第2話

入社してから一週間が経つ。猫探しの件以来、仕事の方は全く来ない。

輝は探偵社兼ナイト宅の家事をするくらいで、その他はテレビでその日の出来事を確認するくらいだ。とはいえ実は、依頼が来ていないわけではない。というのも、ナイトが来た依頼全てをことごとく断っていたからだ。風の噂で探偵社の存在を知る以外はここを知る事はまずない。ということは依頼が来た=奇跡と言っても過言ではない。それを断るナイトは何やってんだと、ただただ輝は思うだけであった。

テレビは正午のニュースに変わり、いつものように殺人事件のニュースが流れている。


ピンポーン


あの懐かしい音がすると、ナイトはスタスタと玄関へ向かい、ドアスコープを覗かずに短く「入れ」と言った。その声は上機嫌であることには間違いなかった。輝と出会った時とは全く違うトーンだったからだ。

「ナイトさん、申し訳ない」

「構わんよ。君の依頼であればいつでも聞いてやろう」

「いつもみたいに内緒でお願いしますよ?」

長身で紺のスーツを着たガッチリとした男。年齢は20代前半、髪はスッキリと整えられた爽やか系黒。つり眉が印象的である。

「そちらにいるのは前言ってた新人さん?」

「そうだ。名前は・・・・・ライトベア君だ」

「何なんですか、今の間は。ていうかその名前ダサいんでやめてください」

「せっかく付けてやったのだから喜びたまえ」

「喜ぶも何もそんなネーミングセンスのない名前で喜べるわけがないでしょうが。改めまして、隈谷です」

男が微笑しているのに気付いた輝は、少し照れながら本名を名乗った。

「刑事の田中優汰です。ナイトさんには以前からお世話になっています。まさかこのナイトさんに助手ができるとはね」

「失礼だな田中君。僕はあえて部下を作らなかっただけだ」

「ところで田中さん。刑事さんがわざわざこんな所に来たという事は何か事件ですか?」

「ああ、本題を忘れていました」

田中は声に出して笑うと、その表情とは売って変わり真面目な顔になれば、胸ポケットから警察手帳を取り出す。



事件が発生したのは輝が入社した日。場所は隣町のスーパーであった。被害者はそこで働く48歳女性。死因は刃物を胸に刺されたことによる失血死で、死亡推定時刻は午後8時頃だと思われる。第一発見者である同僚の43歳女性は8時半頃に遺体を発見し、通報した。

現場検証の結果、現場に残された凶器として使用されたと思われる包丁からは被害者のDNAと一致し、また、店で売っているものだと発覚したが、指紋は検出されなかった。現場に残された血液による足跡は第一発見者によるものだった。女性にはありばいがあり、スーパーのアルバイト店員が共に店の外の旗を片付けていたと証言し、容疑はかけられていない。

容疑がかけられたのは、店長である52歳男性だった。その日、男性は用事があると通常より早く帰宅していた。裏口から出てくるのをアルバイトが被害者が殺される15分前に目撃している。男性の自宅はスーパーから徒歩30分かかる所にあり、その間のアリバイはなかった。帰宅したのは8時30分を少し過ぎた頃だと家族は証言した。

スーパーは町では有名な人気店で、閉店時間である午後9時ギリギリまで主婦で賑わう。大通りから少し離れた住宅街の中心にある。



「確かに、店長が犯人だと筋が通りますね。店を出たのが7時45分だとして、家に着くのは8時15分。15分の空白がありますね」

「生憎この町には設置されている防犯カメラが少なくて、彼がどの道を通って帰宅したかは不明なんです」

「・・・・・何してんですか」

ズズズっと音がしたため振り返ると、ナイトは優雅に紅茶を飲みながらテレビを見ていた。

「話は聞いている。それで、店長はなんと言っているのだね」

「犯行は否認しています。帰るのが遅くなったのはいつもと違う道を通ったと」

「なるほど。彼が犯人だという証拠もないということは・・・・・出番だね隈谷君」






翌日午後7時。第一発見者の女性宅にて、事件発生時の出来事を聞いていた。

「確かにその時間はバイト君と片付けをしていました。間違いないです」

「では、あなたと被害者の関係は?」

「ただの同僚です。とは言っても、プライベートでたまにお茶会とかしますけど」

この後も話を聞いていくと、田中が言っていたことは確かであることがわかった。



続いてアルバイト店員に話を聞くべく、事件現場となったスーパーのスタッフルームへ向かった。

「あなたは第一発見者と一緒に片付けをしていましたね?」

「はい。終わったのは8時半です」

「被害者は何か恨まれているような事は?」

「そんなの絶対ある訳ないですよ。あの人、いろんな人に慕われてましたし、働き者でしたから。少なくとも僕もあの人にはお世話になりましたよ」

「では第一発見者は?」

「特にはないですよ。まあ、その発見者の方とは初めてシフトが合ったのでよくはわからないんですけど」




探偵社に帰宅したのは午後10時を過ぎていた。スーパーで購入したお惣菜を机に並べて3人は共に夕食を取りながら事件を整理していた。

「心の声は聞けたかね?」

「はっきりとはわかんなかったですが、とりあえずは」

「話したまえ」

揚出し豆腐を箸で切りながら、ナイトの真剣な眼差しに輝は答えた。

「第一発見者の方はよく聞こえませんでしたが、暗い音がしてました。なんと言いますか、何かを恐れるような。一緒にいたアルバイトの方は『でも一瞬の間だけど姿が見えなかった時があったな』って」

初めての本格的な仕事で緊張していたのか、よくは聞き取れていたかった部分があった。自分の能力が大いに発揮される場で何をしているのだと攻めていた。だんだんと尻すぼみになる声にナイトは「ありがとう」と述べた。

「一瞬で何の証拠も残さずに殺せるでしょうか」

「田中君、確認したい。あのスーパーの近所にはゴミ捨て場があったね」

「ありますよ?」

「行くぞ」





「すみません、こんな時間に」

何もこんな時間に来なくていいではないか。家から出てきた女性は迷惑そうな顔で「別に」と言った。

「あなたが犯人ですね」

「・・・・・は?」

今来ているのは第一発見者の女性宅。犯人だと言われた瞬間に彼女の顔からは汗が吹き出していた。

「何言ってるんですか。違いますよ。私にはアリバイが」

「そのアリバイを使って殺したんでしょう?あなたの隠そうとして隠しきれていない心の声がうちの部下に聞こえていたんですよ」

「こころのこえ?」

「心の声というものは隠しきれないんですよ。言うなれば隠そうとすると、真実にモザイクをかけた状態になる。もう全て僕には見えます」

そうナイトが言うと、女性は下を向いて笑った。犯行を認めたのだ。



閉店準備のために片付けをしていた時、一瞬の隙を見つけて裏口からスタッフルームに戻って、ロッカーに入れておいた雨ガッパを着用し、被害者を待ち伏せした後殺害したようだ。証拠品となる雨ガッパは近所のゴミ捨て場に捨て、証拠隠滅した。

犯行動機、実にシンプルだった。第一発見者、もとい犯人の夫と被害者が不倫をしているのを知ったからだった。

署へ連行された女性はその後、すべて供述し、刑を待つこととなった。






「単純でしたね」

「そうだな。本当に簡単だった」

「・・・・・ナイトさん。自分の手柄のように語らないでください」

再び食事を再開すると、ナイトは「言い忘れていた」と言い放った。

「何をですか」

「移転する」



「「マジでか」」

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アルバイト探偵ベア 綾川 碧汰 @Riu_aoao

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