第2話 廃墟
県を2つ跨いだ所にある食品加工場に向けて解体肉の運送をしていたケイは、杉林に覆われた山中の県道沿いにある廃墟に注目した。
全体的に黒ずんだその廃墟は黒い屋根瓦に白い壁という外装が古い日本家屋のようだが、それにしては玄関がガラス製の自動ドアとオフィス風で、窓も一面につき高さも幅も人の身長を超える長さをしている。
「旅人向けの食堂みたいだね」
助手席に座っているロウが言った。
「1970〜2000年代ぐらいにやってたんじゃないかな。ツーリングやドライブ、トラック輸送の休憩所としてね」
「ああ、昔はトラックドライバーも人間がやってたんだっけ?」
「そうそう。配送が一段落ついてさ、ああいう所で温かい蕎麦を啜ったら美味しいだろうね」
ケイはふと、自分が人間になってロウと共に食堂で食事を摂る様子を体内の演算装置で生み出し、自身の視界にて再生してみた。人間で言うところの"想像"という行為だ。
点灯管式の蛍光灯に照らされた店内で、透明なシートが敷かれた机に向かい合って座り、フワリと立つ湯気を顔に浴びながら灰色の蕎麦を啜る。
出汁と穀物の味が口の中に広がり、温かいスープが身体を温める。
そして幸福感に浸りながら、ロウと2人で「美味しいね」と笑い合う。
自分が人間として生まれていたら、そんなことができるんだ。ロウの笑顔を繰り返し再生しながら、ケイは人間が羨ましくなり「良いなぁ」と呟いた。
「どうしたの」
「人間になりたくなったんだよ」
ケイが答えると、ロウがハッと鼻で笑った。
「人間なんて良いもんじゃないぜ」
「なんで?」
「『隣の芝は青い』って言葉あるじゃない?ケイには俺達人間が羨ましく見えてるだろうけど、実際人間やってくると色々悪いところが見えてくるのさ。まあどこがどう悪いのかは今度話すとして、そろそろ県境を跨ぐ頃じゃない?そら」
ロウが指差す先に県境を知らせる看板が見えた。看板に描かれた名産品のイラストと『ようこそ』という文言はギリギリ認識できる程にまで色褪せており、長く補修されていないことがわかる。
「誰も直さないのかな?」
「誰が見るかもわからない看板にかける予算が無いのさ、多分」
「なんか寂しいね」
「そんなもんだよ。おっ、見えてきた」
そう言ってロウが指した方をケイが見ると、緑に覆われた山の上に不似合いな、煤けた灰色の四角い建物が建っていた。
「ああ、アレね」
「ケイ、大型車が入れる道を探しといてよ」
「もう見つけてるよ」
誇らしげに言うケイにロウは「さすが」と返し、ケイの頭をクシャクシャと撫でた。彼の表情もまた誇らしげだった。
アンドロイドと忘れられた場所 むーこ @KuromutaHatsuro
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