気づいたら竹の中だったけど、何か勘違いされてるからどうにかして逃げます

もりゅ

本編

 さて、現在進行形でよく分からない状況に陥っている。


 僕は個人船舶で宇宙旅行に家族で出かけていたはずなんだけど、時空嵐に巻き込まれて気付いたら此処にいる。


 何かすごく狭いし、真っ暗なんだけど…。でも妙にこの狭さが落ち着くっていうか…。


 まぁいいか。どの道頭の裏のマイクロカードで位置情報割り出して、直ぐに星連が捜索に来てくれると思うし。もう少し寝かせてもらおう…。






 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 所変わってサヌキ領の外れにある竹林に、一人の男がやってきていた。彼はサヌキ領で取れる竹で小道具を作り生計を立てている男である。


 そんな彼は、いつものように自分の庭とも呼べるほど通いなれた竹林を奥へ奥へと進む。同じ竹でもある程度の太さが必要で、細すぎるものを切っていっても作れる道具の幅が減ってしまうため、なるべく太く、真っ直ぐに育った竹を探していた。


 鬱蒼と茂る竹林は昼でも薄暗く、何も知らない一般人であれば、獣を恐れて中々近づけないものだが、彼は知っていた。竹は道具としては優秀だが、食料としては葉に毒があるため、食べる獣も少ないという事を。


 故に彼は、何ら警戒もせず、熱心に竹の選定をしながら歩を進めていた。




「なんじゃこれ…」




 思わず声を漏らしてしまった彼の視線の先には、仄かに光る極太の竹があった。太さは彼の胴回りほどもあるだろうか、そんな竹なのかも分からぬ代物が、彼の膝あたりから頭の先くらいまで仄かに光を発していた。


 昨日までは確かにこんなものは無かった。微かな警戒心が浮かんだ彼だが、すぐにそれが金のなる木、ならぬ竹に見えて来て、喜び勇んで持ち帰ろうとした。


 早速切り倒そうと手持ちの斧を振りかぶったその時、その竹が眩い光を放ち、3節目辺りから真っ二つに割れた。


 咄嗟に目を瞑った彼が、治まったのを見計らい薄目を開けると、割れていなかった竹の中に、見たことも無い生地の服を着た少女に見える小人が足を折りたたんで眠っていた。




「ひああぁぁぁ…」




 情けない声を上げて尻餅をついてしまい、その拍子に腰を捻ってしまったらしく、動くに動けなくなってしまった。


 少しして、竹の中にいた少女は目を覚まし、竹取の男の方へ降りてきた。


 改めて見ると少女はとても小さかった。30cmも無いのではないだろうか。


 これだけ見れば、どう見ても人外の類であり、忌避し、逃げるべき相手なのだろうが、男はその少女から目が離せなかった。


「すみません、助かりました。ただ嵐の影響か、縮んでしまっているので、まずは元に戻せませんか?」


 これが、男と少女との出会いだった。






 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「カグヤ、準備はできたかい? そろそろ領主様のお迎えの馬車が来る時間だよ」


「オキナさん、もうちょっと待ってください。この服とっても着辛いんです。」


「済まないね、家は貴族でも無いからそんなあり合わせしか調達してやれなかったんだよ。領主様はとてもお優しいご夫婦だから、きっと良くしてくれるから」


 僕は今ドレスと呼ばれているとてもごちゃごちゃした服に着替えている。古代史で習ったが、この長い筒を着るのは女性だったはずなんだけどな…。いや、ここはそもそも僕の星じゃないし、どういう文化なのかも分からないんだ、もしかしたら正装かもしれない。


 何故こんな事になってしまったのかと言えば、ちょっとした行き違いなのだ。何故か竹の中に閉じ込められていた僕を救ってくれたのが、今話していたオキナさんだ。


 あの日、僕は星連の隊員かと思って声を掛けてしまったんだけど、実はこの未開惑星の原住民の方だったのだ。


 許可の無い接触をしてしまった事にドキッとしたけど、オキナさんはとてもいい人で、僕を数ヶ月も保護してくれた。その間に嵐の影響だった縮小化からも徐々に戻り、1週間前くらいに漸くほぼ元通りの身長に戻れた。


 そしたら先日、オキナさんが住んでいる地域の長という人が、僕を養子に採りたいって通達があったらしく、今の現状だ。


「オキナさん、お待たせしました。漸く着られました…。これが正装なんでしょうか、この地域の人は大変ですね…。もっと動きやすく男性的なオキナさんみたいな格好が楽そうで良かったんですが…」


「おぉ、とても綺麗だよカグヤ。バカな事を言っちゃいけないよ。可憐な少女がこんな服を着るなんて聞いた事も無いよ」


「え、じゃあこれやっぱり女物なんですか!? こんなもの買っていただいた手前心苦しいのですが、男物に変えてもらえませんか…? 僕はそもそも男ですし」


「ははは、最後まで笑わせようと? 優しい子だね、君は。こんなにかわいい子が男な訳ないじゃないか」


「えぇぇぇ………」


 一緒にお風呂だって入ったし、目の前で着替えてたりしてたじゃない…。


 そんなやり取りをしていると、歴史書で見た馬車が家の前にやってきて、僕はドナドナされてしまった。


 馬車で不安を抱えているであろう僕の顔を察したのか、御者の人が声を掛けてくれた。


「大丈夫ですよ、貴方ほどお綺麗なご令嬢ならば、領主様も大層喜んで頂けます、断言致しますよ! ずっと娘がほしかったそうですからね」


「そうですか……ちなみに、ぼ…私が男だったら…?」


「えっ? 死罪じゃないですか? …なぁんてね、冗談ですよ」


 え、マジで? 死罪……死罪…極刑って事だよね…。

 未開惑星だから、未だ当たり前のようにドラマみたいな切捨て御免があるんだ…。どうしよう……。…隠さなきゃ…。

 星連の人達が来てくれるまで、隠して生き延びなきゃ…。

 僕人称も絶対に出せない。

 妹…はバカっぽい動きしかしてなかったからダメだ。

 母さんみたいな所作を意識しなきゃ…。


 ここから僕の女装生活が始まったんだ。



 サヌキ領主夫妻は、とても優しかった。暖かく僕を迎え入れてくれて、とても良くしてくれた。


 けれど、僕の頭の片隅には常にバレたら死罪という単語がチラつき、何時も気を張っていた。


 食事を食べるにも小さく小さく切り分けて半開きで入るくらいでしか食べない。お風呂、トイレは絶対に人に見られちゃいけない。一人部屋ももらったけど、誰も入れちゃいけない。とにかく思いついた事は全部やったよ。


 以前、何故娘さん限定なのか聞いた所、サヌキ夫妻には子供がどうしても出来なくて、もう半ば諦めていたらしい。たぶん染色体に何かしらの異常が出てしまったんだろうね。この文化レベルじゃそれは直しようが無いよね。


 そこに振って沸いたように僕という存在が出て来た事で、養子を採るという選択肢が出てきたそうだ。


 そうなると、別に男でも良かったんじゃないかと思ったんだけど、サヌキさんの奥さん、オウナさんがずっと娘さんを産むのが夢だったそうで、僕はまさに天からの授かりものだったんだそうな。「心待ちにしてたのよ。本当に愛らしい娘ができたみたいで、嬉しいわ!」とか言われた。


 バレたら本当に殺されそうだと、その話を聞いた僕の背中はその晩ずっと寒かった。



 サヌキ家の屋敷に来てから1年が経った。


 もうすっかり女装にも慣れて、もはや僕は実は女だったんじゃないのかとさえ思えてくるレベルになった。


 サヌキ夫妻ともすっかり打ち解けて、悠々自適な生活をさせてもらっている。


 ただ、侍女と呼ばれる僕専用の使用人をつけるという提案だけは絶対に拒否しているけどね。着替えなんてさせたら即バレちゃうよ…。


 そんなある日、サヌキ家の旦那さん、ミヤツコさんに書斎に呼ばれた。


「あぁ、カグヤ。もうすっかりと我が家にも打ち解けてくれたようで、本当に嬉しいよ。最初はずっと怯えた目をしていたよね。

 あの時はどうなるかと思ったけれど…改めて、我が家の養女となってくれて有難う」


「いいえ、ミヤツコさん。

 私も保護してくれた恩義がありますから、私に出来る事でしたら、言ってください。

 力になれるように頑張ります」


「そうか。そう言ってくれて助かる…わけじゃないんだが、以前から多方面からカグヤにお見合いの話が届いていてね。

 領主と言えども、我が家は侯爵家だ。身分の高い家柄からの求婚は中々断れなくてね…。

 判断自体は君に任せるが、申し訳ないんだが会うだけ会ってもらえはしないだろうか?」


「えぇぇぇ………」


 力になると言った手前断る事もできずに、なし崩し的に求婚者と会うことになってしまった。


 断れなかった人は、全部で5人いるらしい。皆物凄くかっこいいらしい、どうでもいい情報なんだけどね…。


 まず会ったのはツクリ=イシというイシ帝国の王子様だった。


 とても情熱的に一目惚れしただとか云々かんぬん仰られたけど、暑苦しくて見ていられなかった。


 さて、どうやって断ろうか…。とりあえずお付き合いして粗探しして、チクチク突いて別れるようか。


 いや…、ダメだな。付き合う=婚約することだってミヤツコさんが言っていた気がする。


 となると、ここでバッサリいくか。…いや、それもダメか…。サヌキ夫妻のご機嫌取りのようなやり取りや、使用人総出の歓迎から分かる通り、このちょっとお頭の弱そうなイケメンさん、かなり身分が高いんだろう。まぁ、王子様だもんね、そりゃそうだよね。


 ともすれば、何かありえない条件吹っかけて向こうから断るように仕向けるのが良いだろうか? まぁ、どの方法でも相手が怒り出したらサヌキさん達に迷惑かけちゃうよね。


 ここは一か八かで御題を吹っかけよう。




「それほど私の事を好いてくれて本当に有難う御座います。

 とても、とても光栄です。…ですが、私を好いてくれるという方が他にも何人かいらっしゃるらしいのです。

 皆様とても良い方達で、私の優柔不断な頭では何方かに決め切れません。

 なので、各個人それぞれに、持ってきて頂きたいものを考えました。

 それを見事お持ち頂いた方と婚約させて頂こうと思うのです」




「ほう! なるほど、確かに他の何処の馬の骨とも分からぬ連中と私がどれほど能力に差があるのか、知らしめてやるいい機会にもなりますね! 

 お任せください、このツクリ、見事お持ちして差し上げましょう」




「有難う御座います。ではイシ様には、創生神ブツの神像の台座の石をお持ち頂けますか?」




「えっ…、……はっ、わ、分かりました! いやぁ、軽い御題ですね! 直ぐにお持ちいたしますよ!」


 バカめ。聖ブツ神教国の国宝とも言われるブツ神像の台座なんて、どんだけ偉かろうが持って来れる訳ないだろうが、ははは。


 よし、これで二度と目の前に現われる事も無いだろう。


「カグヤ…。良かったのかい…?

 イシ帝国と言えば最近特に力を伸ばしている豊かな国だ。

 君もさぞ楽な暮らしができるだろうに」


「いいんですよ。私は結婚なんてする気はありませんし。あれだけの無理難題押し付ければ、とんだ強欲女だと、もう来る事は無いでしょう」


 次にやってきたのはミムラ=アベ公爵子息だった。彼もお披露目会で見た僕に一目惚れしたらしく、熱心にそれを語ってくれた。なんかかっこいいけど、それを鼻につけた感じで嫌な人だなぁ。


 そんな彼に僕が要求したのは、伝説の生き物、サラマンダーの皮だった。常に燃えており、死ぬとそれまで燃えていなかった皮が燃え出して、炭になってしまうらしいのだ。もし仮に奇跡的に見つけたとしても、間違いなく剥ぎ取れないし、燃えないような加工が出来ないから安心だ。まぁ、穴はあるんだけどね。


「…ふっ、悪戯な子猫ちゃんだ…。任せ給え、直ぐに狩って来ようじゃないか」


 うん、頑張ってね。二度と戻らなくて良いよ。


 そして次はモチ=クラ公爵だ。若くして公爵家当主となったすごい人だ。

 異性に特に何かを感じた事は無かったけど、僕を見て何かを感じたんだって。

 キャー。…はぁあ。


 彼には魔霊山の神木の枝を頼んだ。枝の部分が霊銀っていう伝説の鉱石でできてて、そこに水晶の花が咲き、真珠の実がなるものらしい。まず魔霊山自体が伝説という眉唾すぎるアイテムだ。


 …流石に怒るかな…?


「ふむ…それは難しいな…。だが、手に入らないものほど面白い…。

 終ぞ現われる事が無いと思っていた理想の女性が目の前に現われたのだ、魔霊山も世界の果てにあるやもしれませんね。

 分かりました、見事取って来てみせましょう」


 素直だね…。自分で言っておいて何だけど、この婚約者候補の人達、素直だよね…。


 次の人はミユキ=オオトモ王国騎士総大将だ。


 えっ…? この人、めちゃくちゃゴツいけど、女性じゃないの? これは突っ込むところなのかな?


「えぇと…折角お越しになって頂いた所申し訳有りませんが、オオトモ様はその…女性ではありませんか?」


「はい、王国騎士総大将、ミユキ=オオトモは姓を女としております。」


 うわ、予想外に高くてとっても澄んだ綺麗な声だ!


 って! そうじゃなくて、やっぱり女性じゃないか! まずいだろう。


「はぁ…、あの…流石に同姓で結婚というのは…」


「何か問題が御座いましたか? 王国法にも同姓の結婚の禁止などは書かれて居りませんし、過去何例かは実例があったと思われますが」


「そうですね。確かに破天荒な出来事と言う訳でもありませんな。私はカグヤが気に入った人と一緒になるのなら文句はないよ」


「えぇぇぇ………」


 オキナさんにまで援護射撃をされてしまったら、この時点で断るのが難しいじゃないか…。


 仕方ないので、諦めて御題を出す事にした。御題はドラゴンの勾玉だ。


 伝説上存在するらしいドラゴンは、勝負を挑み屈服させると五色に光る勾玉に姿を変えるらしい。

 ただし、ドラゴン自体見つかった事例が無い事と、ドラゴンの伝承が全て国を1週間で滅ぼしただとか目にも留まらぬ速さで飛ぶだとかかなりえげつないものばかりが残っているので、人の手でどうこうできる代物ではないと思う。


「なるほど、ドラゴンですか。それは面白い、もうこの世に私と互角に打ち合える者など居ないと思っていた所です。

 見事屈服させてみせましょう」


 最後の人は、マロタリ=モノノベ大公子息だ。

 国王の親戚で、とても偉い人だ。

 大臣みたいな仕事をもう既にしているらしい。

 人望も厚く、とてもできたイケメンさんなのだ。


 何で僕に求婚なんてしてるかって? いやぁ、全然分かんない。


 彼には何を持ってきてもらおうかと必死で考えたけど、正直もうネタ切れです。


 …もう、どうせ持って来れないんだから、でっち上げればいいか…。


 僕は、モノノベさんにスバルの空巻貝を持ってくるよう言った。スバルというのは、この未開惑星でそこらへんに飛んでる鳥で、空巻貝というのは海辺で稀に見つかるキラキラした巻貝の事だ。


 スバルが切れ痔にでもならない限り空巻貝を生むのはありえないし、まぁ無理だろう。


「なるほど…、私の学が無くてそれは存じ上げませんでしたが、そのような物があったのですね…。

 分かりました。まずは周りの者達への聞き取りから始めさせて頂きます。

 きっと手に入れてきますね!」


 うぅぅぅ…やめてくれ、その純朴な笑顔が今の僕には心苦しくて適わないよ。


 それから数ヶ月ほど、誰からの連絡も来ることは無く、実に平和に過ごす事が出来た。


 でも、もう1年半近くもこの惑星で過ごしている僕は、日毎もう助けは来ないのかもしれないという不安が積もっていった。



 そんなある日、ミムラさんが此処を訪れた。曰く、遂にサラマンダーの皮を手に入れたらしい。


 応接間に来ると、いつか見たキザったらしい笑顔を携え、それはそれは過酷だったという冒険話を熱く語った後、水の入ったガラス容器に漬けられた手のひらサイズくらいの朱色の皮をコトッと目の前に置かれた。


「どうです、見事でしょう? 端から燃えてしまうので、火が着いたまま水に入れることで何とか保管する事が出来たのですよ。

 さぁ、これで僕の優秀さは証明できたね、早速我が家へ行こうか、子猫ちゃん」


「素晴らしいですね。では、燃え上がる所が見たいので、これを出してみても良いですか?」


 僕が提案すると「へっ?」と間抜けな声と顔を晒して一瞬止まった。


「い、いやいや、水に漬けてしまったからもう燃えないんじゃないかな?」


「いえいえ、そんなはずは御座いませんわ。サラマンダーの火は決して消えることが無いのだと言われています。

 むしろ私、水に入れて火が消えている事に驚いていますわ。」


 下調べが足りないんじゃないかな? 書物をしっかり読めば、止まない火、端から燃えてしまう、でも唯一腹の皮は燃え続けながら残るって書いてあるのにね。

 しかも腹の皮は無色だし。


 あわあわ言って止めるミムラさんを無視して、容器から出してみると、まぁ案の定それが燃えることは無かった。しかも触ってみた感触が皮というより、ゴムみたいなブニブニした感触だった。あぁ、気持ち悪い。


「…残念です。まさか先ほど聞かせて頂いたお話まで作り話だとは…」


「ぐぐっ……」


 僕を射殺さんばかりに睨みつけて来る。そして何かを言おうと口を開きかけた所、突然応接間の扉が開かれた。


 やってきたのは自信満々の顔をしたツクリ皇太子だった。


「姫、手に入れてきましたよ。

 いやぁ、聖国を納得させるのに随分と苦労させられました。…おい、こちらへ持って参れ」


 そう言って従者の人に持ってこさせたのは、一抱えほどもある白い石版だった。何だこれ?


「ふふっ、驚いているようですね。ブツ神像の台座ですよ! 見事な白銀の輝きでしょう!」


「…貴方も、偽物で誤魔化そうとなさるのですか…」


「何…?」


「本物を見た事はおありですか? 本物はもっと大きいですよ。

 細工の具合は似ておりますが、あの神像は聖国が出来上がる前からあったそうで、失われた技術が使われた不思議な素材で出来ているそうです。


 どう見てもそちらは、水晶ですよね? それほど巨大な水晶を見つけて来られた事は賞賛致しますが、私が提示させて頂いたモノとは全くの別物で御座いますよね」


「うっ…ぐくっ…」


 この場には色んな証人がいる。僕だけがホラを吹いただとか吹聴するのは不可能だ。


 二人には丁重にお帰り頂いた。「強欲女め!」とか喚いていたが、それで結構だよ。

 そう呼ばれるようなお願いをしたんだから。


 そんな事があってから更に1年ほど、何事も無く過ぎてしまった。


 最近ではもう逃げ出して男としてどこかでやり直そうと考え始めている。たぶん、もう助けは来ない。


 それでも、散々お世話になったサヌキ夫妻の方達へ、何と言って良いのか思いつかぬまま、無為に日が過ぎていった。


 そんなある日、モチ=クラ公爵が、突然領主邸へ乗り込んできた。


 庭にある椅子に腰掛けてぼへーっとしていた所へ突然「見つけたぞ!」と声を掛けられたからビクッとしてしまったよ。


「此処に居ましたか! 漸く手に入れましたよ。これが魔霊山の神木の枝です」


「うわぁ……」


 それはとても美しい白銀の枝だった。僕が読んだ書物通り、水晶の花が咲き、枝の先には凄まじく大きな真珠が付いている。


 いきなり乗り込んできた公爵に文句を言おうとすっ飛んできたオウナさんとミヤツコさんも、抗議の事など忘れて、その美しい枝に見入っていた。


「す、素晴らしいですぞクラ公爵様…。

 これほど美しい枝がこの世に存在していたのですね…。

 私感動致しました。

 これならばカグヤも納得でしょう、な? カグヤ」


「え、えぇ…。本物であれば、ですが…。本当に霊銀の枝であれば…」


「そうですね、お見せしましょう」


 自信たっぷりにそう宣言したクラ公爵は、その枝で実演を始めた。霊銀には浄化作用があり、汚れた液体につけるとそれを瞬く間に綺麗にしてしまうらしい。


 まさに本物だった。まさか手に入れることが出来るとは…。これは、僕の負けと言う事だろうか。


「さぁ、姫。これで満足しましたね、我が家へ参りましょうか」


 そう言って僕の手を取り外へ引っ張っていくクラ公爵。僕は首輪を引かれる犬のようにズルズルと引き摺られていった。


 屋敷の玄関を出た辺りで、何やら激しい言い争いがされているようだ。


「クラ公爵は此処にいるんだろう! 早く出せ!」


「あっ! 見つけたぞ! クラ公爵! 早く金を払ってもらおうか! そんなものを作るのにどれ程の時間と技術の粋を集めたことか! まだその代金を頂いてないぞ! 早く寄越せ!」


 やってきていたのは、クラ公爵が持っている枝を作ったのだと言う職人だった。おい、マジですか。


 横を見ると、引き攣り笑顔で真っ白になっている公爵と、用事を思い出したとか言いながらコソコソ屋敷へ戻ろうとしているミヤツコさん。


 之を好機と捉え、どういう事かと詰問すると、世界を1年探し回っても山すら見つから無かったが、霊銀だけは見つける事が出来たのだという。

 それで、無いならば自らが本物を作り出してしまえば良いと、国一番の鍛冶を雇い入れ、製作に当たらせたとの事。


 だが、1年に及ぶあちこちの探索と、領地の不作が響き、資金繰りに難が出てしまった。

 それで職人には、報酬を待ってもらっていた所なのだという。


 ある意味で劇的だな…。職人さんのお陰で助かったよ…。


 その後、クラ公爵にも枝と一緒にお持ち帰り頂いた。

 伝説の霊銀を売れば、たぶんだが多少は資金回収もできるんじゃないかな。


 これで3人の候補が消えてくれたわけか。後の二人は…ドラゴン討伐と完全な妄想アイテムか…。まず来なさそうだな。



 それからまた一月ほど経ち、残る二人の情報が此方の耳にも入ってきた。


 騎士総大将のミユキさんは、ドラゴンを探して世界各地を飛び回っている最中に、船上でそのドラゴンに襲われたらしい。

 奮戦虚しく乗っていた船は大破し、ミユキさん自身も深い傷を負ってしまい、騎士を辞したそうだ。


 マロタリ公爵子息は、各地のスバルを真面目に探し回り、群生地を見つけた為、そこで張っていた所、貝を生んだのを見てそれを採った拍子にバランスを崩して転落、腰骨を折る重傷だそうだ。


 いやぁ…これは申し訳ない事をしてしまったよ…。

 あの人は5人の中ではまともそうで良い人そうだったもんなぁ。

 騙した手前本当の事を言う事はできないけれど、見舞いの手紙くらいは書かせて頂こうか…。


 ひょんな事から始まったマロタリさんとの文通から暫くして、サヌキ領主邸に、王宮から召喚要請状が届いた。

 曰く、国王様が僕の噂を聞きつけ興味を持ったらしく、登城せよとの事らしい。


 はぁ、強権発動か…未開の土地の立場がある人間って、本当に碌なのが居ないなぁ。


 王都へ移動している馬車の中、一人気だるげに外の景色を眺めていると、腕と同化させてあるデバイスに反応があった。

 僕は慌ててミヤツコさんからそれを隠すようにしながら確認する。


 …やった…! やった! 遂に星連部隊が僕を見つけてくれたらしい!


 僕は歓喜した。

 と同時に、およそ3年も僕を匿い、良くしてくれたサヌキ夫妻とのお別れを意味するのだと気付き、意気消沈した。

 一体どうしたら良いのだろう。


 僕の七変化の顔芸を見ていて心配になったのか、ミヤツコさんが優しく語り掛けてくれた。


「カグヤ、何か良くない事があったのかい? まぁ、ちょっと前まで色んな事が起こっていたからね…。

 その度に全く力になれず、歯がゆい思いをしたものだ。

 今君を悩ませている事を、聞かせてはくれないかな? 

 結局力にはなれないかもしれないけれど、聞いてあげることだけはできるから」


「ミヤツコさん…。…今からとても普通では考えられない話をさせていただきます。理解できないかもしれませんが、本当の話です。

 …私…いえ、僕はこの星の人間ではありません。

 長らく音信普通でしたが、先ほど僕を迎えに来るという連絡が入りました。

 助けて頂き、こんなに優しくしていただいておきながら、何も返せなくて本当に申し訳ないです」


「そ、そんな…。い、いつだね?

 いつ、そいつらが来るんだ!?」


「1週間後…王都について翌日には空から迎えがやってきます。

 僕もミヤツコさん達と急に別れるのが耐えられず、1週間という猶予を貰いました。

 それでも急な話で、御免なさい…」


「そうか…。一応、王様へ謁見した折にも言っておかないとね。

 多分、自分の側室に入れという意味での召喚だと思うからさ」


 それから5日間は、僕の住んでいた所の話や、5人へ提示した品についてとか、他愛の無い話をして王都へと向かった。

 オウナさんも、急遽此方へ向かっていると言う事で、6日目の夜には合流できるそうだ。



 王宮へ登城し、謁見の間へ通される。


 事前にそういう作法があると教えられていたから、一人だけぼけーっと突っ立たずに済んで良かった。


 王様が入ってきて、面を上げよみたいな事を言ったのを、チラチラ横目で確認し、改めて王様を見る。存外若く見える人だった。


「ほう…。聞きしに勝る美しさとは良く言ったものだ。

 それに5人の世を牽引する者共を退かせた智謀もあると聞く。

 どうだ、我の妻とならぬか。何不自由ない暮らしを約束させるぞ?」


「国王様、そのお申し出大変有り難く、光栄な事で御座います。

 が、大変申し訳有りませんが、お受けする事は出来ません。

 明日私の国の者が空からやってきて、私を国へ連れて帰るからです」


 それを聞いていたミヤツコさん以外の人達が、皆驚きを隠せない顔をし、一時騒然となる。


「静まれ。…して、明日の何時頃そ奴等は来るのだ」


 逸早く平静を取り戻した王様が、皆を静めてくれる。


「はい、磁気の関係等準備があるとは言っていたのですが、昼を回るまでには降りてくると思われます」


「ほう、ではそいつらを撃退してしまえば、そなたは帰る必要も無くなる訳だ」


 いやいや、勘弁してよ。何時僕が帰りたくないって言ったのさ。

 それに、文明レベルがどれだけ違うと思ってるんだろう? 

 少なくとも未だ空を飛ぶ技術も無くてどうにかできる訳が無いよ。


「それは…難しいかと思われます。まず彼らを前にして動く事も出来るかどうか…」


「っふ…、そなたはこの国の兵力を舐めすぎては居らんか?

 良いだろう! その天からの使者とやらに、目に物見せてくれるわ」


「えぇぇぇ………」


 その晩、オウナさんも合流したので、事の次第を話し、最後の晩餐を最近出来ていない3人で頂いた。

 3年間の想いが溢れてきて、ぐしょぐしょになってしまったせいで味も今一分からなかったけれど、たぶん過去最高に美味しい夕食だったと思う。


 その日の夜は、最後なんだからと押しきられ、オウナさんと一緒に寝た。


 翌日、またもや3人で朝食を摂ったが、その時は何とか振り切り、終始笑顔で今までのお礼なんかを言っておいた。


 朝食を終えて直ぐに、王様の使いに地下室へと連れて行かれ、窓も無い部屋に閉じ込められてしまった。


 オウナさんもこんな薄暗い部屋に一人はかわいそうだからと傍に付いていてくれる事になった。


 どの位時間が経っただろうか。

 窓も無く、格子が嵌められた鉄扉1枚の部屋には、何も聞こえてこない。


 オウナさんと、皆は大丈夫だろうか、等と話していると、不意に階段を下りて来る複数の足音が微かに聞こえてきた。

 一瞬、格子から眩い光が漏れたかと思うと、静かに鉄扉が開く。


 開いた扉から、続々と抑止ライフルを肩に掛けた星連機動隊の制服を着た人達が入って来る。

 「ひっ」とオウナさんが小さく声を漏らし、僕の手を掴む力がより一層強まる。


「安心してください、危険な人達ではありません。僕の国の連合部隊の人達です」


「そ、そうなの…。…あっ…! 夫は? 私の夫は無事なんでしょうか!?」


「ご安心ください。我々は殺傷を目的としているわけではありませんので、少し眠って頂いただけです。

 この後2時間もすれば、皆起きて来ます」


「はっ…そ、そうですか…。…何の戦闘音もしなかったと言う事は、国王様の兵士は何の抵抗も出来なかったのですね…」


 そう言って、オウナさんは腰が抜けたとへたり込んでしまった。


 僕は、そんなオウナさんを機動隊の人に手伝ってもらいながら備え付けのベッドへ座らせ、別れを告げる。


「オウナさん、本当に、長い間何の見返りも求めずに保護してくださって有難う御座いました。

 また…は無いと思いますが、どこかで状況を知る機会がありましたら…」


「いいえ、私はカグヤちゃん、貴方が居てくれただけで、毎日がとても輝いていたわ。

 それに、男の子が段々と女の子になっていく様は、とっても目の保養になったわ、ふふふ」


「えっ…。気付いてたんですか? 何時からです?」


「最初からよ。いくら女の子よりもかわいいからって、私はずっと女の子がほしかったのよ? 女の子はそれはもうよく観察したわ。雰囲気で違うと分かったわ」


「ええっ!? じゃあそう言ってくれれば僕が3年間もこんな事せずに済んだのに!」


「ダメよぉ。こんなかわいい子を男の子にしておくなんて、勿体無いじゃない」


「えぇぇぇ………」


 全く、この人には適わないなぁと、最後の最後に苦笑いさせられてしまった。


 地球へ戻った僕は、家族と感動の再会を果たし、その後、失われた3年間を埋めるべく、必死に勉強をやり直した。


 そして今、惑星考古学の博士号を取得した僕は、大学の准教授として働いている。


 今度、外宇宙の未開惑星の探索チームを結成し、発展の違いと生物学上の構造変化を調べに行く予定だ。


 時空間転移でも20日もかかる、遥かな懐かしのあの星へと。

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気づいたら竹の中だったけど、何か勘違いされてるからどうにかして逃げます もりゅ @moryu3648

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