エピローグ
ドリーム・オブ・シープ
三毛野商店街の入り口付近にある、昔ながらのレトロなカフェ『ドリーム・オブ・シープ』。
そこが、店長である綿巻羊助の帰る場所だ。といっても、『綿巻羊助』というのは、この世界で人間として認識されるために、適当につけられた名前なのであるが。彼の夢世界での名前は、『ヨウ』というたった二文字の簡素なものであった。
いつも通り、商店街に夕日が差し込んできたので、それを合図にお店の看板を『CLOSE』に変える。
そして、裏口から地下への階段を下りて行った。
彼の自室は普段耀たちを招いている部屋の隣にあった。
夢の管理人の印である、星の中に羊の顔が描かれたドアの鍵を開け、その自室へ入る。
この部屋には夢の管理人しか所有できない大切な書類や、普通の人間に見られてはいけないものがたくさんあるので、普段から鍵をかけているのだ。
静かに扉を閉め、ヨウは早速本来の姿へと戻った。
ぼわん、と白い煙が体から出て、皮膚がもこもこした毛で覆われていく。
「やっぱり、この姿が一番落ち着く~!」
ヨウは元気に独り言を漏らすと、すぐに自分の仕事机へ向かった。
机の横には、たくさんの写真が額縁に入れられ、壁一面に飾られている。これも普通の人間に見られてはいけない代物の一つだ。
どれも羊姿の自分と、今まで雇ってきた高校生の姿が笑顔で写っている。
これらは全部、彼らが夢の番人の仕事を卒業するときに記念に撮影したものである。
少し気が早いかもしれないが、このなかに、耀、陸、直生、仁が並ぶのをヨウは今から楽しみにしていた。彼らが、もっと自分とも、そして仲間とも打ち解けることができれば、この卒業生たちのような最高の笑顔を自分にも見せてくれるに違いない。
「って、そんな妄想してる場合じゃない。今日の最後の仕事、まだ終わってないんだから」
自身に渇を入れ、ヨウは夢の管理人専用の分厚い本を開いた。
ヨウが開いたページは真っ白だった。だが、彼がページをなぞると、そこにインクで書かれた文字がふわりと浮かび上がる。それは夢の管理人しか読めない特殊な象形文字で書かれているので、万一誰かに読まれても内容がわからない仕組みになっていだ。
「え~っと、明日担当する悪夢は、この人たちか…」
夢協会から送られてきたデータから、自分が担当する悪夢に線を引いていく。そして、あの四人にも任せられそうな悪夢に丸をつけた。
「よし! あの子たちにはこれくらいのレベルの悪夢でもできそうだ。今度はこれをお願いしよう!」
ヨウは四人の成長を噛み締めるように、横長の目をさらに細めて微笑んだ。
あの四人には、子どもたちの悪夢を救える貴重な存在としてまだまだ成長してもらわなければならない。彼ら自身が、幸せになるために。
夢の番人には、子どもたちを悪夢から救うという役割以外に、実はもう一つ大切な役目がある。
それは、夢世界へうまく旅立てない人間を、強制的に送ることができるという点だ。
ヨウが彼らを夢の番人に選んだのも、それが理由だった。
夢世界は、基本的に全ての人間が眠っている間に行くことができる世界なのだが、実はたまに、そこにたどり着くことができない人間が一定数いる。
そのほとんどは、陸、直生、仁のような心に強い傷を負わされた子どもであることが大半だ。
彼らはその傷のせいで、魂の重量が重くなってしまい、夢世界まで飛べなくなってしまうのである。そして、そういう子たちは必然的に、夢世界から与えられるはずの『希望』を受け取ることなく現実世界を生きる羽目になってしまう。
それを救うのが、この夢の番人としてそういう子どもたちを雇うシステムなのだ。
彼らは夢の番人として契約を交わし、さらに悪夢の浄化を手伝うことで、今まで与えられなかった分の夢世界からの『希望』を受け取ることができるようになるのだ。
だが、耀を雇った理由はほかの三人とは違った。
彼は今までみたこともない特異な体質を持っており、なんと自分の周りにいる魂に、『希望』を分け与えることができるという不思議な存在だったのだ。
なので彼を見かけたとき、ヨウは声をかけられずにはいかなかった。
もしかしたら彼は、自分の夢を叶えてくれるかもしれない。全ての子どもたちが夢世界から『希望』を享受できるようにし、笑顔になってもらえるかもしれないと、そう思ったのだ。
ヨウはそんなことを考えながら、一人でにっこりと微笑んだ。
ああ、どうか。これからも一人でも多くの子どもたちを救えますように。
それが、『夢の管理人』兼『子どもの神様』である自分の、永遠の願いだ。
彼は本日の最後の仕事である、担当する悪夢の確認を終えると、目の前にある分厚い本をパタンと閉じた。
そして、これから来るはずであろう明るい未来に思いを馳せた。
ドリーム・ガーディアン @umaneko1717
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