第27話 荒野の攻防

 翌朝早く、二台の馬車と十騎の聖騎士がフランシスの町を出立した。前を行く馬車にユリナとエーリファとエリオット、後ろの馬車にアルとアリエル、ティアが乗り込んでいる。一行は比較的砂嵐ハーブーブが治まった荒野をザペングに向けて進んだ。


 「ああ、アリエル様とご一緒したかったな」


 幌の座席でエリオットがため息を吐く。


 「あんたをアリエル様やティアと一緒に出来るわけないでしょ」


 ユリナが冷たい目でエリオットを見る。エーリファは隣で苦笑いを浮かべていた。


 「それにしても用心深いわね、アル君って。話を聞いたときは驚いたわ。あの歳でどういう生き方してきたのかしら?」


 ユリナが座席の上に置かれたそのを見て呟く。


 「彼の話を聞いたでしょう。親代わりの大司教を殺され、その後マクエン師匠に弟子入りしたんです。おそらく魔獣ビースト召喚に耐えるだけの肉体を作るためでしょうね」


 「前も言ってたけど、そのマクエンって人は?」


 「剣技の達人です。武術を嗜むものならその名を知らぬものはないでしょう。もう高齢でらっしゃるので表には出ていませんが、かつては聖騎士団の武術指南役も務めていたお方です」


 「アルの剣の腕はその師匠さん譲りということですか」


 「じゃああなたもそれなりの剣の腕の持ち主ってことね。少なくともアル君と同等の……」


 「僕は彼の剣技を直接見ていませんので何とも言えませんが、どうやら彼は剣の腕に関しては天才的だったらしいですから、僕以上かもしれませんね」


 「あなたはそのマクエンさんの所でアル君とは会ってなかったの?」


 「彼が師匠に弟子入りしたのは僕が免許皆伝を許されて師匠の下を去ったのと入れ違いだったようですから」


 「でもあなたは師匠からアル君のことを聞いたと」


 「ええ。先日久しぶりに訪ねたんですよ、師匠の下をね。仇を追っていると言ったら破門されましたが」


 「敵討ちに自分の剣を使うことを禁じたのね」


 「ええ。殺意を持った剣は自らも滅ぼす、というのが師匠の教えですから。圧倒的な剣技で敵を殺さず戦意を奪うというのがマクエン流の剣の真髄です」


 「ならアル君も師匠の教えを破ることになるわね」


 「はい。だから彼は免許皆伝ではなく、破門されて師匠の下を去ったわけです。尤も実力的にはとっくに免許皆伝だったらしいですが。入門して五年足らずでそこまでいくというのは驚異的ですよ。天才と言われるのも頷けます」


 「復讐の執念か」


 「そうでしょうね。皮肉なものです。不殺の剣の奥義を仇を殺すために圧倒的なスピードで会得したわけですから」


 「その上魔獣ビースト召喚まで……」


 「『二枚舌ダブル・タン』が魔獣ビーストを憑依させている以上、奴を倒すためには必要不可欠ですからね」


 「あなたもそのために魔鳥バードを?」


 「いえ、それが僕が魔燕スワローを召喚した時はまだ『二枚舌ダブル・タン』のことがよく分かっていなかったんですよ。奴が魔獣ビーストの召喚者だと分かっていればアル君と同じく魔獣ビーストを召喚したんですが」


 「どっちにしたって褒められたもんじゃないわ。召喚には非正写本アポクリファルを使ったの?」


 「ええ。仇のことを調べるうちに『二枚舌ダブル・タン』の手下を見つけましてね。そいつが持っていた非正写本アポクリファルを奪いました」


 「その非正写本アポクリファルはどこに?」


 「燃やしました。誰も悪用出来ないように」


 「アルと同じだね。燃やしてくれたのならよかった」


 「何言ってるのエリー。私たちの仕事忘れたの?非正写本アポクリファルは出来る限り回収。本部で調査の後まとめて焚書するって決まりでしょ?」


 「あはは、そうだった。『回収隊』だもんね」


 「非正写本アポクリファルには少しずつ内容が違うものが複数存在するそうですね?」


 「よく知ってるわね。大まかな内容は同じなんだけど細かい点に差異があるの。作られた場所なのか作ったグループなのかその違いを検証するのも仕事なのよ」


 「大元が『黒の書』なのは確かなんでしょうが、もしかしたらマスターコピーと呼べるようなものが数種類存在するのかもしれませんね」


 「教主様は禁じておられるけど、バルデス大司教はそもそもの『黒の書』持ち出しの犯人も突き止めようとしているみたいね」


 「アリエル様を狙っている聖教会の人間が犯人、という可能性も十分ありますね」


 「まさか最高法院ホーリーコートの聖職者がアリエル様を狙ってるなんて信じられないわ」


 「しかし殺されたマクナール卿という人物はザペングだけでなく七大都市のフランシスでも名の通った名士だったのでしょう?聖都でもそれなりに人脈があったのではありませんか?」


 「それは……おそらく」


 「マクナール卿が聖教会の黒幕と『二枚舌ダブル・タン』の一味の仲介役だったことは間違いないでしょう。今回はアリエル様がフランシスに立ち寄ったから彼を使ったのでしょうが、おそらく各都市の名士の中にも同じように仲介役を務めている人物がいるはずです。つまり……」


 「お前を狙っている聖教会の人間はそれなりの影響力のある地位にいるものと見て間違いない」


 後ろの馬車の中でアルはアリエルにきっぱりと言った。


 「他の七大都市にもマクナール卿と同じような人物がいると?」


 「ああ。黒幕が『黒の書』紛失や非正写本アポクリファル製造に関わっているかは分からんが、少なくとも『二枚舌ダブル・タン』は非正写本アポクリファルの中枢にいる。無関係とは思えんな」


 「まさかアルさんは最高法院ホーリーコートの者が私の命を狙っていると?」


 「そう考えるのが一番分かりやすいんだが、ちょっと引っかかることがあってな。昔親父から聞いたんだが、最高法院ホーリーコートというのは定員制だそうだな?」


 「え、ええ。最高法院ホーリーコートの構成員は常時二十名と決められています」


 「二十名か。すると『二十聖家ヴァン・ファミリエ』から各一名ずつ選ばれるのか?」


 「そのようです」


 「ふん、そこらあたりが臭いな」


 「といいますと?」


 「まだ上手く説明できん」


 「でもなんでアリエルちゃんみたいなかわいい子を狙うのかなあ。立派な聖女さんで私みたいに悪いことなんか何もしていないのに」


 ティアが不思議そうに首をかしげる。


 「何もしていない。……そうか、まだ何もしていない。だから……」


 「アルさん?」


 急に黙り込んで考え込むアルにアリエルが声を掛ける。


 「まだ材料が足りんな。お前たち、少し休んでおけ。向こうに近づいたら忙しくなるぞ」


 アルはそう言って自分が聖騎士団に用意させたに目をやった。




 うとうとしていた所を幌の窓を叩く音で目を覚ました。気付くと馬車は止まっており、聖騎士たちが周囲を警戒しながら散開している。


 「ザペングの町が目視できました」


 聖騎士の一人がそう言い、アルは幌から顔を出して前方を見る。砂の混じる風の向こうにぼんやりと黒い影が映った。


 「よし、では手はず通りに。お前たち、少し我慢しろよ」


 アルの言葉にアリエルとティアが緊張しながら頷いた。




 夕日が沈みかけ、荒野が赤く染まりきった頃、馬車と聖騎士の一行はザペングの町をはっきり視認できる距離まで近づいていた。先頭を行く騎士が町の正門に行き開門を申請しようかと考え始めたその時、


 ドオオオオン!


 凄まじい爆音が轟き、前の馬車の幌が吹き飛んだ。荷台部分が破壊され、車輪が弾き飛ばされる。


 「何だ!?」


 聖騎士が叫びを上げる。騎士の乗る馬が轟音に驚いて暴れ出す。各騎士はそれを必死に抑え込もうと手綱を操った。


 「もう一発来るぞ!馬車から離れろ!」


 声が響き、聖騎士たちが四方に散る。次の瞬間、後ろの馬車の幌が同じように吹き飛ばされた。


 「ちっ、あのガキの悪い予想が当たっちまったか!」


 聖騎士の一人が舌打ちをする。


 「もたもたするな!さすがにこれ以上の連発は出来ないだろう。そいつらを早く町へ!」


 馬に跨った聖騎士の後ろでが声を上げる。それに合わせ鞍上に四頭の馬が町へ向かって全速力で駆けていく。


 「何だと!?」


 馬車に攻撃を放ったヴァルカンが驚きの声を上げる。即死しない程度の威力の召喚魔法で幌の中にいる者を動けなくし、さらに聖騎士を蹴散らすつもりが、誰ひとり幌のことを気にすることなく、四頭の馬が町へ向かって疾走していくのだ。


 「たばかられたか!まさかこちらの遠距離攻撃を読んでいたと!?」


 ヴァルカンが歯ぎしりをして馬の方を向く。その間に残りの六騎が自分に向かって来ていた。


 「見つけたぞ!あそこだ!」


 聖騎士の後ろでアルが叫ぶ。それに別の馬の後ろに乗るエリオットと他の聖騎士たちが続く。


 「君の予想がズバリ的中したな、アル君!」


 アルの乗る馬に横並びとなり、エリオットが感心して言う。


 「いかに召喚者でも聖騎士総出で警備している町中での襲撃は不利だろう。となればフランシスの時と同様、町に入る直前の襲撃をするはず。そして俺たち召喚者がいることを知っていれば接近戦は避けると踏んだまでだ」


 「だからと言って遠距離攻撃が出来る魔法を使ってくるとは普通考えないさ」


 「それくらいの用心は必要だろう。敵は俺たちの仇、『二枚舌ダブル・タン』だ」


 「そうだな。しかし町に近づいた時点で幌の中を無人にし、みんなを聖騎士の後ろに騎乗させるとは思い切ったことを考えたもんだ」


 「魔蛇サーペント使いや魔蜘蛛アラクネ使いの言葉からすると、どうやら『二枚舌ダブル・タン』は俺を生かして捕えたいらしいからな。即死するほどの攻撃はしてこないと踏んでいた。そうじゃなきゃいくら幌から出しても周りの馬ごと吹き飛ばされていたろうからな。それに子供用の防砂服が用意できたのが助かった。あいつらこの砂嵐ハーブーブの中、よく我慢してくれたよ」


 「アリエル様やティアちゃんにこんなつらい思いをさせやがって!あの野郎、絶対許さん!」


 エリオットが怒りに燃え、剣に手を掛ける。


 「敵の召喚者の力が戻る前に叩く!突っ込め!」


 アルの声に聖騎士たちが雄たけびを上げて応える。


 「ええい!貴様ら、迎え撃て!」


 ヴァルカンが潜ませていた手下に命令する。防砂服に身を包んだ男たちが得物を手に聖騎士に向かって走り出す。


 「あれが召喚者か。近くまで行ったら俺を下ろせ」


 聖騎士が頷き、ヴァルカンに向かって速度を上げる。隣にエリオットの乗った馬が並ぶ。


 「くっ、大技二回はさすがに負担が来る。召喚者二人の相手は不利か」


 ヴァルカンが乗ってきた馬に目をやる。ここは一度撤退すべきか。


 「思った通りだ。あの魔蜘蛛アラクネ使いはいないようだな。この砂嵐ハーブーブの中で糸は役に立たないだろうからな。となると奴は町の方か。おい、変態!」


 「だからその呼び方は……」


 「すぐにエーリファたちを追え。町の中に俺を襲った魔蜘蛛アラクネ使いがいる可能性が高い」


 「分かった。しかし一人で大丈夫か?」


 「しばらくは大きな魔法は使えないだろう。こちらの魔法で仕留める」


 「よし、十分気を付けたまえ」


 エリオットは前の聖騎士に指示し、馬首を町へ向けさせた。残りの聖騎士はヴァルカンの手下と吹きすさぶ風の中で攻防を続けている。


 「馬?逃げる気か。そうはさせん!」


 ヴァルカンが馬にまたがるのを視認したアルはショートソードを抜き、前の聖騎士に追うように指示した。

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魔獣紋の少年と天然聖女 黒木屋 @arurupa

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