第4話 大陸縦断同盟

講和条約から数日後、ナンバーナインは自領に戻っていた。戦争の間に、アルタイルやクマノミらによって第9領土の分割が定められた。オムニスの治める第8領が、少しだけ大きくなった形だ。ナンバーナインの住む屋敷はそのままである。

「すいません。ナンバーナイン様。国王から戦争に関する報告書を提出するようにと命令が届いております」

「う~ん。それはリノに任せるわ」

「リノですか。国王が納得するかどうか」

「なによ。負けたとは言ってもリノは戦ったんだから文句は無いでしょ」

 つい先日行われた戦争で、二万の軍勢を率いたリノはヘプタ王国の将軍ケンプトに大敗。しかもその二万の兵は、国王から預かった国の直属軍であるため良く思わないものもいるらしい。

「そうですが……」

「それよりも、国王直属の軍隊があんなに弱いなんて思わなかったわ」

 リノの部隊とケンプトの部隊が交戦しているときには、ナンバーナインもトロンの魔法部隊やフェンドリックと戦っていたので見ていたわけでは無い。だが、その戦いもトロン部隊とケンプト部隊が別れてから約三日の事なので、二万の軍が壊滅するには早すぎる。

「まあ、リノにも責任があるとは言えど、作戦は間違ってはいませんでしたから」

 防衛戦である以上、基本的には敵の侵攻が予想される道をふさぐのが定石だ。リノの部隊は少なくともその役目は十分に果たしていたと思う。ただ、予想以上に壊滅が早かった。

「こうなると、アルタイル殿の言ったことが気になるわね」

『だが、君はわかっていない。なぜ、ストレイジングとの戦争に敗れたのかを』

 その言葉の意味を、ナンバーナインはわからないでいた。圧倒的な力の差があるストレイジングに大敗した理由と、リノがケンプトに敗れた理由。その二つがどうすればイコールで繋がるのだろうか。ストレイジングに敗れた理由は準備不足。衛兵を配置していなかったのもそうだし、擬人兵が動かなかったこともそうだ。しかし、ケンプトとの戦いではリノはしっかりと準備していたはず。軍の数も同じくらいだったので、単純に指揮官の能力差が敗戦の理由だろうか。

「まあ、じっくり考えてみるとしましょう。幸いにもクマノミ様の予測では長らく私たちの出番は無さそうですし」

「それ前にも聞いたわよ。実際はすぐに戦争が起こったけれどね」

「まあまあ、クマノミ様と言えど予測を誤ることもありますよ」

「心配いらないだろ、ナナ。次の爆弾はアストラルだ」

「いつの間に入ってきてたのよスガリ。まあ、確かにアストラルが危ないみたいな話はきいたことがあるけどね」

 アストラル公国はアンドロマキアの南東に位置する国だ。人口、土地、軍隊のどれをとっても平均的で、アンドロマキアの気にするような相手ではない。そもそも、アンドロマキアとは領土が面していないのだ。アストラルの北部にあるトロンは戦争をしたばかりなので、何かあるとすれば……

「ねえ、スガリ。念のために確認するけど」

「アストラルはプログレムと面している。それも南と西を」

 プログレム。かつて大陸中で猛威をふるったアンドロマキアの侵攻を再三食い止め、最強の魔導士ルルフェンズを討った国。大陸最高峰の技術と工場数を誇り、数だけでは表せない強さを誇る国。アンドロマキアの目の上のたんこぶ。いろいろな表現があるが、共通しているのは、大陸統一のためには倒さなければいけない最大の敵であることだ。

「そう、ナナの想像通りだ。今度の戦いにはプログレムが絡んでくる」

 その後にスガリが告げたのは、アストラルでは政権争いが起こっている事。そしてその中でも最も弱い勢力であるキース家がプログレムを味方につけたのではないかという事。対するベント家とオンワ家がトロンを頼りにしたが断られたという事。

「まあ、トロンは砲撃部隊を失ったばかりなので他国の政権争いに干渉している場合ではないという事でしょう」

 トロンの砲撃部隊はアンドロマキアの擬人兵と同等の価値を持つとされる。その部隊がアンドロマキアの手に落ちたとなればそれどころではないはずだ。それもこれもトロンの宰相ドクトリンの手によるものだが。

「まあ、トロンの次に頼れるとなればうちかハルドーラくらいかしらね」

「ハルドーラはキース家が政権を持っていた時に大きな戦争になっている。味方するとすればキース家だろう」

 アストラルは特殊な国である。有力諸侯の三家、ベント家、オンワ家、キース家がそれぞれ周期的に政権を握り、一つの家が強くなりすぎないようにしているのだ。いくら政権を握ろうと残り二つの家と真っ向から戦えば勝ち目がない。うまい具合に作りこまれた制度だと思う。確かアルタイル殿もアストラル公国の政治方法はおもしろいと言っていた気がする。

「じゃあ、こういう事なのね。キース家がプログレムの軍事力を背景にアストラル公国を乗っ取ろうとしている。それを防ぎたいけど、ベント家とオンワ家の軍事力ではプログレムは相手にできない。そしてプログレムと勝負できそうなのは近隣ではトロン、ハルドーラ、そしてアンドロマキア。トロンは戦争の後始末で無理。ハルドーラとは因縁がある」

「もうすぐクマノミ殿の元に両家からの使者が到着するだろうな」

「また戦争なの?もうこりごりよ」

 ここ何年も戦争をしていなかったのに、立て続けに三回も。戦うのが使命だとはいえども、疲れるのだ。

「大丈夫だよ。さすがに今回はナナが出る必要はないだろうし、そもそもアンドロマキアがベント家とオンワ家に手を貸す必要が無い。プログレムと戦うのはまだ先だ」

 まあ仮にすべてが上手くいってアストラルをアンドロマキアの属国にしたところですぐにプログレムに攻め落とされる。

「評議会の招集はあるかもな」

「はぁ~」

 ナンバーナインは渾身のため息を誰に聞かせるでもなく放った。


「クマノミ様。アストラル公国から使者が来ております」

 クマノミは小さく手招きをする。部屋のドアが大きく開かれ、クゲとクゲに連れられたアストラルの使者が入ってくる。その数は三人。

「お初にお目にかかりますクマノミ様。私はアストラルより参りましたヒルデと申します」

「私はカリウと申します」

「私はケリオと申します」

 クマノミが小さく頷くと、クゲが話し始める。

「私はクゲと申します。以後お見知りおきを。そしてこちらにいらっしゃるのが我が主クマノミ様でございます」

「お会いできて光栄ですクマノミ様。いきなりで申し訳ないのですが、我々はお願いがあってまいりました」

「わかっています。私たちの力を借りたいという事でしょう」

「ほう。ならば話が早い。我々の国は元々三家の統率によって保ってきた国です。その制度をキース家が壊しにかかった。しかもキース家はプログレムと手を取ったようです」

「なるほど。まあ、プログレムに対抗できるのはアンドロマキアくらいでしょうかな」

「その通りでございます。アンドロマキア様の力をお借りできればプログレムもろとも倒して見せましょう。もちろん、お礼は手厚くさせていただきます」

……

「わかりました。私は力を貸しましょう。しかし、我々の国では決め事には評議会を招集するのが決まり事となっております。そのため、国が動くかはわかりません。我々だけでよろしければ必ずお手伝いさせていただきます」

「おおっ」

「それはありがたい」

「ところで、皆さまはどこの家に仕えてらっしゃるので?」

「私とケリオがベント家、カリウがオンワ家に仕えております」

「そうですか。では早速評議会を開く準備をいたします。失礼」

 そこまでカントがいうと、クマノミが部屋を出た。

「わかりました。よろしくお願いいたします」

 三人は深々と頭を下げ、アストラルへ戻っていった。ゆっくりしていけばいいのにとクゲは思ったが、彼らも祖国の危機だからこそ少しでも急いでアストラルに戻りたいのだろう。

 クゲはクマノミを追いかけていった。クマノミがクゲの方を振り返り、ハンドサインを作る。

「かしこまりました。それは面白くなりそうですな」

 頭を下げたクゲの口元は白く光っていた。


 それから一週間後、アストラル公国内で小規模ながら戦闘が始まった。

「エイブル・キース様。ついに女神広場で戦闘が始まりました」

「そうか、ここには援軍をつぎ込まん。あくまでその人数で戦闘を終了させろ」

 そう命令したのはキース家当主のエイブル。このまま国を二分する戦いになればベント家とオンワ家の連合軍に敵うはずがない。プログレムが来るまでは小競り合いで済ませるべきだ。

「かしこまりました」

 三大諸侯と言っても、最も強いベント家と最も弱いキース家では大きな戦力差がある。

「我々の軍ですぐに動員できる人数は?」

「約一万五千でございます」

 ベント家は三万ほどの軍を、オンワ家は二万ほどの軍を抱えている。軍事力ではベント家が頭一つ抜け出た形だ。国王軍は本来であれば政権担当のオンワ家の命令に従うはずだが、内乱の場合はわからない。国王軍とその他諸侯の軍隊。その数はおよそ十五万。

「プログレムはどれほどの軍勢を用意してくれるのだ」

「はい、およそ三万ほどでしょう」

 プログレムはおよそ五十万の兵を保有しているそうだ。その中からたった三万か。国王軍が絡まなければ十分な戦力だが、十万の国王軍がオンワ家に味方すればさすがに勝てないだろう。

「くそっせめてプログレムの大将に期待するか」

 アストラルは政治力によって力をつけた国である。そのため、トロンのベルトローやミスリルのレイドロー、アンドロマキアのサンサンバドルのような一人で戦況を左右できるような将はいない。単純な力勝負だ。

「すぐにプログレムへ使者を送れ」

「かしこまりました」


 ナンバーナインたちは、アルタイルの屋敷に招かれていた。こちらからはナンバーナインとリノ、シュルツにスガリも呼ばれた。元々は三人で行く予定だったが、アルタイル直々にスガリの指名を受けたのでカンデルタに第9領土を任せてきた。トロンの捕虜として第9領にダスト率いる砲撃部隊がいるのでそれだけが心配だが…

「いらっしゃい。会いたかったよスガリ君」

「うるさい。さっさと案内してくれ」

「つれないなあ」

 アルタイルはちっとも残念じゃなさそうにそう言った。外交大臣のクマノミは仮面をかぶっているので表情が分かりにくいが、アルタイルは別の意味で分かりにくい男だと思う。言っている事とやっていることが一致しない事が多いのだ。政治家としてはいいのか悪いのかわからない。まあ、私のように顔に出すぎるのよりは良いんだろうけど。

「それで、どういった理由で呼ばれたのかしら?」

「いやいや、君たちが心配しているんじゃないかなって」

「全てわかっているようですね。ナナ」

「まあ、内政大臣ぐらいのかたなら当然じゃない?」

 内政大臣というのは、この前の評議会で決められたものだ。元々それぞれ担当分野があり、緊急事態の際には独断で推し進めることができる。その人たちに役職を与えただけだ。簡単にまとめるとこうなる。

 軍部総裁 サンサンバドル

 内政大臣 アルタイル

 外交大臣 クマノミ

 法務大臣 サイモン

 経済大臣 ゲツレイ

 実力者が順に役割を与えられた形だ。別に役職を与えようと思えばナンバーナインを含めた残りの五人、エンデヴァー、エース、オムニス、ナンバーナイン、カントにも与えられるのだが、ここは交代が多いのでいちいち役職を交代するのも面倒なのだ。役職を得た五人は、すでに平和な時代だったとはいえ十年間も評議会議員を務めている。

「おいおい、その呼び名は慣れてないんだ。やめてくれよ。それで、訊きたいことは?」

「今回の戦いに私たちが参加する必要はあるのかと、なぜここまでの緊急事態なのに評議会が開かれていないのかって事ね」

「なるほど、一つ目の質問からレプリカが答えてくれるよ」

「かしこまりました。まずは一つ目の質問ですが、擬人兵部隊が出撃する必要はありません。我々の国はプログレムには勝てなくても何も問題はありません。なぜなら、アストラルに侵攻するのはミスリルとヘプタを倒して後方の憂いを取り除いてからですから」

「え?そこまで決まっているの?」

「ええ、あくまでサンサンバドル様の考えを私が推測したまでですが」

「なるほど、それで私たちはどうすればいいの?」

「軍部総裁のサンサンバドル様はおそらく、ドクトリンの事を知りません。もしもドクトリンの味方をしてトロンまで攻略できればプログレムとの本格的な戦争が始まるでしょう。その頃にはプログレムもハルドーラやアストラルを支配下に置いているでしょうから厳しい戦いになることは間違いないでしょう」

「なるほどね。まあ、なんとなくそんな風になると思うわ」

 もしもサンサンバドルの想定通りに進めば、大陸北部を二分する戦争が控えている。その戦いがいつになるのかは分からないが……

「ここで慌ててアストラルを攻略すれば戦線が広がり、アンドロマキア軍は疲弊します」

「なるほどね。まあ、クマノミ殿もそれはわかるでしょ」

「ええ、クマノミ殿があくまでアンドロマキアのためを思うならそうするでしょう」

「何その言い方。なにか含みがあるわね」

……

「まあ、気にしなくていいですよ。次に二つ目ですが、評議会は開かれるべきですが今のところクマノミ殿に動きはありません。しかし、第3領土に続々と傭兵が入っています」

「どういう事?クマノミ殿が戦争の準備をしているの?」

「十中八九そうでしょう。おそらく評議会を開くことなくアストラルを支援するつもりだと思います」

 そんな事は法律違反だ。戦争や法律改正などの大事は全て評議会に掛け合わないといけない。いくら第3領土の支配者で、外交大臣を務めていようともそんな事が許されるわけがないのだ。

「そんなことをしても大丈夫なの?しかも、第3領土の兵力だけではプログレムとは戦えないでしょ?」

 プログレムがどれぐらいの軍を派遣するかは分からないが、アンドロマキアが参戦するとなれば十万ほどの軍を動員しても可笑しくはない。対してクマノミ殿が保有する軍隊の数は、

「国中の傭兵をかき集めても五万から七万と言ったところでしょう。先日の戦争でカントが傭兵を五万ほど雇ったのでそれを全て集めれば十二万ほどにはなるかと」

「なるほどね」

 まあ数で言えばクマノミ側がプログレム側を上回るだろうけど、遠路はるばるアストラルに向かう事を考えれば、プログレムが次々と援軍を出せることに対しては不利だと言わざるを得ない。クマノミの支配下に高名な武将はいないし、どうするつもりだろう。

「おそらくですが協力者がいます。それもかなり大物が。その人と手を組むことによって責任の分散し、追及を逃れるのでしょう」

「そんなことが可能なの?」

「良く考えろナナ。今、国内は人材不足なんだ。それこそ大臣クラスならばより人材は限られてくる。おそらくそういう事だろう」

「さすがはスガリ君だね」

「アルタイルさんは黙っててください」

 アルタイルがクスリと笑いながら、窓の外を眺めた。レプリカが続ける。

「そうですね。クマノミの協力者はおそらく評議会内部にいます。仮にクマノミ殿と協力者を解任すれば二つの空きが出ることになり、少なくとも外交大臣という役職にも空きが出ます」

「仮に二つの席が空いたら、そこには誰が入るのでしょう?」

「実力的にいけばハクライとエルムになると思います」

 ハクライは『ギリューの乱』でも活躍した軍人だ。軍部内でも人望があり、実力的にも現評議会議員のサンサンバドル、エンデヴァー、ナンバーナインに続く四番目の男なので問題はない。

「でも、エルムが入ることになれば結局のところは変わりなくない?」

 エルムは外交部の人間で、クマノミはエルムにとって上司に当たる。もちろん外交大臣を解任された場合はエルムの方が立場は上になるが、それすらもクマノミの仕組んだことかもしれない。

「まあ、そこに関しては考えても仕方がありません。協力者は私たちではありませんし、サンサンバドル殿である可能性も無いわけではありませんが、ゼロに近い。おそらく、この戦争の結果次第では評議会のメンバーが一新される可能性があります」

「そんな大事な戦争に参加しなくてもいいの?」

「大丈夫だよ、ナンバーナイン」

 そう言ってフッと笑うアルタイルの表情が、ナンバーナインには印象的だった。


 アンドロマキア第3領土 クマノミ領

「これより我々はアストラル公国に向かう。敵はアストラルキース家とプログレムだ。プログレムの将を討ち取った者には大量の褒美を与える。いいな」

「行くぞぉぉぉぉ」

 クマノミ軍、総勢七万人。総大将はクゲ。クマノミとフィーメールは本国に残る。

「アストラルの総勢は?」

「オンワ家が二万とベント家が四万の軍を集めました」

「敵は?」

「キース家が二万ほど、プログレムにはおそらく我々の参戦が知られていないでしょうから多くて三万ほどでしょう」

「なるほどな」

 これでこちら側は約十三万。敵は約五万。まあ二倍以上の軍を持っている場合の平地戦闘で負けることはないだろう。プログレムが出てくる前に勝負を決めるだけだ。

「プログレムの指揮官は?」

「すみません。さすがにそこまでの情報はもっていません」

 まあ、仕方がない。場所が離れているので情報の伝達にも時間がかかるし、なによりも情報管理を徹底しているプログレムが相手では前のように戦争を盤上から見渡すような真似はできないだろう。

「よし、出陣だ」

 日がまだ山に半分以上隠れている頃、アンドロマキアから七万もの軍隊が出撃した。


 同時刻 プログレム領内 

「ナカマツキ様。アンドロマキアがオンワ家についたとの情報がありました」

 プログレムの英雄、ナカマツキ。十年前のアンドロマキアとの戦争でも活躍した軍人。

「そうか、予想通りだな。さすがはイム様だ」

 そう言って笑うナカマツキの後ろには、約十五万もの軍隊。

「あちらはおそらくアンドロマキア側の方が有利だと思っているだろうが、実際にはそうでないと知った時にはどんな顔をするかな」

「さあ」

「楽しみだなあ。さあ、出撃しよう」

 軽快なラッパの音が鳴る。まるで今から行われるものが戦争などでは無く、カーニバルであるかのような。


 さて、その頃。ナンバーナインは、まだ第2領にいた。アルタイルにここ一週間ほど引き止められているのだ。

「ねえ~スガリ~私達いつまでここにいないといけないの?」

「さあな、アルタイルの気分次第だろうよ」

「多分だけど、今頃戦争が始まってるわよ」

 アンドロマキア第3領に動きがあったのは四日前。もうそろそろアストラル内で小競り合いくらいなら起こってもおかしくないだろう。

「戦いが終わるまでここに幽閉されるかもしれませんね」

 すると突然、ドアが開いた。

「おいおい、幽閉なんてひどいじゃないか。美味しい料理はごちそうしてるじゃないか」

 まあここ一週間ぐらい食べたことがないような美味しい料理をごちそうしてもらっている。

「そうだけど……どうしてここに留められているの?」

「ようやくもう一人のお客が来たそうだから、お茶会を始めようと思ってね」

「お茶会?」

「あれ?言ってなかったかい?答え合わせをしようと思ってね」

「答え合わせ?」

「誰がクマノミに加担しているのかって事だね」

「それをどうやって調べるんだよ」

「スガリ、そんな言い方は失礼でしょ」

 仮にもスガリの上司である私の上司なんだから、最低限の礼儀はわきまえてほしい。

「いいよ、そんな事。それと、調べるのは簡単なことだよ。お茶会に招待してこなかった人が協力者だね」

「別に軍の事を部下に任せればいいんじゃない?」

「ナンバーナインは評議会に入ったばかりで知らないだろうけど、実は評議会メンバーの部下には大した軍人がそれほどいないんだ。そうだね、評議会参加者ならばテンとパドリオ、クゲ、 メモリーズくらいかな」

「テン?パドリオ?メモリーズ?」

「ああ、簡単にまとめたものがあるよ」

 そう言ってアルタイルは、一枚の紙を取り出した。

1 サンサンバドル テン パドリオ

2 アルタイル レプリカ マフラーレン

3 クマノミ フィーメール クゲ

4 サイモン ハンドベル ニールセン

5 ゲツレイ スネーク ジャンヴァラヤン

6 エンデヴァー カートン マクシュバル

7 エース メモリーズ ハルハル

8 オムニス ウィップズ ペンデュラム

9 ナンバーナイン リノ シュルツ

10 カント ダグラス フェンドリック

「え~と、テンとパドリオって人はサンサンバドル様の配下なのね。サンサンバドル様がクマノミ殿に加担するとは思えないし、クゲさんは元々クマノミ殿の配下だし……」

「まあ、今回の戦争もクゲが指揮を執るだろうね。クマノミ殿が戦場に姿を現したことは無いし」

「で、メモリーズっていう人はエースって人の配下なの?」

 エース……誰?

「おそらく、話したことは無いと思います」

「そうだね、エースは法律のスペシャリストだから普段の仕事で関わることもないだろうし」

「でも、なんでそんなに有能な人がナンバーセブンの部下なの?」

「まあ、理由は知らないよ。エースの部下はハルハルも相当有能だからね」

「噂程度の話ですが、彼らは義兄弟という話もあります」

「まあ、今回の話で重要なのはエースではない。エースがクマノミに手を貸すことは無いだろうしね」

「じゃあ、今回のお茶会に来なかった人がクマノミ殿に加担しているって事?」

「まあ、そうだね。ただ、評議会以外の用事で議員が五人以上集まることは禁止されているから、僕が招待したのは二人だけだよ」

「二人?」

「ああ、この二人以外なら誰がクマノミの協力者でも問題なく事を進められるだろうから、もしも招待された二人がくればとりあえずは問題ないね」

「それで?来た人は?」

「来たと言っても領土の境を抜けてきただけだからね。ただ、もうすぐ到着するんだけど……」

 アルタイルの言葉を遮るように、後ろのドアが開いた。

「おいおい、アルタイルどころかナンバーナインまでいるじゃねえか。そこまでは聞いてねえよ」

「当たり前でしょ、教えてないんだから。それよりも、二人にはしっかりと敬語を使いなさい。仮にもあなたの上司と同身分なのですから」

「へいへ~い。ってマフラーレンまでいるじゃねえか。もしも何かあっても命の保証はできねえよ、ゲツレイさん」

「はいはい、武芸よりも口が達者ねジャンヴァラヤン」

 そこにいたのは、ナンバーファイブのゲツレイと、ボディーガードのジャンヴァラヤンだった。


「ようこそ。よく来てくれたね」

「これは、これは、アルタイル殿。お招きいただき光栄です」

 そう言ってゲツレイは優しく微笑む。女であるナンバーナインすらもドキッとしてしまうような柔らかい笑顔だ。

「それで、今日はどのようなご用で?まさか、評議会議員の女性二人を籠絡して会議を有利に動かそうと?」

「ハハハ、面白い冗談だ。やはり教養のある女性はジョークも上手いね」

「おほめいただき光栄です。ですが、私はクマノミ殿に協力してはいませんよ。先ほどのサイモン殿が四万人の軍隊を連れて領土を出ていきましたので」

「そうか、情報提供ありがとう。ただ、サイモンがここにいればサイモンが協力者では無いことはわかる。ただ、君の場合は違うだろう?」

 え?さっき来なかった方が協力者って言ったことに同意してくれたんじゃなかった?

「え?だってゲツレイさんの部下には四万もの軍を率いてプログレムと戦うことができる人はいないんじゃないの?」

「ああ、部下はね」

「おほほ、やはり可愛らしいわねナンバーナインさん。それと、アルタイル殿の言い方には少し引っかかりがあるように思うんですけど」

「ああ、そうだろう。四万どころか、十万の軍隊をまるで一つの生き物のように扱える天才は、君の部下ではないだろう?ゲツレイ」

「ええ、彼は私の夫です。部下でも上司でもありません」

 ゲツレイさんの夫……

「もしかして、アールダイさんって人?」

「ああ、そうだよナンバーナイン。彼なら十万の軍を率いてプログレムからアストラル公国内の主導権を握ることができる」

「確かに夫であればそれくらいの事はできると思います。ただ、夫は……」

「どうしているんだ?」

「え?」

「俺はアールダイの消息が途絶えているとしか聞いていない。それ以上の情報はサイモンも、クマノミも、サンサンバドルも知らないはずだ。どうしている?妻である君ならわかるだろう」

「いえ……それ以上の事は私も、申し訳ありません。お力になれず」

「ちょっと!アルタイルさん!夫が行方不明の女性にそんな事聞いて言い訳ないでしょ!」

「おいおい、ナンバーナイン。そんなに怒るなよ。ただ、我ながら敬意を欠いた行為だった。すまない」

「いえ、お気になさらず。ナンバーナインさんもお気遣いありがとうございます」

「い、いえ……」

「それで、クマノミ殿とサイモン殿にはどのように対応していくのですか?」

「う~ん、そうだね。まあ武力衝突なら問題なく勝てるだろうけど、そんな事をしていたらまたストレイジングに付け込まれるだろうね。どうすれば隣国に知られることなくこの騒ぎを収集できるかだね」

「私はあの二人に任せてみるのも良いんじゃないですか?」

「え?」

「もしもこの戦争でアストラルのベント家かオンワ家が勝利すれば、我々の傀儡国にできます。負けたところでクマノミ殿とサイモン殿の軍が被害を受けるだけ。別に問題は無いと思いますけど……」

「違うんだよ、ゲツレイ。兵力とか戦争の結果では無く……」

 そのアルタイルの言葉にかぶさるように番兵がドアを叩く。

「失礼します。アルタイル様。アルタイル様に会いたいと申すものが来ております」

「それは僕への用事かな?それともここにいる三人に対する用事かな?」

「それはわかりません。客は女一人で、アンドロマキアの人間ではありません」

「なるほど、通してもいいかい?ゲツレイ、ナンバーナイン」

「別に私は大丈夫だけど……」

「構いませんよ。ナンバーナインさんが良ければ」

「よし、じゃあ客人を招いてくれ。女性とはいえマフラーレンは気を抜かないでね」

「ジャンヴァラヤンも頼みますよ」

「はいはい」

 少しだけ時間がたった後、番兵に連れられた女性が部屋に入ってきた。白いマントにはフードがついており、そのフードをかぶっているせいで目元は見えない。口元には二つのほくろ、何よりも目を引くのは髪の色だ。薄い緑、綺麗な湖のそこにある苔の色。アンドロマキアにはたくさんの人種が暮らしているが、こんな髪を持つ人は見たことが無い。ナンバーナインの青髪ですら珍しがられるのに。

「さあ、どなたかな?」

 その女性はアルタイルの質問には答えなかった。ただ一言、

「私の力でアストラルの内部争いを終結させてみせましょうか?」 

 その言葉に対するアルタイルの返事は言うまでもない。


「ナカマツキ様、イム様からの伝令でございます。即刻アストラルへの侵攻を中止するようにと仰せでございます」

「何?それはどういうことだ?」

「離してください。イム様からの命令でございます。すぐに全軍退避したうえで、国境の防衛を固めるようにとのことです」

「どういう事だ?」

 正直なところ、プログレムはキース家やアストラルに対して果たすべき義理も、人情も持ち合わせていない。キース家を勝たせてそのまま併合するだけの事だ。アストラル北部のトロンは戦争で疲弊しているため動けず、プログレムにとっての目の上のたんこぶハルドーラも一切動く様子は無い。もちろん、プログレムは大陸中でも有数の軍事大国であり、ハルドーラやトロンには負けないはずだ。しかし、もしもその二国を同時に相手にする場合、それともその二国をアンドロマキアが落として、十年前以上に本気でプログレムの制圧にかかればおそらく敗北するだろう。それを避けるためには着々と領土を拡大しつつ、後方の憂いをできるだけ断っておかなければならない。内陸国なので周りは敵だらけだが、アストラルは東側を海に面している分、経済的な意味でも領土の獲得は大きいのだ。兵法しか知らないナカマツキにもその程度の事はわかる。なら、なおさらイム様の命令が分からない。

「まあ、いい。俺はイム様の言うとおりにするだけだ。国境の防衛を固めろ。アストラルの戦火が我々に飛び火しないように」

「かしこまりました」

 午前十一時三十二分。プログレムがアストラル国内には踏み入らず、国境で動きを停止した。


 そこから数時間後、

「クゲ様、プログレム軍が動きを停止しました。国境付近にとどまっている様子です」

「どういう事だ、サイモンは何か知っているのか」

「残念ながら何も知らないよ。僕が聞きたいくらいだ」

「くそっ。どうする」

 これでキース家対ベント家&オンワ家&クマノミ&サイモンという構図になった。戦力差は一目瞭然で、サイモンたちが参戦しなくても勝てるだろう。

「サイモン。お前に案はあるか?」

「そうだな。俺たちは撤退した方がよさそうだ。持久戦になれば俺の地で苦しむ民が出てくる

そこまでやるつもりはもとより無かったんだ。お前はどうする、クゲ?」

「俺はクマノミ様から何があってもアストラルを取るべきを言われているんだ。このまま侵攻するよ」

「そうか、何か伝えることは?クマノミになら同郷のよしみで伝えておいてやるよ」

「いや、特にないな。さっさと行け。出発できない」

「そうか、まあ頑張ってくれ」

 クゲはサイモンが馬を翻して、夕焼けの方へ消えていくのを眺めた後、

「よし、俺たちは進軍するぞ。アストラルの逆賊キース家を根絶やしにしろ」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉx」

 サイモン軍がアンドロマキア本体から離脱。クゲは五万もの軍勢でアストラルに侵攻した。


 数時間後、戦争は終結した。

 アンドロマキア援軍クゲ部隊がキース家の軍勢を殲滅。エイブルはキース家屋敷で隠れていたところを捕獲された。その身柄をオンワ家に引き渡し、クゲはアストラルを去る。これで、クマノミの計画通りだ。もうすぐアストラルはアンドロマキアの……いや、アンドロマキア第3領の傀儡政権となる。


 後日、評議会が開かれた。議題は、「対プログレムとの同盟について」

 え?……いつのまにそんな話になってるの?

「ナナ。とりあえず落ち着いて話を聞け」

 ナンバーナインの隣にはスガリ。今回はカンデルタが留守番してくれているのでシュルツとスガリがついてきている。正直、来たところで何も面白い事は無いけど。

「まずは私から説明させていただきます」

 とは、クゲ。今回の評議会開催を提案した張本人である。

「今回、我々の軍勢がアストラルへ勝手に侵攻した事を詫びさせていただきたい」

 そう言って、深々と頭を下げる。誰も何も言葉を発しなかった。

「私はどんな処分を受ける覚悟がございます。しかし、それはこの会議が終わってからにしていただければ幸いです」

「わかったよ。君の男気に免じてその提案を受けよう」

「ありがとうございます。アルタイル殿。では、早速」

 クゲは自ら書類を全員に配り歩き、

「この書類にもあるように、我々の軍はおよそ二千人の被害で済みました。今回の戦争はこちらの戦闘しか発生していませんので、戦争全体の死傷者数とみてもらって構いません」

 全員が黙って書類の文面を眺める。ナンバーナインは軍に関する事はわかるけど、それ以降の文章が全く理解できない。

「そして、我々はアストラル内での更迭状の発行権と航海路の使用権を手にしました」

「ねえ、スガリ、更迭って何?」

「政治家を無理やりやめさせるって事だ。つまりは、アンドロマキアに都合の良いような政治家だけの国になるのさ」

「なるほど、じゃあ航海路は?アンドロマキアにも海はあるじゃない」

「東の海には第9領の海では取れない海洋生物がたくさんあるだろ。例えば、王の好物であるサンキューバとかさ」

「なるほどね」

「お話は終わりましたか?」

「ああ、ごめんなさい、続けてください」

 スガリがこっちを見て、「お前のせいだぞ」というまなざしで見てくる。仕方ないじゃない。

「これにより、我々は南方への移動が可能になりました。他国に警戒されないためにも、我々とアストラルの関係はあくまで同盟国となります。また、アストラルにはアンドロマキアの同盟国であるミスリルとも同盟を結ばせ、お互いに物資を送り合う事を約束させました」

「待ってくれ、クゲ」

「どうしましたか、エンデヴァー様」

「どうしたもこうしたも無い。まさか、それだけの手柄を取るために無断で軍を動かしたというのか?もしもその程度の手土産で許されると思っているのならば片腹痛い」

「ですから、私の処分はいかようにしていただいてもかまいません」

「クマノミに聞いてるんだよ」

……

 そういえば、この前聞いた話によると、クマノミ殿とエンデヴァー殿は年も近く、評議会に参加したのも近かったそうだ。二人には私的な交友があるのだろうか?

「……」

 クマノミは何も答えない。代わりにクゲが

「エンデヴァー殿。申し訳ありませんがクマノミは体調を崩しておりまして、お話することができません。代わりに私がクマノミ様の意見を述べさせてもらうとしましょう」

……

「この度の事はまことに申し訳ない。全ては私の独断で行ったことでございます。どうぞ、私を処分してください。しかし、クゲとフィーメールだけはどんな形でも評議会に残してやって欲しい」

 多少口調を真似しているのだろうか。クゲのイントネーションとは若干違ったクゲの声が聞こえた。

「わかった。クマノミ殿の男気に免じて、ここはクマノミ殿が評議会を追放されるというところで歩み寄ろうじゃないか」

 そう言ったのは、ナンバーナインが知る限り久しぶりに評議会で発言したサンサンバドルだった。今日もストレイジングに対する牽制の役目を果たすために聖徒隊が在留している第9領から、王都へ向かってきているのだ。そんな国への忠義心、そして正義感をもつサンサンバドルも、男気や根性といった言葉に弱いとアルタイルから聞いた。まあ、ナンバーナインもそちらのタイプなので、少し嬉しい気持ちになるけど。

「それでいいものは拍手!」

 サンサンバドルの良く響く声に圧倒されたかのように、九人の拍手が鳴り響く。

「ありがとうございます。では、これで失礼」

 クマノミはもう一度深く頭を下げ、クマノミの手を取り扉の方へ向かったが……

 次の瞬間に、

「フィーメール。解呪だ」

「わかりました、解呪魔法・カサブランカ」

 そう言った瞬間に、クマノミの羽織っていた着物が床に落ちる。クマノミの体は灰となって、窓から吹いた風によって散った。そして、クゲとフィーメールの姿はどこかに消えていた。


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