第10話

「はい?」

 描樹に向けてとても嫌そうな顔をする糾見。だがそんなことはお構いなしに、描樹は話を続けた。

「いやー、糾見って僕より器具飛ばした時の制御が上手いし、この国の中ではかなりの投擲技術もあるしさー?」

「っはぁ…あなただって部隊持ちなんだから素人の訓練には十分すぎるでしょ」

 かなり緩い口調で説明する描樹に糾見は下を溜息を吐きながら断ろうと言葉を返す。

「それに、あなたが面倒見るって言ったでしょ?なら基本的にあなたがすべてしなさい」

「ふーん…でも糾見さ、彼は真田さんとかなり深い繋がりがあるみたいだけど良いのっかな~?」

 そう描樹はニヤニヤと口を掌で隠しながら昌大を指さして糾見に言った。すると糾見は、透明な袋に入ったトマトが中で勢いよく破裂したように一瞬で顔を赤くして、高速で透明な壁のパントマイムをしているのかと思う程にその場で慌てふためき始めた。

「ななな、なんで少将の名前がここで出てくるんですか!?確かに彼は少将と長い付き合いの様ですが、それは私には関係ないじゃないですかぁ!!」

「あっれ~!?どうしたのかな糾見~?そんな顔を真っ赤にしちゃって~」

「~っ!?」

 “ガッ!!”という音と共に、描樹の頬に糾見の右ストレートがめり込んだ次の瞬間、スロープのあったところとは逆側の壁に描樹はぶつかっていた。それを見ていた昌大はすぐに描樹の方に走り出そうと思ったが、描樹は何事もなかったかのように立ち上がった…だが頭からは血が噴水のように噴き出ているのである。

「いや、それ大丈夫じゃない気がするんですけど」

「問題ない!ハァ…フッ!!…な?」

 描樹が力みだすと、血の勢いがだんだんとなくなり、最終的に血は完全に出ることはなくなった。

「“な?”って…」

「諦めて…彼はこの国にいる隊員の中で一番、常識が通じない人だから」

そう言って昌大の肩を掴んだ糾見の眼は、昌大の眼からは光りを失っているように見えた。

 糾見の眼に光が戻ると、彼女は話を戻した。

「で、私は彼にどうやって教えればいい?獲物はあるけど的がない」

「え?受けるの??断ろうとしていたのに~???」

 そう真顔で言う描樹の頬に再び右ストレートがめり込むかと昌大は思ったが、2発目は流石に避けた。

 右ストレートが決まらなかった糾見はまた頬を膨らませそうになるが、途中でやめ、少し怒った口調でその問いに答えた。

「これからする訓練が彼の入隊のためにも必要なんでしょ!?だったらやりますよ、やらせていただきますよ!!」

 そう言って服の内ポケットから7つの糸巻を取り出した。

「で、的は!?」

「あぁ、今出すね」

 そう言って描樹は持っていたリモコンのボタンの1つを押す。すると、鉄で出来た棒状の的が部屋の壁中から無数に出現し、バラバラな速度でいろいろな方向に動きだす。

「よし…それじゃあ見てて。私のは少し特殊だけど」

 糾見は一呼吸置いた後、取り出した糸巻を全て宙に浮かした。

 次の瞬間、糸巻全てが回転しだし、糸の先端が高速で的に突き刺さっていく…だがそれは直線状にではない。糸は不自然に点を生成し、違う角度へと曲がりのびるを繰り返している。その光景を見た昌大の驚く顔の横を一滴の汗がタラりと垂れ落ち、同じく見ていた描樹は「クスッ」と口元を少しか押さえ、小さく笑っていた。

 それから少しして、糾見は力の一部を解いたのか何かに張られたように直線だった糸は的に突き刺さった部分も含め全てが重力に従って下に落ち、それはゆっくりと巻かれていく。それと同時に糾見は二人のどちらも見える位置に立ち、昌大に向けて説明し始める。

「まず…一般的に少し鍛えた状態で使える器具憑きの力は3つ。1つ目は“自分の器具憑きの能力を具現化”すること。君の場合なら“切断”がそれに当たるね。2つ目は“自分の器具憑きと同系統の器具の一時的強化”。これは一般人でも使う人は多いね。そして、多少訓練している物の使える3つ目…それが“自分の器具憑きと同系統の器具を思念で自由に動かす”こと。で、これから3つ目の訓練をするんだけど…内容は物質を飛ばした時の軌道についてだよ」

糾見は糸巻をいくつか手元に近付けると、昌大に質問した

「夕崎君。君は確か、自分の器具憑きと同じ系統の物を飛ばすことは出来たのだよね?」

「はい。それで殲魔にも攻撃しました」

「でもそれって多分だけど完全な直線軌道か曲線軌道なんじゃない?あと、基本的に動かしている物はほぼ同じ方向でしょ」

 糾見に言われ、昌大は当時のことを思い出す。

(確かに俺の場合、発射地点に対して直線的な軌道が殆どだし、曲がる場合も少し大回りだったな)

「…そうですね、軌道を変える場合は円を描くような感じでした」

「でも私の場合はこう」

 そう言って糾見は先程同様に糸巻きの1つから糸の先端を放ち、今度は的に一切当たらないよう、避ける様に折曲させていく。

「今回の訓練には関係ないけど、私の“器具憑き”は“糸巻”なの。だけど訓練によっては、自分の“器具憑き”の系統と同じのを動かすときにこうやって、系統の物と接触していて、一般的に因果関係にたどり着く可能性のある物質を動かしたり、強度を上げることも可能なのよ」

 それを聞いて昌大は自分の場合何が出来るのか思考しようとしたが、糾見はすぐに話を戻した。

「それで私のやつのこの軌道についてだけど、これは方向転換の時の腕や指なんかのキレが関係するの」

 そう言って、糾見は別の糸巻も使って、両手を昌大に見せながら糸を動かす。

 左手はヌルヌルと触手のように動かしているが、右手は逆にパキパキと折り曲げる様に動かしている。

「左手で動かしている糸は植物の蔓の様な曲線によって軌道が変化しているけど、左手で動かしている糸は先程から見せている様に角ばった曲線で軌道が変化している。これの違いは静と動の使い分けと、能力の自動化で生まれるものです。では、やってみてください」

 そう言われた昌大はコクリと頷き、手元にあった黒い鋏を飛ばしてみる。

 飛ばされた鋏は昌大の向く方向にある的の1つへと、まっすぐと素早く進んでいく。描樹と糾見がその様子を見ている中、昌大は鋏へと意識を集中させている。

(鋏の軌道をギリギリで全く違う方向へと変化させ、その次の軌道を考え、実行するなら…)

 鋏の先端が的の1m手前まで迫ったその瞬間、鋏は真上へと軌道を変え速度が上昇していく…“だが、そこで終わりではない”、そう理解している昌大は、次々と的に当たらぬよう軌道を変化させていく。

「…ひとつ前の的、最初の的、四つ目の的の順番で全て正面から10秒以内に貫通!!」

 その描樹の放った言葉に反応し、昌大の思考は加速した。

(鋏と先生の設定した的の直線上には多くの別の的…そして的の正面はその時の鋏の位置からすると、すべてが手前ではなく奥側…この場合、現在の角ばった様な軌道変化形式では方向が変わる度に加速がリセットされ、約1秒のタイムロスが生じる。そして掛かる時間は最速でも約4秒で、基本は5~8秒…一瞬、無理な課題を押し付けて来たかと思ったが、それは違う。この場合…)

 描樹の言葉の文末から約0.5秒で思考処理をした次の瞬間、昌大は鋏の軌道を真逆へと変化させ、今度は糾見が左手でしていたように的の間をスルスルと加速し続けながら目標である的の正面に移動させ、1つ…2つ…3つと次々に貫通させた。

(時間は…)

 全ての目標に風穴を開けた昌大は描樹の方へと振り返り、息を呑んだ…

「…」

「グクッ…!」

「…合格~!!」

 そう言って尻ポケットら辺からクラッカーを取り出して、笑顔でクラッカーの紐を引いた描樹。

「よぉっっしゃあ!!!」

昌大はそう叫びながら上を向いて、両手を頭上へと掲げた。

「いや、全然訓練は終わってないですからね?」

「…やっぱりですか?」

 糾見がそう呆れるような表情で言った言葉を聞いて、昌大は苦笑した。

 次のステップを教える為か、今度は10個の糸巻を手元に寄越し、再び構える糾見。

「今ので“静と動の動き”、“能力の自動化”、そして教えなかった“大きな動きと細かな動き”の感覚は覚えたでしょう。そして今度は…」

 そう言葉の途中で、今度は10個の糸の先端を放つ。だが、ソレの軌道は全て違う…それもただ違うだけではない。軌道の変化方向、曲線、タイミング…すべてが違う。それを数本の小さな指の動きだけで操作する糾見は先程の続きを言った。

「10個以上の器具の操作…そして、全ての軌道パターンをそれぞれ別のパターンへと変化させながら指定したもので指定した的に攻撃すること」

「マジで言ってるんですか!?」

「えぇ。それも終わるまで無限に私と訓練です!」

 動悸からか、顔から汗をダラダラと流し、顔を青くしていく昌大に対し、「フフフフフ…」と不吉な笑みを浮かべて近付いてゆく糾見。

「入隊試験まで少しですからねぇ…教育機関では教わらない部分の座学の授業もしないとだし…フフッ…!!」

「急にこの人変わってるんですけどぉぉ!?!?」

 そうして、糾見による能力強化訓練が昌大を襲ったのであった。

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