アルバイト探偵ベア

綾川 碧汰

第1話

この世には奇妙な力を持つ人間がいる。動物と話ができる、霊が見える、未来が見える。それを仕事にしている人はごく一部でだろう。心が強く、何事にも真正面から立ち向かっていける人だ。

しかし、そういった能力があるということは完全に信じられているわけではない。信じていますかと聞かれて「はい」と答えるのは変わり者か信者か。信じて欲しいのに信じてもらえない人間は山のようにいる。

もし、あなたが心を読むことができる人間であれば何をするだろうか。もし、心の声があなたを恐怖へ突き落とせば、それに耐えられるだろうか。さて、あなたは信じてもらえない人間の気持ちをどこまでわかるだろうか。また、あなたがその立場にいたらどんな毎日を過ごしているだろうか・・・・・。





(とりあえず彼氏作りたいし、コイツでいっか)

また聞こえてしまった。女の声はまさに自分に対することであった。

「それ、本当に思ってる?」

告白の場でありながら実におかしな質問をしていると思いながらも、ついついしてしまったそれに、女は本当だと答える。しかし、男はそれが嘘である事は当然ながら知っている。

「本当だといってくれてありがとう。けどごめん」

言わせておいて結局は断るなんて随分と失礼だと考えたが、そんなことどうだって良かった。好きでもない人間と適当に付き合う度胸はないのだから。

(何よ。言わせておいて断るんだ。最低)

最低であることくらい自分が1番知っている。「ああ・・・そう」と悲しそうなその表情には似ても似つかない心の声は男にしか聞こえない。



「また女の子、フッたんだって?」

いつの間にそんな噂が出回っているのやら。23歳フリーター、隈谷輝には身に覚えはなかった。

「うるさい馬鹿。理由は察してんだろ?」

「まあ、長く友達やってるしそれなりには」

「いや、そういうことじゃなくてさ。俺が心読めるってことだよ」

「あー、それね。確かそうだったな」

「忘れてんじゃねーよ」

そう、隈谷輝は心が読めた。いつからかは覚えていないが、気付けば23歳。心を読むことができることを理由に、今まで彼女を作ったこともないし、女との経験もない、ただの童貞だった。彼の容姿というと、決して悪いわけではない。むしろ、モテるほどにルックスはいい方だ。付き合わないのは彼が臆病なだけだ。

また、輝には人間不信というものがあった。人間はすぐに嘘をつくことを彼は誰よりも知っていた。故に、だんだんと人を信じられなくなり、唯一信じられるのは今、目の前にいる中学時代からの友人の吾次郎と、隣に住む幼馴染みの真美だけだった。

「それで吾次郎、急に呼び出して何だよ」

「いやぁ、これといってなにもないんだけどさ。お前のことだからバイト辞めたんじゃないかなぁって」

「なんでお前に心配されなきゃなんないんだよ。大丈夫さ、心配しなくても」

「信じられないね。その言葉はもう10回以上聞いてるっての」

吾次郎に心配されるのもおかしくはない。大学に進学しなかった輝は、18歳からバイトづくしの毎日だ。5年が経った今、実にやってきたバイトは10を越えていた。これもまた理由は例のもので、時給のいい接客業に至っては1週間ともたなかった。心の声が飛び交う場所に長時間いるのは地獄だったからだ。

「黙ってるって事は続いてないんだろ?」

「その通りですよ。ごめんなさいねー」

「ったく。そんじゃ、そんなお前にいいバイト先を教えてやろうじゃないか」

「またろくでもないやつだろ」

信じられる唯一の存在であったとしても、完全に自分のことを理解されているわけでもなく、心を読むことができるその辛さをわかってもらえないのが何よりも辛い。事実、吾次郎は輝が心を読むことができるのを知ってからはあまり感情を心には出さないようにはしてくれているが、時々聞こえてしまうことがある。「あ、やっぱり」と思っても口に出さないが、聞こえてしまう心の声は輝を傷付けていた。

「それがな、そうでもないんだ。お前のことを社長?ではないけど、その人に言ってみたんだ。そしたら是非採用したいって」

「こんな俺が役に立てる?」

「俺は役に立つと思うぜ?てか、多分無敵だわ」

きっとろくでもないだろうと思うが、吾次郎を信じて質問をしてみた。一体、何の職業かと。



「探偵社ホームズ。探偵だよ」





ここは本当に探偵社なのか。

町外れの古民家の住宅街に建つ古びたアパートの一室。『探偵社ホームズ』と書かれた表札で確かに探偵社だと認識すると、隈谷輝は黄ばんだインターホンを押し、軽い音が響いた。鍵が開く重い音がするとそこから黒いスーツに身を包んだ男か女か、性別不明の人物が顔を出した。

「誰だ」

「あの、さっき電話しました、隈谷輝です」

「・・・・・待ちたまえ」

声を聞いても性別は不明だった。吾次郎によると「変わった人だから、まあ頑張れ」と言われた以外、何の情報もない。

一度ドアが閉められるとチェーンを外した音の後に再びドアが開いた。髪はダークブラウンで、短いが後ろで束ねられており、肌は色白で少し釣り上がった目が前髪の隙間から覗かせていた。

「時刻は13時・・・・・まずまずだな」

「時間間違ってました?」

「いや、あっているぞ。君の友人、吾次郎君だったかな?あいつは必ず10分は遅れるから、君は優秀だと言いたいんだ」

「・・・・・そりゃどうも」

回りくどい。輝にとって苦手なタイプだった。無愛想な口調といい、皮肉っぽい言い草は彼の姉に似ていた。

弁当屋で働く吾次郎はよくここに弁当を届けに出入りしているらしい。何をきっかけに輝が話の話題になったかはさておき、自分が役に立つのであればと電話したのは今から1時間ほど前の正午だった。

探偵社らしくないそこに冷たい視線で見つめられながら奥へ行くと、古いアパートにしては随分と綺麗に整えられた8畳ほどの畳の部屋があった。畳の上には和室に合わない木製の机、それとセットになっているであろう椅子が4脚並んであった。部屋の一番奥の中心には吐き出しの窓があり、両サイドにはテレビとぎっしりと本が詰まった棚が置いてある。それ以外の家具というと冷蔵庫ぐらいで、実に質素な部屋だった。

「そこの椅子にかけたまえ。飲み物は何がいいかな」

「今日はお話だけさせてさせていただくのでお構いなく」

「何を言っているんだ君は。僕は今日から働いてもらうつもりでいたのだが」

「特に用事はないので今日からでも構わないですが・・・・・」

「ほほう、なら助かる。どこかの誰かとは大違いだ」

そう言うと、透明のグラスに注がれたお茶を置き、胸ポケットから一枚のメモを取り出した。達筆な文字は依頼だろうか、箇条書きに書かれていた。

「これは?」

「依頼だ。コンビニの隣に住む78歳のご老人が飼い猫を探して欲しいそうだ」

「猫探し・・・・・」

輝は思っていた。なぜ、探偵は動物探しをよくしているのか。ドラマやアニメのように難事件を解いているイメージがあるからかもしれないが、それにしても多い気がする。

「なぁに、猫探しなんぞまだ軽いほうだ。僕はかつて動物園のゴリラ探しもしたことがあるからな」

「探偵がゴリラ探し?!」

「おかしいかね?」

「おかしいもなにも・・・・・」

普通有り得ないだろ。特殊にも程がある。ここで働いて本当に大丈夫なものかと心配になってきた輝だった。

「では早速探してもらう。あ、言い忘れていたな。僕はナイトだ。よろしく頼むよ、隈谷君」



時刻は17時を過ぎた頃、猫探しを始めてから3時間が経過していた。猫は全く姿を現さず、体力も無くなってきた。

コンビニがあるものの、閑静な住宅街だ。時間帯的に飼い犬の散歩には最適な時間のためか、リードにつながれた犬と主婦や学校帰りの学生が多くいた。

個人的に出したのであろうか、二人が探している猫の写真が印刷された張り紙が所々、電柱に張り出されていた。飼い主いわく、長年飼っている猫らしく、名前は『佐助』というそうだ。依頼が来たのは昨日の夕刻、行方不明になったのはさらに一週間程前。戻ってくるだろうと信じていると、いつの間にか一週間がたっていたようだ。探す宛もなかった時に探偵社の噂を耳にしたらしく、依頼したと言っていた。老人は女性、上品で年齢の割にはなかなか綺麗だった。

「もしもし、隈谷ですけど。見つかりませんが、そちらはどうです?」

ナイトから預けられた携帯で連絡を取るが、あちらも見つかっていないと報告が来た。

「これ、何時まで続けます?もう日が暮れてきましたし、夜間に探すのは難しくなりますけど」

『少し待ちたまえ、隈谷君。今、目の前に猫を発見した。場所は探偵社近くの公園だ』

「すぐ向かいます。捕まえられそうでしたらお願いしますね」



「・・・・・えーと。これはどういう状況で」

「見てわかるだろう?逃がしたんだ」

「なんで逃がすんですか!?目の前にいたんでしょう?!」

「仕方がないではないか。僕は猫嫌いなんだ。君は捕まえられそうでしたらお願いしますね、そう言っただろう?その指示に従っただけだ」

電話してから10分。目撃した場所に着けば、そこに棒立ちしたナイトがこちらを見ていた。なんとなく予想はついていて、やっと見つけて仕事が終わりそうだと思っていたのにと、輝は肩を下ろしてため息をついた。

それよりも依頼に答えた理由がわからなかった。猫嫌いだけどやるという精神があって受けたのであれば良しとしよう。見るからにナイトにはその様子は一切見受けられない。

「もう暗くなりましたし、明日続きをしましょう」

「それはならんぞ隈谷君」

「まだ何かあるんですか」

「依頼は今日までだ」

「・・・・・は?」

輝は呆れていた。仕事初日のまさかの展開に、頭は追いつけていなかった。

「本気で言ってんですか」

「信じられないとでも?」

「い、いえ」

ぎろりと睨まれ思わず後ずさりすれば、ナイトは微かにニコリと笑った。その顔がとても恐ろしく、まるで鬼のようだった。

日も沈み、電灯で照らされる公園の砂を眺めていると、近くの草木から何かの気配を感じた。輝は持っていた携帯のライトを懐中電灯代わりに音のする方向へ向けるとそこには例の猫がいたのである。「にゃー」と低めの声でなくその猫は輝がいる方向へ向かい、足にベタリとくっついてきた。

「なんだなんだ。お前、佐助ってんだろ?飼い主さん、随分と心配してるからそろそろ帰ってやってくんないかな」

鼻をなでると、目を細めて再び「にゃー」と鳴いた。

「やるじゃないか。僕は見直したよ」

「いや、あんたと出会ってまだ1日も経ってないですからね?というか、この子に何したんですか。めっちゃ威嚇してますけど」

「なんで逃げたんだと問いただしただけだが」

ナイトの様子からして明らかに怖い形相だったのだと予測できた。今でも眉間に皺が寄って、普通にしてる時以上に目が釣りがっていて、般若を見ているかのような。

とはいえ、無事に見つかったことにホッとした輝は依頼人宅に一報を入れ、その日のうちに飼い主の元へ送り届けた。





「新人にしてはよくやってくれたよ」

「あんたに言われたくないですよ」

分厚い本がそこら中に並べてあるレトロな古本屋兼カフェ『ルーピン』。知る人ぞ知る隠れ家的なそこはナイトがよく世話になっているらしい。オーナーである新田霞はグレーの着流しを着ていて暗めの茶髪、言うなれば明治時代の文豪を思わせるような雰囲気のある男だ。変わった話し方だが、どこか親しみやすい彼に輝は見とれていた。

「古本屋でカフェなんて、ムードがいいですよね」

「君もそう思うかい?わかってくれるお客が来ると我も嬉しいよ」

「こういうレトロな喫茶店巡りが好きなんですよね。ほら、俺って毎日が騒がしいじゃないですか。喫茶店はそんな俺を癒してくれる場所なんです」

「ははは。そんな君に珈琲のプレゼントでもしようじゃないか」

そう言うと霞は焙煎された珈琲をカップに注ぐと、輝の前の椅子に腰掛けてにこやかに微笑んだ。

飲めば香りが鼻に抜け口いっぱいに苦味が広がるが、それが快感だったりする。ちょうどいい大きさのカップから立つ湯気は珈琲の香りを含ませ、まるで香水のようだった。オーナーおすすめというミルクを入れれば、珈琲にまろやかさが出て、心は落ち着くのである。

「ここのパンケーキも美味いぞ隈谷君」

「ナイトさんって案外グルメなんですね」

「見くびってもらっちゃ困る。これでも食にはこだわっていてね」

「嘘ですよね。あなたの家のゴミ袋には大量のカップラーメンの器がありましたが?」

「もうそんなとこまで見ていたのか。なるほど、君には君の能力以外にも探偵の才能が秘めているようだ」

「・・・・・見たらわかりますよ、あの量」



「隈谷君、君にお願いしたいことがある」

そうナイトが言うと、右手を前に突き出した その先には掃除用具が持たれていた。

「掃除したまえ」

だろうな。そう思うのは輝だけでないはず。バケツの中には雑巾やスポンジ、洗剤など様々な物が入っていた。その中には透明のゴミ袋も存在し、おそらく大量のゴミが出ることが予想できた。

「探偵の仕事ですか、これ」

「部下は上司の世話もするだろう?恥ずかしながら僕は掃除が苦手でね。掃除屋を雇っていたんだが、先日クビにしたんだ」

「また新しい方を雇えばいいじゃないですか」

「部下ができたというのに有効に利用できないなんて全く面白くないではないか」

もうこの人の考えてることなんてわからない。そう諦めて掃除を始めると、次から次へとゴミがあちらこちらから出てくる。クローゼットからはいつのものかわからないゴミ袋、コンビニ弁当の殻、大量のカップラーメン・・・・・。



働くことが決まって喜ばしいことだというのに全然嬉しくもないことばかりが今日は起こる。まるでナイト専属の、いや言い切っていいだろう。輝は今にも専属お手伝いさんになろうとしていた。






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