第9話
昌大達が椅子に座ってから暫く。昌大と真田は携帯で音楽ゲームで対戦、糾見はいくつかの巻き糸を目に近づけたり、そのうちの一つを伸ばしたり巻いたりと別々のことをしていた。
「オジやっぱりゲーム上手いな…」
「いや、この歳になって流石に動体視力が衰えたから初見の譜面は無理だよ…だから追加されたのはすぐに何度も繰り返すようにしている」
そう言いながら必死に画面を連打する昌大と落ち着いた表情で常人にはできない程の速さでタップする真田。そんな二人の様子を何度か横目に見ていた糾見は「ハァ…」と溜め息を吐いてから時計を見て、ぼそりと呟いた。
「うちのは大丈夫かな…」
「ん?なんか言った―?」
「言ってません。そちらの会話にだけ集中していてください」
画面も見ずにタップしながらそう糾見を見て言った真田に、糾見は少し怒ったような表情で言葉を返した。
その次の瞬間、少し前に聞いた描樹と有賀が沈んでいった時と同じ音が聞こえ始める。すると沈んでいた場所から少し前までなかったはずの漫画の様な丸いたんこぶがいくつか出来ているというのに真顔の描樹と、少し服装に切れ目や毛羽立ちが増えた有賀が上がってきた。それを見て昌大と糾見は少し驚いた表情をしたが、
「あーっはっはっはっは!!今日は三つかよ描樹~!」
真田は思いっきり笑った。それも地面に転がってグルグルと床を左右に行き来して。
「真田さん、うるさい」
「いや~!だって…」
「真田少将、彼に話すので黙っていなさい」
そう有賀に言われた真田は立ち上がり、また椅子へと座った。その様子を見ても、先程から驚いたままであった昌大に有賀は近づいて、右肩をポンポンと叩き、話しかけた。
「…昌大少年」
「ハィ!」
有賀と目が合ったまま、かなり低い声で名前呼ばれたことで、昌大は緊張で少しかすれた声で返事した。
「君の今後については全て描樹 楓悟大佐に一任する。だが、もしも君が力を暴走させるようなことがあれば、即収監。そして描樹大佐は除隊、または収監…そして監督責任として国から被害に対して告訴されるであろう」
「…!?先生っ…!」
昌大はすぐさま描樹を見つめた。すると一度描樹は目を閉じ、キリッとした目つきになって昌大に向かって笑いかけるように言った。
「…その覚悟での提案だからね…ということで、君と僕の運命は暫くの間、雁字搦めだ。よろしく頼むよ」
「そんなことしなく…「昌大君!!」っ…!?」
昌大は描樹に対して怒りと悲しみ、自分がしようとしていることへの後悔の感情が混ざったような言葉を放とうとしたが、真田がそれを遮る。
「今の君は“大佐”である描樹…いや、正直“少将”の僕やそこにいる有賀の大奥様も責任を取る結果になる程、非常に危険視されている“器具憑き”の持ち主なんだよ……けど、描樹はそうなる覚悟を持って、組織に対して宣言した。その意味は…理解してるでしょ」
「それでも…」
描樹がどのような意図でこうしているかはわからない。だが、その男は求めている何かの為には己を犠牲にすることは容易いのだろう…昌大はそう理解していた。していても…
「…ちなみに、もし描樹の心を動かせた場合があったとしても、次は僕が責任を取ろうとするからね」
納得がいっていない昌大に対し、真田はうっすらと笑みを浮かべ、目の前にいるその少年の取りたいであろう選択肢を詰ませに向かう。そして…
「…分かった。先生、改めてよろしくお願いします」
「ハイ、よろしくー」
昌大は描樹に向かって深々と一礼するが、普段通りに描樹が返事したためまったく締まらず、糾見などは苦笑いする。だが、
(こんなものの方が、これから先もやっていけるのだろうな…)
そう昌大は思った。
「…よし、昌大っ!そこに立て」
「は、はい!……え?」
そう昌大が描樹に立たされた場所…本来椅子が置かれているところである。昌大が「えっ、えっ…?」と言いながら昌大が挙動不審な動きをしている間に、描樹は真田に向かってサムズアップする。すると、意図が伝わったのか再び真田はパネルを操作し始め、描樹は昌大の正面に立ってブロックするような体勢を取り始めた。
「カウント!」
「え」
突如そう叫ぶ真田と描樹との攻防?を繰り広げながら疑問形になっていない声を発する昌大。だが、ゆっくりとその足場は沈んでいっている。
「昌大ぉ…」
「今度は何ですか!?」
また描樹が目を閉じて溜めたと思うと…今度はドヤ顔で昌大に言った。
「実はな、そこだけ古いままでハッチ×滑り台式なんだ。ということで真田さん…」
「3!」
有賀や描樹の時とは違うギコギコという古びたような機械音…
「2!」
「待って待って待って」と緊迫した表情で描樹に向かって両手の平を扇状に何度も半回転させる昌大…
「1!」
踏み込んでパネルに対して身体を反らして“1”までのカウント終えた真田…そして
「GO」
そう有賀が畳んだ扇子を持って、ビシッとまっすぐに腕を伸ばして言った。
「いや、あなたが言うんですかぁ~…!」
ツッコミを入れながら昌大はハッチの下の闇へと落ちて行った。その様子を見て糾見はポカンとした表情でいるが、一気にテンションが下がったのか他の三人はシュンとして普通の体勢に戻る。それからすぐの事、
「んじゃ、僕も行ってきますね」
「あ、うん。行ってらっしゃい…」
それだけ言い残し、直立飛びで昌大と同じ穴へと飛び込んだ描樹に、あまり力の入っていないゆらゆらとした様に糾見は手を振って見送った…が、そんな彼女の背後からゆっくりと近づく2つの影。それはそれぞれ糾見の片方の肩を掴み…
「「糾見ちゃん(あなた)も行ってきてよ(きなさい)」」
「え、なんで私…もぉぉお!?」
真田と有賀は糾見の問いに答えず、ヒョイっと落とす様に彼女を穴へと放り込んだ。
「帰りたいのにぃ〜!!…」
そんなかすかに聞こえる彼女の声に…
「さぁ、戻りますか」
「そうね」
特に2人は反応することは無かった。
「うわあぁぁぁあ!!」
ぐねぐねと曲がりくねったスロープに何度も身を揺られながら昌大は滑って行く。
その際ジェットコースターに乗っているのかというほど叫んでいるが、それもそのはず。何故なら…
「速い速い速いあぁぁ!!」
小さな遊園地などにあるちょっとしたジェットコースターや浮き輪に乗るタイプのウォータースライダーと大体同じ速さなのだ。つまり身体だけで進んでいる状態である昌大が叫ぶのは当然の話であるのであった。
「ちょわぁぁあああ!?いってぇ…!」
スロープの最終地点に着いたのか、昌大はいくつかの点がうっすらと光る暗闇の中に身を勢いよく投げ出され固い床らしき場所に身を打ち付けられた。
「なんも見えねぇ…この暗闇に来させて先生は何をした「ひょぉぉぉいっ!」
暗闇の中、ほとんど見えないその場所を少しでも理解しようと上半身を起こして首を振っていた昌大の背中に多分描樹であろう何かが突き刺さるような勢いでぶつかり、彼の顔面は地面に打ち付けられた。
「…いや…痛いんですけど!?」
そう昌大は描樹がいるであろう方向を向き怒鳴る。
「昌大~。小学校で“途中で止まると後が痞えて、人とぶつかる”って習わなかったのかい?」
人を煽るようにも、真面目に話しているようにも聞こえる風に描樹はそう言った。
「こんな暗くてどこかも知らない場所で、そう簡単に動けるか!!」
「あー…いっけねー☆」
「は?」
描樹はこう続けた。
「いやさ?僕は花菜先生に鍛えられたし?素でかなり夜目は効く方だけどさ?っまぁー普通の人からすればどこに何があるかとかわかんないよねー!!」
「…」
昌大は確信した。先程のも含めてきっとすべてが煽りだったのだろう、と。それと同時に『描樹の位置を正確にとらえることが出来るようになったら数発ぶん殴りたい』と思った。
(…けど、俺ってこれからこの人から師事を受ける対場だもんな…)
それ以上昌大は何も言わないことにした。
「取り敢えず、電気付けますかっ!」
そう言うと描樹は昌大から少し離れたところに移動し、服のどこからか何かのリモコンを取り出して、そのうちのボタンの1つを押す。するとうっすらと光るすべての点を軸に、床に対して垂直上に光船が伸び始め、そうして現れた線は部屋全体を照らした。
その時、昌大はその部屋がかなり大きな直方体の何もない部屋出ることを理解する…が、それと同時に一つ気付いていないのである。現在、自分の後ろにあるこの部屋の入口のなったスロープから普通なら聞こえているであろう、だんだんと近づいてくる女性の大きな叫び声…だが、気付かない!彼は今、これから自分に起きることを予想するのに精一杯なのだから。
そんな様子を理解している男…描樹の頭ではこの後起こるであろう出来事が予想されていた。それは…“昌大地面打ちつけリターンズ”、である。その事象を回避する為、描樹は自分が昌大の視線に入った瞬間、大回りに昌大の奥を示していることが解るように指をさし、こう言った。
「昌大、後ろ来るぞ~」
「…ん?」
流石に昌大も描樹には気付き、スロープの方へとあわてて振り返るが、遅かった。
「きゃぁぁぁあああ!?」
「え、ちょま…ドゥヴェシっ!?」
叫び声と共に糾見がスロープから宙へと放り出され、まっすぐと昌大へと向かっていく。昌大はすぐに避けようとしたが、現在彼は腰を少し捻った状態であった為に思った方向へと進めず…結果、そのまま糾見の飛んでくる衝撃を全て上半身で受け止めてしまい、そのまま仰向けに後ろへと倒れてしまった。
そして今、彼の顔にはとても柔らかくて縦長の物体が2つ当たっていた。
(妹と同じ…いや、それ以上か…!?)
昌大は顔に当たるその物体の感触に驚愕し硬直してしまう。
それと同タイミングで、「イテテ…」と昌大の上で身体を起こしながら自分の頭を摩る糾見。暫くの間、彼女の意識は不安定だったが、自分の周りを見渡すと共にだんだんと脳が覚醒していく。そして完全に覚醒したその瞬間、彼女は顔を赤面させながらバタバタと昌大の上から退いた。
「ごごご、ごめんなさいっ!?」
糾見は赤面のまま、倒れたままの昌大にペコペコとお辞儀するが、反応はない。糾見は反応がない昌大の身体を数回揺する
「ま、昌大君…?」
「…」
「大丈…夫?」
「…ハッ!すみません、猫の幻覚が見えてました」
「猫…?」
反応するようになったと思ったら、今度は謎のことを言い出す昌大に糾見は困惑しながらも、彼の手を引き立ち上がらせた。
そんな二人に描樹は近付いていき、糾見の正面に立って彼女に尋ねた。
「糾見は何故ここに来たんだ?普段ならすぐにでも帰るのに」
そう描樹が言うと、糾見は頬を膨らませ、地面を数回足踏みしながら言った。
「それがさー!少将と代理が『あなたも行ってきなさい』って言って放り投げて来たんだよ!!」
「あー?…あー!」
その言葉を聞いて、にやりと笑った描樹は彼女の右肩をポンポンと叩いた後、数m歩いてからクルリと振り返って親指を上向きに立てた。
「糾見、昌大に投擲の訓練してくれ!!」
そう言った描樹の表情は爽やかな笑顔だった。だが、
「はい?」
糾見は真逆のとても嫌そうな表情を浮かべていた。
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