第一話 偽物の聖女は勘当される

私が聖女だと言い渡されたのは五歳の頃だった。


何も知らされていない私の元へやって来たのは、周りから神官と呼ばれた美しい男性で、国王から聖女を探すように命を受けてやって来たのだと言った。


恐らくその時だったと思う。


初めて鑑定スキルと呼ばれる力について教えてもらったのは。


「おめでとうございます。鑑定した結果、貴女に聖女の素質が見られます」


神官が私にそう告げたその瞬間から、私は聖女となった。


イオの名前も、その時に神官から与えられたものだ。


それから間もなくして王太子殿下との婚約が決まり、五歳にして聖女であり王太子殿下の婚約者となった私は、修行を受けるべく王宮へ暮らす事となった。


「こちらがお嬢様のお部屋になります」


荷物をまとめて王宮を後にした私は、王都にある男爵邸へ戻ってきた。


出迎えてくれた使用人の一人が案内してくれたのは、昔の面影すら残らない華やかに飾られた一室だった。


部屋に置いてある家具はどれも高級そうな物ばかりで、以前はもう少し落ち着いた内装だった気がするが、何十年も経てば男爵邸に変化があっても別に可笑しくはない。


「お父様は?」


「もう直、ご到着なさると思います」


「…そう」


私は正直言って、父の事をよく知らない。


親子らしい会話をした事がなければ、優しい目で見つめられた事も恐らく無かったと思う。


…いや。一度だけ、父から褒められた事があった。


私が聖女に選ばれた時だ。


「待たれる間、お茶はいかがですか?」


「ありがとう。頂くわ」


使用人から淹れて貰ったお茶で気持ちを落ち着かせながら、父の帰りを待つ。


聖女でも王太子殿下の婚約者でも無くなった私は、一体これからどうなるのだろうか。


そんな不安が頭を過る。


「お母様……」


唯一、私の味方だった母はもう居ない。


父が浮気をしていた事実と引き取った愛人の子供との生活に堪えきれなくなり、男爵家から出て行ったと聞いた。


母の居場所を知らない私が、もしここを追い出されてしまったら、確実に一人になってしまう。


それが、一番怖かった。


「旦那様がご到着されました。どうぞ、こちらへ」


「…はい」


使用人から案内された場所は、客人が来た時などに案内する応接間だった。


コンコンコンッ。


「お父様、リーフェです。失礼致します」


ドアを開けると、向かい合ったソファーの片方に腰を下ろした父が、ドアの前に立つ私を鬱陶しそうな表情で見上げていた。


「座れ」


「はい…」


目で分かる事はあっても、あからさまに不機嫌な態度をとる父を見るのは今日が初めてだった。


動揺しながらも、向かいのソファーに腰を下ろす。


早々にも父は話を切り出してきた。


「聖女ではなくなった今、お前に価値は無い」


父が私に愛情を持っていない事は分かっていた。


けれど、改めて面と向かって言われると流石に胸が痛んだ。


黙る私を見て、父は更に言葉を続ける。


「…しかし、出来損ないのお前でも役に立てる事がある」


そう言って、机に置いたのは一枚の姿絵だった。


姿絵には、ふくよかな体型の中年男性が描かれていた。


「…これは?」


恐る恐る尋ねる。


「北に領地を持つ伯爵様だ。先程あの場所にいらっしゃったみたいで、家に戻るなら是非後妻に…と仰られた」


「嫌です…!!」


咄嗟に口が動く。


いっその事言ってしまおうと、私は更に言葉を続けた。


「王太子殿下との婚約が破棄になったばかりなのに…私は嫁ぎたくありません」


今年で十六になる私が、三十も離れた男性の元に嫁ぐ事も嫌だったが、


聖女ではない私は王太子殿下との婚約を解消されたばかりだった。


「その事なら心配しなくて良い。向こうは体面など気になさらないそうだ」


「………そうゆう意味ではありません。今はまだ、心の整理がついていないので…」


「…はっ!まさか王太子殿下に惚れていたとは言うまい」


王太子殿下との婚約は、聖女としての義務だった。


お互い愛し合っていた訳では無かったけれど、王太子殿下とは友達のような関係だった。


残念ながらあの場にはいらっしゃらなかったので別れのご挨拶は出来なかったが、その伯爵の元へ嫁いでしまえば、恐らく永遠に会えないような気がした。


「お前の立場を理解しろ。偽物とレッテルを貼られたお前を、伯爵様は引き取って下さると仰っているんだ」


「………」


「はぁ…これ以上父を困らせないでおくれ。これは、お前の為なんだ」


優しい口調の父に、騙されてはいけない。


父は私を嫁がせる代わりに、恐らく何かを得る取引をしているはずだから。


「……嫌です」


しかし、その言葉が結果として父の怒りに火をつける事となった。


「あの女に似て忌々しい奴め!…それなら良いだろう。お前とは今日を持って縁を切るまでだ」


どうせ一人では生きていけないと分かっての発言だった。


しかし、私は………


「…分かりました。それなら、出て行かせて貰います」


ここから追い出されて一人になるのは怖かったが、それよりも嫁ぎたくない気持ちの方が大きかった。


「勝手にすれば良い。後で泣きついて来ても知らないからな」


父はそう言い残すと、応接間から出て行った。


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聖女と呼ばないで!〜追放された元聖女は、自由に生きたい〜 ザットヌーン @zatnun3

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