第二話 〜深謝〜

桜咲の伯父さんと祖母が持ってきた荷物を入れ終えると、八畳二間の大部屋の一角が埋まる

大部屋のそれぞれ中央には二畳ほどの和風座卓が置かれており、敷居の襖は親戚が集まる事を踏まえて前もって取り払っていた


取り払った襖は邪魔になるので〝あの〟窓のない部屋に仕舞っている

今ではすっかり倉庫代わりだ

太陽そらは入るたび今でも震えが止まらないようで、あの出来事がそれほどまでに恐怖心を駆り立てるものだった事が感じ取れる


荷物を運び終えた太陽そらが一息つくと


「ピンポーン」


再びチャイムの音が鳴り響いた

太陽そらが急いで出迎えの為に玄関へ向かうと、そこには少し釣り上がった目付きの悪い、一人の女性が立っていた

それを見た瞬間に太陽そらは〝あの日の光景〟がフラッシュバックする

動悸が早くなるのを感じながら、自分ではどうする事も出来ない息苦しさから意識が薄れその場に倒れ込むのだった…




しばらくして…

目が覚めた太陽そらの横に桜咲さんが座っている


太陽そら…大丈夫か?」


そう問いかける桜咲さんを見ながら、少し気持ちを落ち着かせながら


「はい、今は特に何も…大丈夫、、、だと思います」


そう答えたが、未だにマラソン後の様な胸の息苦しさがずっと残っていた…


その様子を伺うように部屋の隅で、申し訳なさそうに座る女性の姿が見える…

〝さっきの女性だ〟と一瞬身構えたが…

よく見るとさっき感じた目付きの悪さとは裏腹に、白髪が目立つ優しいおばあちゃんの印象が強い


そんな様子を見ていたからか、太陽そら自身も無意識に働かせていた警戒心を和らげていた

そんな表情が和らいだ太陽そらを見て恐る恐る女性は声をかける


「あなたが、、太陽そらくんですか、、、」


その元気そうな表情とは裏腹に細々とした声で話しかける

それを聞きながら太陽そら自身は複雑な感情が渦巻きながら


「はい…」


そう呟く様に返事をする

それを聞いた瞬間だった!目の前にいた女性は額を畳に強く当てて


「本当に申し訳ない事をしました

うちの娘が、、、なんとお詫びしたら良いか」


そう謝罪を始めたのだ

何がなんだか理解が及ばない顔をする太陽そらの横から、桜咲さんが助け舟を出す


「この人は君の父、空道くどう剣司けんじさんの弟に当たる恐次こうじさん…その妻である笑美えみさんの親御さんだよ」


それを聞いて理解はしていたが、それでもそれが嘘であってほしいと言わんばかり


「それって…」


そう太陽そらは聞き返していた

しかし時に真実うんめいとは無惨にも現実を突きつける様に残酷だった


「君の二番目に身元引き受け人となった、あの叔父さん夫婦の〝妻方の母〟にあたる方だよ」


そう告げた桜咲さんの一言に太陽そらはどんどん荒くなる息に、先ほどの様に苦しくなる胸と辺りがぼやける目眩から、立ちくらみと吐き気を催しかける…

それでもどうにか飲み込む様に息を整えた太陽そらの表情は、今にも死に絶えそうに悲壮で何日も寝てない様な暗い顔をしていた


「それで…〝あの人の親〟がなんの様で僕に」


そう聞いた太陽そらの目は睨んだ訳ではないが、確かな怯えと殺意が入り混じった様に見える寒気を感じるものだった

それを見た女性は一度は太陽そらの顔を見る為に上げた頭を、再び下げて額を畳に強く当てた


「本当に、本当に申し訳ないことをした

許して貰えるとはつゆほども思っていない!

それでも牢屋にいる愚娘ぐそくの代わりに、どうか、どうかこの老耄おいぼれに謝らせて欲しい」


そう謝罪する姿を見ていた太陽そらは、その時に初めて目の前の女性の姿を正しく認識した…

太陽そらの目の前にいたのは〝あの〟恐怖に感じていた叔母さんではなく、その親に当たる八十歳近い〝お婆さん〟である

全身弱々しい細身に白髪の生えたその見窄みすぼらしい姿は、どう見ても〝あの叔母さん〟とは似ても似つかないかけ離れた存在だろう


そんな姿を見た太陽そらはふっと、それまで渦巻いていた感情が引いていくのを感じた


「頭を上げてください」


そんなとても優しい口調と声色で太陽そらは目の前のお婆さんに声をかける

そこには怒りも恐れも無くただ〝申し訳ない気持ち〟があった


『自分はこんな弱々しいお婆さんに、必死に謝らせて何をしてるのだろう…』そんな思いが頭を駆け巡る中、顔を上げたお婆さんは涙を流しながら


「本当に申し訳ない」


そう何度も謝罪する

太陽そらがそのお婆さんの手を握ると、静かに謝罪を受け入れたのだった

それに対してお婆さんも一言


「ありがとう」


そう言いながら噛み締める様に手を握りながら頭を下げるのだった

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運命を変える者たち 紳羅 @shinra08

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