第26話 会食は踊る


 「しかしザペングに行くのは安心でしょうか?アル君を襲った召喚者はまだ野放しなんだろう?」


 エリオットがアルの方を見て警戒感を示す。


 「確かにな。ビッグサムの行方も分かってないしな」


 「でもマクナール卿の関与がはっきりして聖騎士団や自警団も積極的に動いているでしょう?そうそう大胆な動きが出来るとも思えないけど」

 

 「召喚者を相手にするには心許ないだろうな。同じ召喚者でないとまともに戦えないと思うがな」


 「ここには二人いますがね」


 「召喚魔法はダメですってば!アルだけじゃなく、エリオットさんも自重してください!」


 エーリファが二人を交互に見ながら勢いよく立ち上がる。


 「お前はそれしか言えんのか」


 「ですが召喚魔法があなたたちの命を削ることは事実です。聖女としてそれを諌めるのは当然のことです」


 アリエルが心配そうな顔でエーリファをフォローする。


 「実際お前は命を狙われてるんだ。おそらく『二枚舌ダブル・タン』、正確には奴に指示を出している聖教会内の誰かにな。聖都につくまでにまだ襲撃はあるだろうし、それに対抗できるのは俺とこの変態の魔法しかない」


 「だからその呼び方は勘弁してください」


 「まあ確かにアリエル様のお命を守るにはアル君たちの力が必要だとは思うけど、聖女の立場としては複雑なところよね」


 ユリナがため息を吐きながら呟く。


 「私の護衛のためにアルさんたちの命を危険にさらすなど、私は嫌です。神の教えにも反する行いです」


 「ですがアリエル様を失うこともまた聖教会、いえ、この国にとって損失となります」


 「私はそのような立派な人物ではありません」


 「いいえ!アリエル様のような可憐の極みとも言うべき美少女が悪魔どもの餌食になるなど断じて許せません!私の命などいくらでもアリエル様に捧げます!」


 エリオットが拳を握って力説する。


 「だからキモいんだって、あなた」


 ユリナが呆れて言い、頭を抱える。


 「まあそれはそれとして……」


 「自分でもキモいの認めたわね……」


 「聖都に着くまでは全力でアリエル様をお守りしなければなりませんから多少の無茶は目を瞑っていただくとして、無事に大聖堂に入られたら後は少しはアル君に危険を減らす手助けが出来ると思いますよ」


 「本当ですか?」


 アリエルがすがるような顔でエリオットを見つめる。


 「ああ!何という美しい瞳!そのように見つめられると心が幸福感で満たされていきます!」


 「だからそれやめてって」


 「そのためにフランツ司教に会うのですよ。アル君はまだ召喚魔法の使い方が分かっていないようですから」


 「ザペングで魔蜘蛛アラクネ使いにもそう言われたな。どういう意味なんだ?」


 「それは司教にお会いになれば分かります」


 「ふん、勿体ぶるな。まあ奴と戦うのに有効だというなら話を聞こう」


 「こっちの話もちゃんと聞かせてもらいますからね」


 ユリナが念を押すように言う。


 「さて、その前に司教があなた方に会うことを承諾してくれるかどうかです」


 「何が何でも会ってもらうわよ。こっちも仕事ですからね」


 「拘束しないという約束をお忘れにならぬよう。僕もあなた方と敵対するのは避けたいですから」


 「お前、なぜそこまでフランツに肩入れする?」


 アルがエリオットに尋ねる。


 「まあ一番は『二枚舌ダブルタン』を倒すにあたってあの方の知識は必要不可欠だと思える事。そしてもう一つは個人的な恩義です」


 「俺と同じか」


 「ですから司教の居場所を『二枚舌ダブル・タン』に知られるわけにはいかないのです。出来るだけ目立たず少人数で行きたいんですよ」


 「こっちだって目立つ気はないわよ」


 「捕縛命令を無視する以上、堂々と会いに行くってわけにはいかないしね」


 「あ、それで思い出したけど、私とエリー、出頭命令が出てるじゃない!もしかしたら新しい任務を言いつけられるかもしれない。そうなったらフランツ司教にこっそり会いに行くなんて難しいんじゃ……」


 「そこはバルデス様に会わないと何とも言えないよね~」


 「なら今のうちにフランツに訊きたいことを纏めておけ。俺が訊いておいてやる」


 「最悪それも仕方ないか……」


 ユリナが呟く。


 「ところでティアさんはこれからどうされるのです?」


 アリエルが一人会話から取り残されたティアの方を見て皆に問いかける。


 「ここに置いていくわけにもいかないでしょう。彼女はビッグサムとかいう奴の部下で、それを裏切ったと聞きました」


 エリオットがティアを見つめて言う。


 「あんた、自分がティアと一緒にいたいだけじゃないの?」


 ユリナがジト目でエリオットを睨む。


 「まあこいつの変態ぶりは置いておくにしても、ここに残すわけにはいかないのは同感だな。どこかで保護してもらうしかないだろう」


 「私、アルと一緒にいたい!」


 ティアがすがるような目で叫ぶ。


 「しかし俺は『二枚舌ダブル・タン』を追っている。危険なことも多くあるだろう。お前を連れて行くわけには……」


 「私、アルに助けられたんだもん。きっと役に立って見せるから。お願い!」


 「まあ聖都までは一緒に行くしかないだろう。その後のことはまた話し合おう。それでいいな?」


 「うん!」


 ティアが満面の笑みで頷く。そんなティアを満足げに見つめるエリオットをユリナがこれ以上ないくらいのしかめ面で睨んでいた。





 

 「また失敗だと?お前らふざけてるのか?」


 薄暗い部屋で『二枚舌ダブル・タン』が部下に厳しい目を向ける。鬼のような目で睨まれた部下が縮み上がり、ぺこぺこと頭を下げる。


 「す、すいませんボス。む、向こうにも召喚者がいたようで」


 「そんなことは端から分かってたろう!だからこっちもアナンシを送ってんだ」


 「いえ、それが例の大司教はフランシスに残っていたようで。そっちにはグランツが向かったのですが、そちらにも召喚者が現れて邪魔をしたと」


 「何?あのガキ以外に?ふん、それにしても陽動とは中々やってくれるな」


 「しかしそれを見越していたボスも流石です」


 「それくらいは考えるのが当たり前だ。敵を舐めると碌なことがねえ。よく覚えておけ」


 「はっ!」


 「しかし召喚者が向こうにも二人か。……奴が絡んでるのかもしれんな」


 「奴、と申されますと?」


 「こっちの話だ。だが奴らはフランシスで合流したんだろう?蟲使いどもじゃちと荷が重いかもしれんな」


 「アナンシはもう一度チャンスをくれと言って来ておりますが」


 「奴一人じゃ無理だな。誰かつけてやらねえと」


 「ボス、その役目、俺に任せてもらいたい」


 そう言って暗がりから一人の男が姿を現す。刈り込みを入れた黒い短髪に前の開いた黒革のジャケットを着た筋肉質の男だった。


 「ヴァルカンか。もう仕事は済んだのか?」


 「ああ。あんな田舎の聖騎士など相手にもなりませんよ」


 「いつもながら頼もしいな。ならアナンシと合流し、大司教を仕留めろ。ガキの方の召喚者は出来れば生きて連れて来い。もう一人は殺しても構わん」


 「分かりました」


 ヴァルカンと呼ばれた男はそう言って不敵に笑い、再び闇の中にその姿を消した。





 「で、結局どうするの?聖都に向かうのは勿論だけど、ここから一日じゃたどり着けないでしょう?どうしても途中で一泊する必要がある。ザペング以外に行けるところあったかしら?」


 「難しいな。あえて言うならスカイムだろうが、大分遠回りだ」


 「ですが僕たちがここに留まっていることはおそらく敵にも知られているでしょう。となると何処に向かっても危険が伴うのは同じかと」


 「そうですね。これ以上遅れることは敵にとって有利になるだけかもしれません。ここはやはりザペングに向かうしかないのでは?」


 「あっちの聖騎士にも総出で護衛させるしかないだろう。時間稼ぎくらいにはなる」


 「そんな薄情な言い方……」


 「お前たちも腹をくくれ。このガキを守り抜きたいなら多少の犠牲には目を瞑る覚悟をしろ」


 「それ以上アリエル様を侮辱すると許さないわよ、アル君」


 「だから落ち着いてください、ユリーネス助祭。……私はそうまでして聖都に行かなければならないのでしょうか?私のために聖騎士やアルさんたちを危険にさらすなんて。私にはそんな権利も資格もありは……」


 「俺たちは自分の目的のためにお前を守っているだけだ。気に病む必要はない」


 「そうですとも!そうでなくてもあなたをお守りするのはこの私に課せられた崇高な使命です!これは運命の……」

 

 「それ以上しゃべらないで!あなたアリエル様に話すときだけ自分を『私』って言うわよね」


 「僕などとなれなれしい言い方は気が引けるのでね」


 「筋金入りね。まあアリエル様の護衛としては申し分ないけど」


 「とにかくザペングでは一時も油断するな。睡眠も交代で取る。いいな?」


 「ええ。アリエル様に指一本だって触れさせるものですか!」


 「無理はしないでください、ユリーネス助祭。あなたは怪我人なのですよ」


 「そうだよユリナ。アリエル様は私がしっかりお守りするから」


 「ますます不安になること言わないで」


 「ひどーい!」


 頬を膨らませて起こるエーリファをやれやれという顔でアルが見つめる。 

 

 「もう少し緊張感を持て、お前ら」


 そんな彼らを見ながらアリエルは胸に手を当て、一同の無事を神に祈った。 

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