6

 あれからどれくらい考えただろう?

 真理恵の提案を受け、私の思考はぐるぐると廻るだけだった。

 今日も放課後、いつものベンチに腰掛け、噴水を眺めている。

 横にはいつも通り真理恵も座っている。


 いやな訳ではない。

 寧ろ、嬉しい提案だ。

 私も「契」りたい。

 真理恵は非常に魅力的だ。

 でも「全て」は怖い。

 解消が問題だ。

 心臓の交換は悪くない。

 

 でも——

 いってしまえば、これだけの問題だった。

 ただ、勇気が出ない。


 ふと横を見る。

 真理恵の奇麗な顔。

 今日は『ポイマンドレース』か何かを読んでいるようだった。


 なぜ、真理恵は私を相手に選んだのだろう?

 今の私には、陸上競技もないし、学業も平均そこそこ、文化系に至っては基礎教養の段階だ。

 真理恵とは釣り合わない気がする。


「なぜ?」

「ん?」

 気が付くと、声に出してしまっていた。

 真理恵の笑顔。


「それはね、愛音さん、貴女が他の方より多くの苦しみを受け、魂が磨かれているから……だから……」

 真理恵の可愛らしい唇が、一旦そこで止まる。

「だから……ボクの強欲さも、もっと奥にある本当の気持ちも、理解してもらえるかな、って」

 そう言うと、目線を横にズラす。


 こんな真理恵と「契」れるのは、心底嬉しい。


 ふと、真理恵が視線を逃した方向に目をやる。

 そこには、以前私の前で「対」になった二人が、おそろいのデザインの義手と義足を着け、並んで歩いていた。

 義足の少女はまだ慣れていないようで、ロフストランド杖を突きながら、義手の少女に支えられている。

 義足の足先と義手のマニュピュレーターが白いセラミックで覆われており、滑り止めに着けられたヌメ革と合わせて最新技術を使いつつ、クラシックな雰囲気を持っていた。


 私は、つい自分のリハビリのときを思い出してしまう。

 あのとき私は独りで痛みに耐え、独りでそれまでとこれからの人生が否定される絶望に打たれ、独りで周囲の期待に応えられなくことやこれから向けられるであろう目に対して自分の心を納得させようとしていた。


 でも、彼女達は違う。

 互いの部位を交換し、互いの痛みを分かち合い、互いの苦難を幸せに変えようと、つまりフュシスの苦しみをロゴスを通じて相互の「生命の泉」に互いの姿を映し合おうとしているのだ。


 それが、ひどく羨ましくなってしまった。

 もしかすると、真理恵もまたその優秀過ぎる性質のせいで独りで苦しみ抜いてきたのかもしれない。

 そう思い、真理恵の方をみると、ちょうど彼女も私の方に振り向くところだった。


 また、瞳が合う。



 少しの間

 。

 。。


「私、真理恵さんと『契』ろうと思う」

「愛音さん……」



 鐘の音。

 盛大に鳴らされる。

 チャイコフスキーでもここまでは鳴らさないと思うほど盛大に。


「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」


 礼拝堂の漆喰が光を反射し、周囲を明るくする。

 拍手の音。

 これまでの人生でこれほど多くの人に寿がれたことはなかった。

 いつも勝負の世界だったから、どこか悔しさ等をぶつけられていたし、自分も素直には祝福できなかった。

 でも、今は違う。

 本当に心から嬉しい。喜ばしい。

 そして、これからも。

 真理恵と一緒に。




 こうして私は真理恵と心臓を交換し、互いに人工心臓を着けた。

 共に同じ部屋に住み、文字通り共に命を刻み続けている。

 人工心臓のメンテナンスは、ときに大変だけれど、お互いの本当に深い部分を互いに手入れし合うような快感がある。

 その上真理恵は、私の義足まで新しく用意してくれた。

 互いに、互いの命を、心を、魂をメンテナンスし合う。


 私は、今まであんなに汚れた外の価値観を引きずっていたのだろう。

 今、本当に幸せを得て……





 あなたはどうして、まだそちら側にいるの?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖ノーレア女学院 @Pz5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る