むのを止めたのとほぼ同時にオカマさんが帰って来た。

連れて来た猫は確かに依頼にあった通りの特徴を持った猫だった。


「この子で間違いなさそうです。ありがとうございます、アンジェ…ラさん」


「良いから良いから。こんなのジュン様から受けた恩義に比べたら、大した事ないわよ。それに今じゃジュン様は主君なんだから。もっと偉そうにしてちょうだいな」


「えっと…はい。それじゃ、早速この子を飼い主の下へ連れて行きます」


「ええ、それじゃあね」


 そう言って、アンジェラさんと別れた。

なんだろ、あの人。元スラムのボスにしては普通に良い人っぽい。オカマだけど。


 それに何処となく気品があるって言うか…オカマだけど。


「ねぇ、ジュン。あのオカマ…アンジェラさんを家臣にするにあたって、素性はある程度調べたんでしょ?どんな人なの?」


「それは…教えられません。アンジェラさんとの約束なので」


「秘密って事?」


「はい。少なくともアンジェラさんの許可なく教える事は出来ません。でも、罪人でも悪人でもありませんよ」


「でも…正直ノルンは苦手です。暑苦しいし…」


 ああ、うん。ノルンの感想はよく解かる。

でも、秘密ねぇ…どんな秘密を抱えてるのやら。


 それはちょっと知りたい気もするな。

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魔帝と剣帝を混ぜたら J @NTJ

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