全部失ったわけじゃない

「いや~、まさか最後にシュート決めちゃうなんてな!」

 仁たちは試合の余韻に浸りながら、駅へと歩いているところだった。

「試合には負けたけどな」

「うっ、まぁそうだけど…でも、アツシ先輩が最後は笑顔で終われたんだから、それでいいじゃん!」

 陸が余計なことを言ったので、耀が抗議した。だが、それを無視して直生も今日の感想を述べる。

「僕も驚きました。それに、なんかちょっとすっきりした気分です」

「わかる! なんかこう、炭酸飲んだ後みたいな気持ちになった!」

 耀は直生に大いに共感すると、嬉しそうに目を輝かせた。

「そうだな…」

 仁はそう言うと、もう一度さっきピースサインを掲げたアツシの姿を思い浮かべた。

 それと同時に、耀の声が脳裏に蘇る。

『無駄じゃないよ!』

 耀がアツシに向けて叫んだとき、仁はまるで自分にもそう言われた気がした。

 アツシと自分は根本的な部分は全く異なっていたが、それでも今までやってきたことが無駄に思えて辛かった、という点に関しては全く同じだった。

 今まで野球のためだけに生きてきて、それを事故で奪われた自分は、今まで自分が積み上げてきたものが全てごみになってしまったと思っていた。

 でも、それは違った。

 今まで味わってきた勝利の数々や、野球の楽しさは、今も自分の心の中に大切に保管されている。

 それに、野球を通して大切な仲間にだってたくさん出会ってきた。それを無駄だったと言い切るのは、あまりに悲しいではないか。

 そして、事故でそれこそ絶望はしたけれど、この不思議なアルバイトと、新たな仲間たちと出会えた。自分は、全部を失ったわけではなかったのだ。

「お~い、仁! さっきから黙ったままだけど、話聞いてる?」

 耀に声をかけられ、仁は我に返った。

「ごめん、なに?」

「やっぱり聞いてなかったのかよ。今から飯行こうぜって話になったんだけど、お前は何か食べたいものあるか?」

 耀の代わりに、陸がさっきまでしていた話を説明する。第一印象がキツめだった陸も、仁に対してかなりフレンドリーに話すようになった。

「俺は肉が食いたい」

「よっしゃ! これで肉と魚が三対一で、肉の勝利だぜ!」

 陸が勝ち誇ったようににやりと笑い、「え~、俺は回転寿司の気分だったのに~!」と耀が肩を落とす。それを見て、仁は軽く笑った。

 今はまだ、完全には傷は癒えていない。

 でも、この仲間と一緒にいれば、もしかしたら事故で野球ができなくなったことですら、笑い話にできる日がくるのかもしれない。

 仁はそんなことを思いながら、先を行く耀と陸と直生の後を追いかけた。

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