第一章3  『一級術師の実力』神崎葵side

 


 村を蹂躙した魔物は、まるで悪魔のような様相をしていた。

 実際、燃え盛る焔を手のひらの上に宿し、意のままにそれを操ることができる魔物は、正しく「悪魔」と言えよう。

 しかしそれは、一般人の基準に基づいた結果での話だ。


能力のうりょく自体はありふれたもの。多少は知能があるようだが、人間のそれには劣る」


 そう、――それも一級術師の俺にとっては、悪魔でも何でもなかった。仮に、この魔物が単に炎を操るだけなら、何度も人間の方で経験済みである。


 魔物から見て左斜め後ろに、俺は位置していた。

 勝利の算段を立てた俺は、そっと言葉にする。


「……さて、やるか」


 パチパチと炎が木を焼くる音が響く中、俺は猛々しい剣気をその身にまとった。すると、それと同時に、際限もない程の高揚感も胸に纏い付く。


『ン?』


 流石に魔物も、この濃密な気配には気付いたようで、気色悪い笑みはそのままで振り返る。

 俺はそんな魔物の顔を目に焼き付けながらも、風の如く駆け出した。――そして、繰り出す。


 ……神崎流かんざきりゅういちばん――。

 ……『月白つきしろ』――ッ!!



 ――銀閃がほとばしる。

 水平な軌跡を描く剣戟は、確かに魔物の左腕を斬り落とした。


『グギャァァ――‼︎』


 うるさいと感じてしまう程の、大きくて耳障りな叫び声。

 剣を振り切った俺は、この良い流れを止めないように次の技を繰り出す。まだ、左腕を斬り落としただけだ。

 元来、技を連続で繰り出すことは決して楽ではないのだが、今の俺なら冷却時間無しで行ける。


「『の番・穿渦せんか』……‼︎」


 壱の番は単発技、それに対して肆の番は突き技だ。剣のつかを握る拳を胸の前に引き寄せ、手首の捻りを加えながら突きを放った。


 渦巻く水の力を得た刺突が岩を穿つかのように、俺によって繰り出された一撃は、魔物の心臓部分を少し外し、左肺の部分を穿つ。

 内側から灼けるような痛み、感覚。それらが魔物をむしばみ襲った。


「ざまあ見ろ」


 まだ、魔物は祓えていない。あくまでこれらは、魔物を消耗させる為の先制攻撃でしかないのだ。

 ――なら、どうやって魔物を祓うのか。


「簡単な話だ。今、決着を付ければ良い――!」


 俺は魔物から離れるように跳躍する。着地をする際に地面と靴が擦れて、僅かに砂埃が舞った。


「……時永遠ときとわは上手くいったのか?下手なことして死んでないと良いんだが……」


『――――』


「あぁ、やっと落ち着いたか。 気にするな、すぐに祓ってやるよ」


 悶えていた魔物が、苦しげな表情を浮かべながらも立ち直る。

 灰色の肌に、二本つのが生えた頭部。左肩から下は無くて、筋肉質な見た目の右腕の指からは尖った爪が伸びていた。魔物は、紅い目を憎みで染めている。


 ……お前がその目をするかよ。


 人の気持ちを知らないで、よくもこんなに憎めるものだ。まぁ、それが魔物だということも事実ではあるのだが。


 ……今なら、出来るよな。


 足元の砂塵は消えていた。

 俺は剣先を魔物に向けてから、終幕の宣告を唱える。


ごくの番――」


 ――だが、その時だった。


『ニヒッ』


「――!?」


 一瞬にして視界を埋め尽くすような炎が生まれる。――頭上に。


「なっ!?」


 俺の不意を突いてきた魔物の攻撃のうりょく

 魔力の高まりは刹那の出来事だった。魔物の保有していた魔力が活性化し、巨大な炎へと転ずる。

 思えば、まだ魔物からの攻撃は見ていなかった。一般人を襲うのに全力を出す筈もなくて、術師と戦うときの本気の魔物は見ていなかったのだ。


 ……実力を見誤った!

 ……ヤバい、身体からだが――。


 火球との距離は僅か五メートル。魔物を確実に祓う為の必殺技を繰り出そうと構えていた俺の身体は、硬直している。


 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。


 まるで走馬灯を見るかのように、世界の流れが遅く感じた。

 これは俺も知ってる。死に際によく起きる現象――。加速する思考の中で、俺は最適解を導く。


 ……逃げ切るのは不可能。なら、逃げるのではなく、受け切る手を……‼︎


 ブォン――と、俺の身体に宿る魔力の根源が火照ほてり出す。炎のように湧き上がる魔力は、俺の全身を覆った。

 握りしめられていた十握剣とつかのつるぎは具現を止め、消え去って、魔力へと還る。今この瞬間、俺のほぼ全ての魔力が集結し、この身に纏う。

 俺は、最大出力の魔力で受けることを選んだ。


 ……ただ受けるだけでは足りない。

 ……例えるならそう、のように膜を張る。


 濃密な魔力越しに、迫り来る火球を見つめた。

 一秒にも満たないこの刹那の間に、一番良いと思われる手を思い付いた俺。

 魔術師――『一級術師』の意地を見せてやる。


「――ハッ」



 ▽▲▽▲▽▲



 ――火球と俺が衝突し、爆音が鳴り響く。生み出された多大な熱量と爆風が俺の身体を打撃してきた。俺は腕を前でクロスして、足腰に力を入れて踏ん張り、耐える。耐えなければならなかった。


「――――――――ッ!!」



 この時の俺は、完全にを忘れていた。

 ――『等級はまだ正確に測れていないが、一級相当とみなされている』

 魔術師を統べる総司令官、漆原は、この魔物が一級であると断言出来てなかったことを――。


 俺と魔物の戦いは、良くない流れに向き始めていた。

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新米魔術師の成り上がり 朝凪 霙 @shunji871

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