風邪ひく芥川と看病する中也ママ

歩夢

短編完結。

ピンポーン。


「ケホッ、ケホッ、中也さん……ケホッ」


いつもに増して蒼白な顔で扉を開けた芥川は、突然の幹部の来訪に驚いた。

しかしその感情を十分に顕わす余裕もない彼の姿には、中也も意表を突かれたようで、舌打ちをした。


「風邪ひいてんだろ?上げろ」そういって中也は扉を押しのけ、中に入る。

「これくらい……なんてこと……ケホッ」


芥川は中也を帰らせようと入口を防ぐように立つが、中也にいとも簡単にすり抜けられる。


「首領からの命令だ。銀も任務でいねぇし、暴走癖のある手前を扱えるのは俺くらいなんだってよ」

「しかし、僕にも任務が……ケホッ」

「そんなんで務まる訳ねぇだろが。代わりの奴をもう行かせてあるから安心しろ」

「なっ、勝手な真似を……」

「あぁ、勝手だぁ?」


中也はいらだったような口調で芥川を睨む。「そうだなァ。これ以上勝手に俺が動く前に、早く手前の寝床に案内しろ」


首領の命令で、しかもキレる寸前のマフィア最強幹部を前にした芥川は、反論する気力もなく無言で自室に戻る。

その後ろを、中也が我が家のように歩く足音が続いた。



「これで熱測れ。あと水分も摂れ」

中也は体温計と水を渡すと、芥川の寝床にしている枕元を顎で示した。「そんで明日までそこで寝てろ」


なぜ中也さんが僕の家に……しかも世話をしている?


様々な疑問が芥川の頭の中で渦巻いたが、それもすべて熱で蒸発される。にわかに信じがたいこの状況だったが、深く考えまいと大人しく従うことにした。


そして布団に潜り込めば帰ってくれるかと期待したが、中也はまだ居る気らしい。

適当な椅子を見つけてそれに腰かけた。


「体調管理も立派な仕事のうちだ。早く治りやがれ」

「……はい」


ようやく素直に応じるようになった芥川に、中也のいらだちも収まったらしく、はぁと溜息をついた。

そしてあからさまに厭そうな顔をしながら、ほらよ、といって中也は芥川の上に小さな袋を置いた。


「どうやって知ったのかは知らねぇが、太宰のぽんつくからの差し入れだ」

「だ、太宰さんから!?」


芥川は飛び起きて、袋を貪るようにして中を確認する。


「オイオイ、俺の時と随分と態度がちげぇじゃねぇか」

しかし芥川の耳にその言葉は届かず、手に取ったゼリー飲料をじっと眺めている。

「……これは」

「それで栄養を摂れってことだろ。って、日本酒味……?」中也はふと目に入ったラベルを二度見する。

「阿保か!病人に何食わせようとしてるんだアイツは!!」

舌打ちをして芥川の手からそれをかっさらう――その途端。


「羅生門!!」

「うおっ!?」


黒い刃物が中也の手をすれすれに、ゼリー飲料を奪い返した。病人とは思えない俊敏な動き。そして芥川の目は、何がなんでも譲らないという想いと、重度な体調不良が重なって目が血走っている。


「芥川~、手前なぁ……!」


重力操作でしばいてやろうかと頭によぎった中也だったが、ゼリー飲料を大切そうに胸元で抱えながら咳き込む芥川を見て、怒る気力も失せる。


「……俺が代わりになんか食えるもん買ってきてやるから、それは回復してから飲め」と呆れた表情を顕わにして部屋を出ていった。


***


「ったく、太宰が師匠というのは難ありだな」

あの青鯖のどこがいいんだか、とぶつぶつ独り言をいいながら中也は近くで買い物を済ませると、芥川の場所へ戻ってきた。


部屋に入ると、芥川は先ほどの抵抗が嘘のように、ぐっすりと眠っていた。


いつもは鋭い眼光を放ち、大柄な男でさえも睨まれたら逃げ去るくらいの殺気を放っているが、今では赤子のように静かな寝息を立てているだけだ。


殺しを常とするマフィアとは思えない無垢な表情をみて、中也はふっと笑った。


安らかに眠ってやがるじゃねぇか。


そう思うと同時に、こんな顔もするんだなと少し意外にも感じた。


思えば、マフィアの現場では暗殺や奇襲も頻繁に起こるため、常に気を張っていなければならない。

向上心なんて言葉が甘すぎるくらいに、成果を求める芥川は、尚更だろう。



今日くらい休め。

そんなことを思いながら、中也は調達した食糧を枕元にそっと置く。


そして緩んだ表情をしているが、芥川のその手には強く握られたゼリー飲料が収まっていることに気付く。


「手前の差し入れ、気に入ったみたいだぜ」

そこには居ないはずの元相棒に向けて中也はいうと、そっと部屋から出ていった。


***


後日。

「中也さん」

ポート・マフィアビルの廊下を歩いているところを呼び止められた中也は、すっかり回復した様子の芥川に向かって振り返った。

「なんだ」

「……」

「なんだよ」

無言で小さな箱を渡され、中也は訝し気にそれを眺める。和菓子のようだ。

「お見舞い……ありがとうございました」

ぼそっと礼をいう芥川に、中也はふん、と鼻を鳴らす。

「ああ。二度目はねぇぞ」



――しかしその日は、偶然にも「母の日」。


回復した芥川がお礼の品を中也に渡す姿を目撃した者たちによって、あらぬ噂に尾ひれが付き、マフィア内で二人はこの後、秘かに話題となるのだった。




おわり。

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