壱
第11話
その世界には、“殲魔”と呼ばれる何かと、“器具憑き”と呼ばれる人間が存在した。
とある山の奥…そこにある、大きな黒く塗装された施設の中にある体育館のような部屋に、10代後半から20代前半の運動に特化した服装をした数百人の男女が集まっていた。そんな者たちの中の一人、夕崎昌大の服の隙間からは湿布や包帯の端が見え隠れしていた。それを見て、周りにいる一部の者達はクスクスと笑っていた。
「なんだあれ…虐められでもしているのか?…ブフッ!」
「アイツここに死にに来たのかなぁ?」
「ちょっとそう言うこと言っちゃ…アハハッ!!」
「…」
ソレが聞こえているはずなのに昌大が何も言わないのに苛立ちを覚えたのか、その者たちは離れたところへ移動していった。他の者達も昌大が何も言わなかった為、近寄りたくなさそうに離れていく…そんなことをされた昌大は、
(これに合格すれば…糾見さんの訓練、受けなくて済む…!!)
特に気にしていなかった。昌大は糾見や描樹との訓練を思い出す…その多くは糾見による器具の操作訓練であり、意識が飛びそうになる度に来る人のものとは思えない程に強く速い指弾きが全身に撃ち込まれえるものばかり…それに対し、描樹による訓練は相手を殲魔の触手に見立てた対人戦で、昌大も特に苦痛に感じることはなかった。
そんなことを昌大が考えていると、部屋の扉から“Artemis”の戦闘用スーツを着た十数人の男女が扉から入ってきた。
「これより試験を開始する!!志望者はそれぞれ配られた番号の指定された列へ並び、試験官の指示に従って行動するように!」
今日は対・殲魔撲滅組織“Artemis”日ノ本支部入隊試験当日…昌大の運命の日である。
扉から入ってきたうちの一人の女性試験官に連れられ、他の数十人の志望者達と共に、訓練で使用したものに似た形のした的と、モデルガンや刃の潰された武具等の用意された部屋へと案内された。
「まず、あなた達には中距離から遠距離での的を使った実技試験を行います。ここにある道具は全て使って構いませんし、持参している器具の使用も能力単体での攻撃も問題ありません。制限時間は1分」
それを聞いて不穏な笑みを浮かべる者、不安そうな表情をする者、そして全く動じない者。その中で昌大は動じない者であった。
「では最初に101番、準備をお願いします」
「は、はい!」
そうして、志望者たちはそれぞれの方法で順番に的を狙っていく。ある者はモデルガンを2丁持ちで数十個の的の中心を撃ち抜き、ある者は無数の斧を投げつけて的に突き刺し、ある者は手刀から強力な斬撃を1つ飛ばし、ある者は…ある者は…
そうして順番が進んでいき、残りは昌大と…先程の場所で昌大を馬鹿にしたうちの1人だけになった。そして先に呼ばれたのは…
「では次…119番、準備を」
「いよぉっしゃあ!!おいお前、残念だったな!俺の後じゃいい意味で目立てないだろうが…」
「119番!…準備を」
馬鹿にしていたやつだった上、その男は昌大に煽るようなことを言う。だが、それを言い終わる前に試験官に催促され、その男は再び苛立った様子で、用意された武具の中から剣を四本取り的へと標準を定める…
「それでは開始します」
そう言って部屋についているボタンを押した。志望者達の立っている位置の近くからブザー音が三度流れる…次の瞬間、それまでに流れた三回のブザー音より高い音が流れ、止まっていた的が横に動き出したと共に男は四本の剣を一気に飛ばし始める。1つ、2つと飛ばされた剣が次々と的を切り伏せる。それを見て他の志望者達はとても驚いた顔をして黙ってしまう。
「見ろ!!俺のこの力を!」
男は飛ばしている剣の飛翔速度をどんどんと速くする…
「そこまで!」
試験官の掛け声と共に再び高音のブザー音が流れた。男は「フンッ!!」と鼻を高くして、見下すように昌大を見る。他の志望者達もブザーの音が流れた瞬間、封印が解けたように隣居る者達とボソボソとつぶやいる。
「おい…まだ一般人であるやつが一度に四本をあんな豪快に動かせるものなのか…!?」
「いや、普通無理だろ…」
「というか、可哀想だねあの子…」
「あんなの見せられた後じゃ気が引けちゃうよね…」
だが、そんな周りの志望者の言葉も、男が自分を見下しているのも、昌大には関係ない。昌大は男を横をスラーっと通り抜け、試験官の元に駆け寄った。
「どうかしましたか、120番?」
「あの、知り合いが試験の時にこれを見せろと…」
そう言って、昌大は訓練期間中に使用していた基地のIDカードを試験官に見せた。その様子を傍から見ている他の者たちは昌大にも聞こえる声量でその行動についての憶測を話す。
「あれって、もしかして賄賂じゃない?」
「うわー…そこまでして入隊したいのか」
「そんなんじゃ現場に出たとき早死にしちゃうのに」
「本当になぁ!!そんな奴、お家でお母さんと一緒に遊んでいればいいのに!!!」
そんな心無いことを言われても、昌大は動じない。というより、彼の頭の中は今、糾見の訓練が続くか否かということしか殆ど入っていない。
試験官はそのIDカードを見て、数回昌大とIDを見返えした。
「あなた…隊長と糾見中佐が訓練しているっていう…」
「はい」
「…そう言うことね。じゃあ準備の方を」
それから昌大は持ってきたホルダーから10本の鋏を…そして用意された武具の中からモデルガンの拳銃を3丁取り、そのうち2丁の拳銃を持ってきた足に付けるベルトに付いている拳銃用ホルダーに納めた。
「出来ました」
「では…始めますよ」
試験官はボタンをカバーのように開き、更に内側にある小さなボタンを押した。すると他の志望者達の前に透明な強化ガラスが出現し、出現した的の全てからミニガンのような銃器が出現した。そして先程の者達と変わらないブザー音が流れた後、直線状に無数の弾丸が発射される。
「なんだよこれ!?」
男が汗を流しながら言うその言葉に試験官は答えた。
「普通の試験ですよ。推薦有の者用の」
「…は?」
「そのままの意味ですよ」
試験官は他の志望者達に見られながら、弾を避けながら次々に複数の的を完全な同タイミングで10個の鋏で貫通させたり、一部の弾をモデルガンから発射した弾を使って軌道を変えさせたりしている昌大を背に話し続ける。
「この組織の入隊には少佐以上の者が指定できる推薦枠もありますが、それでも一応試験の形式が必要ということで、今彼がしている様な攻防どちらも行う実技試験が用意されています。ちなみに彼の場合は少将一人、中佐2人による推薦を受けていますね」
「少将と中佐2人からって…そんなのおかしいだろ!!」
そう言って男は強化ガラスをどんどんと叩く。
「おかしくないですよ…あ、ちょうど終わりましたね」
試験官が再びボタンを押すと強化ガラスが消え、試験官の方を見ていた他の者達が見たものは…急所に指定されたところを完全に貫かれた、用意されていた全ての的と、使用した道具を全て戻していく昌大の姿であった。
「試験官さん、結果を教えてください」
試験官がタブレットで昌大の結果を調べている間、昌大の心音は大きくなっていく…
「被弾数3なので、-30の…321点ですね」
「ギャー!!」
その試験官の言葉に昌大は叫び、崩れ落ちる。そんな昌大の様子を見ている他の志望者達は呆気に取られていた。
それから暫くの間は落ち込むのだろうと試験官は思ったが、昌大はすぐに立ち上がり、試験官に質問した。
「すみません!この後ってまだ実技試験ありますか!?」
「そうですねぇ…一応ですが、模擬戦はありますよ。筆記試験もありますけど」
それを聞いて昌大は何度も肘から拳までを斜めに前後させた。完全に置いてきぼりの他の志望者達の中で、ある者が昌大の胸ぐらを掴み、宙へと持ち上げた。
「お前…不正しただろ!!」
「…何故そう思ったんですか?」
先程から見下してきているその男の言葉に、昌大は平然とした態度で質問し返す。それに対し、怒りからであろう…男の顔に大きく血管が数本浮き出て、その状態で昌大に顔を近づける。
「だって普通、こんな風に全ての的を破壊できるはずないだろ!!きっと
あのガラスを通して見えていたのは映像なんだ!!」
「…試験官さん、自分とこの人以外の前にガラスを。二人で戦わせて下さい」
試験官は昌大に言われるがまま、試験官は昌大と男の準備が終わると同時に再び同じボタンを押す。ブザー音が流れ出すと、昌大は男へと話しかけた。
「弾はかなり柔らかいものですが、威力はかなり高いので気を付けてください」
「は?」
ブザー音が終わったと同じ瞬間、男は無数の弾を何度も撃ち込まれ、昌大は再び弾を避けながら的の急所を貫通させていく。
結果は先程と全く変わらずの的の全貫通。そして…
「なんでだ…普通こんなことは…」
男はその場で崩れ落ちていた。自分より下なのであろうと思っていた者が完全に自分より格上であったこと。その者が行った試験で自分は無力であったこと…男はすすり泣く。
そんな様子の男に、昌大は言う。
「見た目だけでそんな風に判断するのはやめた方がいいです。あとあなたの攻撃…的の切断はできていますが、急所を外していることが多すぎますね。もっとしっかりと狙った方が」
「うわぁぁぁあああ!!?」
男は発狂し、頭を地面に叩き始めた。それを見た昌大は急いで指揮官に指示する。
「試験官さん、睡眠ガスを!!」
「は、はい!皆さん、今から下りてくるマスクとゴーグルをつけてください!!」
そう言いながら指揮官が部屋に付いているパネルを操作すると、天井からホースやロープに繋がれたマスクとゴーグルが幾つも下りてき、発狂している男以外が両方を付けたその瞬間に上に“EMERGENCY”と書かれたラベルが書いてあるガラスのカバーを破壊し、そのボタンを押す。すると換気口と逆側の角からガスが放出され、マスクの付けていない発狂した男はゆらゆらと揺れながら倒れ、眠ってしまった。
なってしまって 昌大はマスクをつけた状態のまま、試験官へと話しかけ、お辞儀した。
「すみません、このような事態になってしまいまして」
「いえ、大丈夫です。毎回あるらしいので…こういう人が発狂することが。なのでお気になさらないように…」
そう試験官が昌大の肩に手を置くが、身体を起こした昌大の表情は…
「気にしてませんよ?だって自分は間違ったこと言っていないので」
笑顔だった。
(ああ、この人はきっと…隊長と同じような“狂気”を孕んでいる者なんだな)
試験官はそう思いながらガスが抜けるのを待ち、残りの志望者達を次の試験へと連れて行った―
厄災の器具憑き 高菜哀鴨 @TakanaKunAIKamo
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