しあわせの保存方法-mine-

有理

しあわせの保存方法-mine-

※こちらは前作のサイドストーリーになります




由依(ゆい):

春人(はると):


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春人「ゆいちゃん、僕、」


由依N「守れやしない約束も」


春人「っ、く。」


由依N「流動的な愛情も」


春人「っは、はあ、ごめん、っごめん。」


由依N「だいっきらいだ。」


春人(たいとるこーる)「しあわせの保存方法」


………………………………………………………


由依「はるくん、おかえりなさい。」

春人「ただいま。」

由依「遅かったね?残業?」

春人「ううん、電車で二駅寝過ごしちゃった。」

由依「そうなの?言ってくれれば車で迎えに行ったのに。」

春人「すぐ電車来たし、大丈夫。ありがとう。それより待たせてごめんね。」

由依「ううん、今ごはん温めるね。」

春人「今日は何?」

由依「今日はグラタン!」

春人「わ、美味しそう。昼ごはんも食べ損ねたからめちゃくちゃお腹すいた。」

由依「そうなの?じゃあいっぱい食べてね!」

春人「うん!着替えてくるね」

由依「うん!」


由依N「付き合ってもうすぐ5年が経つ。最近彼がこそこそ楽しい隠し事をしている。私が寝ている間に指のサイズを測ってみたり。なんとなく、それなりに気付いていた。」


春人「ゆいちゃん、あの玄関の花、」

由依「ん?」

春人「あの赤いのなんて名前だっけ?」

由依「ああ、ダリア?」

春人「ダリアって言うんだ。」

由依「そう。可愛い?」

春人「うん、あの花よく飾ってるなあって。」

由依「ふふ。」

春人「丸くて可愛い。」

由依「そうだね。」

春人「ねえ、週末どっか行かない?」

由依「いいよー。何する?」

春人「これ見に行きたい。」

由依「展示会?」

春人「そう、会社で貰ったんだけどフラワーアート展」

由依「なんて読むの?」

春人「巌水灯(いわみず あかり)展。」

由依「へー。」

春人「ゆいちゃんお花好きだし、いいかなって。」

由依「ふふ。楽しみ。」

春人「あとさ、あとさ、」

由依「ほら、冷めちゃうよ。食べながらにしよ?」

春人「あ、食べる食べる!」


由依N「花なんて全然好きじゃなかった。偶々友人から貰った日玄関に飾ってみたら彼はとっても喜んで、出社前に必ず水を変えてくれた。その花が枯れた後、しょんぼりしている彼を見て定期的に買って適当に生けるようになった。それより、」


春人「ゆいちゃん、あいしてるよ。」

由依「ん、っ」

春人「っ、は」

由依「、たしも。ん、あいしてる、」


由依「ね、おねがい。」

春人「また今度にしよ」

由依「やだ。おねがい。」


由依「ここ。締めて」


春人「っ、わかった。」


由依「ぐ、っ…、」

春人「う、…、は、」

由依「ぁ…くぁ」

春人「ぐっ…。ああ、もう無理だっ」

由依「かは、ごほ…はぁはぁ」

春人「ごめんね。苦しいよね、大丈夫?ごめん」

由依「な、んで、謝らなくて…いい」

春人「でも、こんなこと」

由依「わたしが…けほ、頼んでるんだから。」

春人「っ、く、愛してるよ…」


由依N「そう言って私の首に顔を埋めるのがたまらなく好き。彼が私の上で何とも言えない顔で見下ろす。彼が私の首を優しく強く圧迫する。今にも泣きそうなどうしようもない顔。幸せ、私だけを見ているこの瞬間が何よりも愛おしかった。」


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春人「ゆいちゃん!」

由依「はるくん!」


由依N「満員電車は嫌いじゃなかった。誰かの温もりは生きていることを実感させてくれるから。バックの中をチラチラ見やる彼を駅を出てすぐに見つけた。優しくて、優しい大好きな人。」


由依「待たせちゃった?」

春人「ううん。さっき着いたばっかりだから。」

由依「そう?よかった。」

春人「電車多かったでしょ?大丈夫だった?」

由依「朝ほどじゃないよ。」

春人「それもそうだね。」


由依「何食べよっか?」

春人「駅前にイタリアンできたって後輩が言ってたよ」

由依「私ラーメン食べたい。」

春人「そ?じゃあラーメンにしよっか。」

由依「いいの?」

春人「いいよ。」

由依「ありがとう!」


由依N「少し眉が下がる。困った顔をした。それでも私に合わせようとする。私はきっとこの人にこんな顔をずっとさせ続けてしまうんだろう。」


由依「…どうしたの?」

春人「へ?」

由依「きょろきょろしてるから。」

春人「あ、いや。初めて来たから、ここ。」

由依「そうなの?会社近いのに。」

春人「う、うん。」

由依「…変なはるくん。」

春人「…あ、ねえ。ゆいちゃん、もうすぐ誕生日でしょ?」

由依「ああ、そうだね。」

春人「何か欲しいものないの?」

由依「うーん。ないかな。」

春人「ほらこの前さ好きなブランドの新作が出たーとか言ってたじゃん?」


由依N「新作の中では指輪が1番可愛かった。華奢なラインに小さな石がついていて。でも男の人に指輪を強請るような女にはなりたくなかった。」


由依「あー、ピアスが可愛かったかな。」


由依N「そう言って誤魔化した。」


春人「あの絵画モチーフにしたピアスだっけ?」

由依「そう。あれがいいな。」

春人「ゆいちゃんさ、他にアクセサリーつけないよね。」

由依「うん。」

春人「嫌いなの?」

由依「ううん。つける習慣がないだけ。」

春人「指輪もつけないし、ネックレスもみたことない」


由依「痕、あるから。」


春人「…あ、ごめん、」


由依N「無意識にそう答えると、彼は困った顔をした。」


由依「なんで?謝るの?」

春人「え、いやだってそれ、僕が、」

由依「頼んでるの私なんだからさ。」

春人「…」

由依「はるくん?」

春人「…ん?」

由依「ラーメン、のびちゃうよ?」

春人「あ、そ、そうだね。」


由依N「慌ただしく啜るラーメンと無言に耐えられなくてそっと言い訳をする。」


由依「それに、こういう首の詰まった服好きだからさ、どうせあんまり見えないじゃん。ネックレス。」

春人「そっか。ゆいちゃんが好きなものならなんでもいいよ。」

由依「今年はサプライズじゃないんだ?」

春人「何か欲しいものあればーって思ってさ。」

由依「ふふ、なんでも嬉しいよ。」

春人「そう?じゃあまた今年も時計にしようかな。」

由依「2個つける?」

春人「うん、右と左につけて。」

由依「笑われちゃうよ」

春人「こっちが日本時間でーってさ」

由依「ふふ」

春人「はは」


由依N「今プロポーズなんてされたくなかった。不意に目をやったSNSで彼の幼馴染が近くで飲んでいることがわかった。これで逃げよう、と咄嗟に彼へこう言った」


由依「はるくん、あそこ行こうよ」

春人「ん?どこ?」

由依「ダーツの」

春人「ああ、ショットバー?」

由依「うん。ちょっとだけ飲んで帰ろ?」

春人「いいよ。」


由依N「案の定、次のお店ではプロポーズなんて雰囲気何処かに行ってしまった。薄暗い店内は心地良くて、彼の笑う声が遠く聞こえて幸せだった。でもどこか少しだけ寂しくて、」


春人「ゆい、ちゃんー。あいしてるよー」

由依「はるくん飲みすぎだよー」

春人「かえろーかえろー」

由依「はいはい。じゃあ、また。」


由依N「彼の幼馴染に会釈してタクシーで帰る。」


春人「ねえ、ゆいちゃん?」

由依「んー?」

春人「僕、ゆいちゃんとずっと一緒にいたいんだ」

由依「うんー」

春人「あいしてるよー」

由依「ふふ」

春人「帰ったらー、ぎゅーしてもいい?」


由依N「酔った彼は好きだった。いつもより幼くてふわふわしてて、貪欲だから、好きだった。」


春人「っ、…しよ?」

由依「ふふ、いいよ。」


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由依N「子供の頃から期待されて生きてきた。」


由依N「勉強も生き方も頑張って意識して生きてきた。」


由依N「落胆されるのが怖くて、いつもどこか繕って笑ってきた。」


由依N「はるくんに出会って劣等感はさらに増した。」


由依N「その大きすぎる愛に包まれる度、ずいぶん自分がちっぽけに思えて怖くなった。」


春人「すきだよ」


由依N「次、私は彼を失望させてしまったら今まで通り生きていけるのだろうか。」


春人「あいしてるよ」


由依N「どうしよう怖くて怖くて仕方がない。」


春人「ゆいちゃん」


由依「ねえ、はるくん。」

春人「ん?」

由依「ここ、おねがい」


由依N「ずっと。お前は今しあわせだ、という罰が欲しかった」


………………………………………………………………


由依「あ、おはよ。」

春人「あー。ごめん由依ちゃん昨日、」

由依「ううん、はい。お水。」

春人「ありがと、」


由依「今日、お休みでよかったね。」

春人「うんー。」

由依「ふふ。私もまだごろごろしよっ」

春人「いいよー。ほらおいで。」


由依「ありがとう。…はるくんはさー。」

春人「ん?」

由依「なんでも、いいよって言ってくれるよね。」

春人「そうかな?」

由依「そうだよ。優しい。いっつも。」

春人「ゆいちゃんもいつも優しいなって思うよ?」

由依「そんなことないよ。私たまーにウニみたいになってるでしょ?」

春人「うに?」

由依「ちくちくちくー!って。」

春人「わわわ、くすぐったいよ。」

由依「ふふ。」


春人「僕さー。こういう時間が1番幸せなんだー。」

由依「…」

春人「ゆいちゃんと何にもしてないこの時間が幸せ。」 由依「私も、しあわせだよ。」

春人「…ねえ、ゆいちゃん。」

由依「ん?」

春人「ずっと聞けなかったことがあるんだけどさ。」

由依「なに?」

春人「…なんで首、好きなの?」

由依「首?」

春人「うん。締めるの。好きなんでしょ?」

由依「…」

春人「…言えない理由、かな。」

由依「…」

春人「あ、だったらいいんだよ。ただの疑問だったから、気にしないで。」


由依「はるくんは、優しいね。」

春人「へ?」

由依「でも何でも許しちゃだめだよ。」


由依「…ああしてるとね。しあわせなの。」

春人「苦しいでしょ?」

由依「うん。でもね、あの時、今、死ねたら幸せだろうなって思うと幸せで幸せで仕方がなくなるの。」

春人「…死にたいの?」

由依「死にたいんじゃないんだけど、なんて言うんだろう。ごめんね、分かんないよね。」

春人「教えて。」

由依「…、嫌わないでくれる?」

春人「うん。」

由依「嘘。嫌ってもいいよ。」

春人「大丈夫だよ。」


由依「私ね、今がしあわせなのはとっても嬉しいんだけどね。でも、いつか終わっちゃうんだって思ったら苦しくて苦しくて仕方がないの。」


由依「おかしいって、分かってる。でも、幸せなまま死んじゃえばずっと終わらないんだよ。好きな人との大好きな時間の中でさ。…だめだよね。私」


春人「だめじゃない。…でもさ。ゆいちゃん、終わらないよ。あんなことしなくても終わらない。そりゃあ、何十年後の事とかは僕にはわかんないけどさ。でも、明日のことくらいは約束するよ。大丈夫。終わらないよ」

由依「…うん。うん。分かってるよ。」

春人「だからさ、ゆいちゃん。」

由依「だけど、どうしようもないんだ、私。」


春人「信じられないかな、僕。」

由依「ちがうよ。」

春人「僕さ、あれ、怖いんだ。」


春人「あと少し手を離すのが遅かったら、もしかしたら僕の手で1番大事な人を殺してしまうんだって思うとさ。…怖いんだよ。ゆいちゃん。」


春人「僕の一生をかけて、約束するよ。」


春人「僕と結婚してください。」


由依「…っ。ごめん。」


由依「わ、たし。はるくんが、信じられないとか、そういうんじゃないんだけど、私。きっと、だめだよ。」

春人「ゆいちゃん。」

由依「もったいないから、さ。はるくんは。」

春人「もったいない?」

由依「私ははるくんがくれるほど、なんにもお返しできない。」

春人「そんなの、」

由依「いつか、いつか、ね。手放したくなると思うの。後悔する日が来ると思う。私耐えられない。そんな日。」

春人「ゆいちゃん。」


春人「絶対来ない、なんて綺麗事言わないよ。」


春人「約束しよう。人のする約束なんて定かじゃないし絶対でも何でもないけど。今この瞬間は愛してるんだよゆいちゃん。この気持ちに嘘はない。だから約束しよう。僕と、終わりが来ませんようにって。一緒に。」

由依「でも、っ。」

春人「じゃあここに痕をつけるんじゃなくて。」

由依「…あ、」

春人「ここにつけさせて。」


由依「…っ、いいのかなあ、私。」

春人「うん」

由依「こんなに幸せで、いいのかな…」

春人「いいよ。」


春人「許すよ。幸せでいること、僕がずっと。」


由依「しあわせって、苦しいね」


春人「ゆいちゃん、苦しいの好きでしょ?」


由依「っ、ふふ、そうだね」


………………………………………………………



由依N「しあわせの保存方法」


由依N「私は彼の緩くて淡い生温い罰をずっと受け続けていく」


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