エピローグ
第275話 私からのようこそ!
モモさんとラーサさんが渋い顔を見せています。私はふたりの顔を交互に見やって、フンスと鼻息荒く、両の拳を握り締めて見せました。
「私が行きます!!」
「エレナが?」
「行くの?」
ふたり揃って、あからさまに疑いの眼差しを向けて来ました。
クエイサーに代わって、新しくやって来たサーベルタイガーのリックス。ハルさんが連れて来たばかりの彼に、いろいろと教えなくてはなりません。
まずは
そうそう、クエイサーと言えば、キノと同じように
問題はその新人⋯⋯いや新獣の初
「経験済みなんで大丈夫です。見て下さい、力もこんなについて来たのですよ」
フン! と私はふたりに力こぶを作って見せました。
「ほっそ!」
「これは、余計心配になるわ⋯⋯」
「だ、だ、大丈夫ですって! みなさんは、仕事していて下さい!」
「「う~ん」」
ふたり揃って腕を組んで唸るだけで、なかなか了承してくれません。
「危険な
「アウロさん!! ほら、アウロさんもこう言っていますし、そうしましょう」
「「う~ん」」
アウロさんが私達のやり取りを耳にして、助け船を出してくれます。
なかなか首を縦に振らないおふたりでしたが、アウロさんのひと押しもあり渋々と首を縦に振りました。心配してくれるのは、ありがたいのですが、やらない事には経験になりませんからね。
「もう一頭のサーベルタイガーはどうしようか? 冷静なグラバーかな。
「多過ぎません?!」
「エレナを守る仔をたくさん帯同させないと、みんな納得しないでしょう」
アウロさんは笑顔でおっしゃいます。何だか私ってば、この辺りの信用はほぼゼロのようですね。過保護にもほどがありますよ。頑張らねば。
◇
穏やかな陽光が、木々の隙間から射し込んで、チラチラと私達を照らします。林道の葉を踏みしめ、私達は意気揚々と歩いていました。
ほら、ぜんぜん平気。何も起こらない。これはもう、ただ森の散歩ですよ。
なんて、気を緩めると大概何か起こるのです。
『グルゥゥゥゥ⋯⋯』
グラバーが森の奥を睨み静かに唸ります。緩み切っていた私は、一気に緊張に襲われました。
「グラバー何? ど、ど、どうしたの?」
『『グゥゥゥゥルウウウウゥゥ』』
グラバーの隣でリックスも唸り始めます。
「ええ? 何? 何よ? ねえ?!」
『『『グルゥゥゥゥ⋯⋯』』』
小さなガブまで加わって、みんな森の奥を睨んで臨戦態勢に入り始めました。奥で何か良く無い事が起きているのは明らかです。
し、仕方ない。
私達はゆっくりと奥へと進んで行きました。自分で手を上げたので、逃げ出すわけにも行きませんしね。
ガブをギュっと抱きしめ、奥へ奥へと進んで行きます。グラバーが先頭に立ち、どんどんと進んで行くので、否が応でも進む足は速くなって行きました。
大変!! これってマズイですよね?!
この場合は⋯⋯えっと⋯⋯とりあえず⋯⋯。
「グラバー! リックス! トーキン! ゴー!」
私は反射的に前方を指差します。
母親らしき黒狼が、ダイアウルフの小さな群れに襲われていました。母狼の後ろに血塗れの子供達が横たわっています。ダイアウルフに咥えられたまま、ぐったりしている仔も。必死に抗う母狼の首は下がり、体中傷だらけでした。
黒狼は頭が良くて人に害は無い⋯⋯はず。ダイアウルフは群れで狩りをする習性があって、人も襲う事がある⋯⋯はず。
アウロさんの教えなんて後回し。私はみんなにゴー! と叫んでいました。
飛び出した
私は息も絶え絶えの母狼の元へと駆け出します。散り散りに逃げ出すダイアウルフを確認し、今にも倒れそうな母狼を抱えました。
母狼の重さがズシリと腕にのしかかります。腕には温もりだけが伝わり、拍動はみるみる弱くなって行きました。瞳から生気が一気に抜け落ち、拍動は感じられなくなります。
安心しちゃったのかな。良く頑張ったね。
「遅くなって、ごめんね」
後悔していても、現状は好転しない事を先日学んだばかり。
もう少し早ければという思いをすぐに捨て、地面に転がっている子供達の確認をして行きます。ピクリとも動かない子供達に、思わず溜め息が零れてしまいました。
どの仔も、息をしていません。母親が必死に抗ったのに報われなかった現実。自然の中で生きるというのは、かくも過酷だと言う事実をまざまざと見せつけられた気がしました。
落ち込んでいても仕方ありません。みんなを同じところで眠らせてあげましょう。
転がっている子供達を母親の隣に寝かせて行きます。重なり合う子供達をひとり、またひとり、母親の元へ⋯⋯。
え? 何? この仔?
重なり合う仔供達に埋もれていた仔が露わらになると、私は少し驚いてしまいました。黒い仔達に混じり、異彩を放つ仔が映ります。真っ白な純白の毛を持つその仔が、唐突に目に飛び込んで来ました。
珍しい。アルビノの仔ですかね?
まだ目も開いていないほど小さく、か弱い存在が、私の手の平に乗りました。
可哀想に。
私はその仔を胸に抱き、寝ている母親の元へ⋯⋯。
あれ?!
トクンと手に伝わる微かな鼓動。それは他の仔には感じなかった、ゆっくりと脈打つ鼓動が伝わって来ました。
生きている! でも⋯⋯。
あまりにも鼓動が弱い。ここで出来る事なんてありません。
急がなきゃ。
私はその仔を胸に抱き、店への帰り路を急ぎます。手に伝わる弱々しい鼓動の間隔が、徐々に開いて行きます。今にも消えそうな、朧気な命の灯。
生きて。頑張って。お願い、生きて。
焦りが積み上がって行きます。絡まりそうな足に、破裂しそうな肺。思うように進まない足にもどかしい思いに苛まれます。
願いとは裏腹に、胸に抱く仔の鼓動は弱く、今にも止まりそうです。
お願い。あなたを守った母狼の為にも、あなたは生きて——。
刹那、私の胸から眩い白光が立ちます。
自分でも直視出来ないほどの眩い光に、思わず立ち止まり、目を凝らしていました。
へ? 何これ?
そう思った瞬間、私の意識はプツリと途切れたのです。
◇◇
あれ? 何だっけ?
柔らかな布団の感触に、記憶が混濁して行きます。
確か森に行って⋯⋯あれは夢だっけ? みんなと森の奥へ⋯⋯。
森の奥!!
私の意識は一気に覚醒します。目を開ければ、見知った天井が映り、私はますます混乱してしまいました。
ど、どこ?? 店?? 森?? うん? ううん??
「お! 起きたね。どう具合は?」
覗き込む青い瞳にさらに困惑してしまいます。
何で? ハルさん?? あれ??
ハルさんの優しい微笑みに安堵を覚えますが、状況はまったく吞み込めずにいました。
「ハルさん! 私⋯⋯」
「いきなりでびっくりでしょう。でも、こっちもびっくりしたんだからね。いきなり、ガブとグラバーが飛び込んで来たと思ったら、森の奥まで連れて行かれて、着いたと思ったら、エレナが倒れてるんだもの」
「え? 私、倒れたのですか? 何でだろう⋯⋯?」
「それはこっちが聞きたいわよ」
「う~ん」
ベッドの上で体をゆっくり起こして行くと、ハルさんが優しく抱きかかえてくれます。
「ハルさん、あの時⋯⋯」
私の言葉を遮るように勢い良く扉が開きます。
「ほら! 起きたよ。良かったね、ガブ。助けてあげたんだから、あとで美味しいもの貰いなよ」
フィリシアの腕の中から、ガブが私の足元へと飛び込んで来ました。尻尾をブンブン振って、喜びを体いっぱいで現してくれます。
「ガブ! ありがとうね。助けを呼んでくれたのだって。ちょっ、ちょっと、くすぐったいよ!」
甘噛みとぺろぺろのダブル攻撃に、今の私はなす術がありません。
「お! 起きた、起きた。モモ~! エレナ起きたよ!」
「あ、本当だ。エレナ、おはよう」
点滴を片手にラーサさんが扉を覗くと、すぐにモモさんを呼びました。ふたりとも笑顔で、私の目覚めを迎えてくれます。
「ぶっ倒れた原因が分からなくてさ。良かったよ」
「すいません、ラーサさん。ご迷惑をお掛けしました」
「別に迷惑じゃないけどさ」
「そうそう。真っ青な顔で、ハルさんが運び込んで来た時はびっくりしたわ。でも、外傷も無いし、心臓も肺も異常無いし、みんなで首を傾げていたのよ」
モモさんもラーサさんも、私の目覚めに安堵しているのが分かって、非常に申し訳ない気分です。
「そうだよ。ガブは離れようとしないし、引き離すの大変だったんだからね」
「フィリシア、ごめんー! あ! あの仔! 黒狼の⋯⋯」
「この仔でしょう」
「アウロさん!? ⋯⋯良かったぁ」
アウロさんが、真っ白な毛を纏う小さな小さな狼を腕に抱きながら現れました。いつの間にか、ベッドのまわりにみんな集合です。
まだ目の開いていない小さな狼は、スンスンと辺りの匂いを必死に嗅いでいました。
「お、エレナを探しているのかな」
アウロさんは私の腕に小さな白狼を受け渡します。あの時とは違う、しっかりとした拍動が腕から伝わって来ました。落ち着きを見せる小さな白狼に、ほっと胸を撫で下ろします。
「良かった、元気になったね。アウロさんが診てくれたのですか?」
「診たと言うか、少し弱っているかな? って、その程度だったよ。念の為、点滴を一本打って終わり。それよりさ、この仔アルビノだよね。珍しい個体だよ! 良く出会えたね!」
うん? 少し弱っている??
少し弱っているってレベルじゃありませんでしたよね?
アウロさんに変なスイッチが入りましたが、困惑の勝ちです。なぜ、こうも印象が食い違っているのでしょう。
「どうしたの?」
怪訝な表情を浮かべる私をハルさんが覗き込みます。
「この仔と出会った時、すでに瀕死の状態でした。店まで早く運ばないと、そう思って必死で走っていたら意識がなくなっちゃったのです。点滴一本で回復出来る状態では無かったはずなのですが⋯⋯」
今度はみなさんが、顔を見合わせて困惑を見せました。
「僕の見立てでは、少なくとも瀕死では無かったよ。モモやラーサにも診て貰ったけど⋯⋯」
「そうね。アウロの言う通り、少し弱っているかなってくらい」
「そうそう。フィリシアにも骨や筋肉の異常を確認して貰って、大きな問題は無かったよな」
「無かった。骨も筋肉も問題無しだったよ」
私も含めてみんなが首を傾げていきました。なぜこうも食い違いがあるのでしょう。元気なら、それでいいのですが⋯⋯。
私の腕の中でモゾモゾしているこの仔からは、命の危機など今はまったく感じられません。
戸惑う私を見つめるハルさんが、顎に手を置き、逡巡する姿を見せます。何か思い当たる節でもあるのでしょうか?
「ねえ、意識を失くした時の話を聞かせてくれる」
「はい。ダイアウルフに襲われていた母狼を助けに向かったのですが、間に合いませんでした。地面に投げ出されていた子供達を母狼の元へ寝かしてあげていたら、辛うじて息のあるこの仔を見つけたのです」
「辛うじて⋯⋯続けて」
「それでこの仔を抱いて、必死に店に戻る途中に意識を失ってしまったのです」
「その意識を失う時に何かあった? 何もなく、急に意識がなくなったの?」
「う~ん⋯⋯そうですね、あ! 抱いていたこの仔が光りました。そうです! 眩しいくらいの光が起きました」
「なるほど」
ハルさんは大きく頷き、何か納得されたみたいです。
「何か思い当たる節あります?」
ハルさんはニッコリと笑って、また大きく頷きました。
「ある。その光はその仔が光ったんじゃなくて、エレナが起こした光よ」
「え?」
「これで倒れた辻褄もあったわ。あなたは強力なヒールをこの仔に落として、極度の
「へ?」
「「「「ええええー!!??」」」」
ハルさんの言葉に一同驚愕の声を上げます。あまりに突拍子もないハルさんの言葉に、何が何だかもう頭が追い付きません。
「ヒ、ヒールなんて使えません! 使えませんって!」
「
「?」
困惑を通り越して混乱する私に、ハルさんは耳を触るしぐさを見せます。私もまねて耳に触れるとそこにはキノのピアスがありました。
「キノからエレナへの
「いやいやいやいや。ないです。ないですよ」
「でも、それが一番しっくりくる。倒れた理由も、この仔が助かった理由も、辻褄が合うもの」
「⋯⋯いいな」
ボソッとラーサさんの呟きに、否定したい気持ちがますます強くなります。もし本当にそうならば、ラーサさんに贈って欲しかったですよ。そのくらいの気は使って欲しいものです。
あ、でも、キノには無理かぁ~。
「まぁまぁ、本当に出現したか分からないし、ラーサだって、充分過ぎるくらいやれているじゃない。エレナは時間が出来たら、あいつのところに行って、聞いてみなさい。一応あれでも
「キルロさんのところですか⋯⋯分かりました。時間が出来たら行って⋯⋯来ます⋯⋯?」
何だか腑に落ちません。なぜでしょう? と言うか、いなくなってまで引っ掻き回せないで欲しいのですよ。
でも、この仔が助かったのは、どうやらキノのおかげ。素直に感謝も伝えておきましょう。
キノ、ありがとう。
「お! 目が開いて来たよ」
アウロさんが私の腕の中を覗き込みます。スンスンとまた匂いを嗅ぎながら、私に顔を向けるとゆっくりと目を開いていきました。
アルビノらしい真っ赤なルビーを思わせる瞳が見えて来ます。
「よしよし」
私が頭を撫でると、頭を擦りつけて来ました。
アウロさんが腕の中の仔を覗き込みます。
「え?」
最初に声を上げたのはアウロさん。その声にみんなも覗いて行きました。
「これって、どういう事かしら?」
「珍しいな。こんなの見た事ないぞ」
「アウロさん、こんな事ってあるの?」
モモさんもラーサさんも、目がテンになっています。
フィリシアの問い掛けにアウロさんはブンブンと首を横に振りました。
ハルさんも覗き込むと、納得の笑みを見せます。
「エレナ、見てごらんなさい。綺麗な瞳よ」
私は白狼の瞳を覗き込みました。
これって⋯⋯どうなのでしょう??
困惑がまた深まります。
「ハルさん、これってある事ですか?」
「私に聞かれても分からないわ」
赤い右目。そして金色の左目。
キノを思わせる美しく、神々しささえ感じさせる金色の瞳に、私達はしばらく見入ってしまいました。
「す、凄いよ! ただのアルビノ種じゃないよ! こんな瞳を持つ個体、聞いた事ないよ!」
アウロさんにスイッチがまた入ってしまいました。
もしかして⋯⋯キノ?
私はこの仔を抱え上げ、顔をジッと覗き込みます。違いますね、キノではありません。
直感的にそう感じました。ちょっと残念な気もしますが、この仔はこの仔。元気一杯に育ってくれれば、それで十分ですよね。
べったりと寄り添うこの仔に、ガブが少し、やきもちを焼いて私にべったりくっついて来ます。
「はいはい。ガブはお兄さんなんだから、仲良くしてあげてね」
「さて、エレナ。この仔に名前をつけなさい、主はあなたなんだから」
「私ですか?」
ハルさんの言葉に、みんなの視線が私に向きます。この仔の顔を覗き込むと、ハッハッと可愛らしい舌が見え隠れしていました。アルビノのオッドアイ。いろいろとてんこ盛りですね。
名前か⋯⋯。
「決めました」
「おお! はやっ! で、何んてつけるの?」
フィリシアが興味津々と詰め寄ります。
「キヲ」
「キヲ?」
「キノとキルロさんの“キ”と、ハルさんの名前から“ヲ”を貰って、キヲ」
一瞬の間が空き、みんなが顔を見合わせて笑みを零します。ハルさんだけ、何だか照れ臭そうに苦笑いしていますが、ダメとは言われませんでした。
「いいんじゃない」
「だな」
「エレナ、いいなぁ~。アルビノの主だよ、いいなぁ~。ハルさんはサーベルタイガーとアックスピークいるしさ。いいなぁ~、いいなぁ~」
「アウロさん、くどいよ! 面倒見られるんだからいいじゃん! グダグダといつまでも言わない!」
フィリシアにぴしゃりと釘を刺されます。
「え⋯⋯でも⋯⋯」
「言・わ・な・い」
「⋯⋯はい」
「「「プッハァ!」」」
小さくなるアウロさんに、みんな吹き出してしまいました。そんなにシュンとならなくともいいと思うのですが。
「また友達が増えて、良かったじゃない」
「エヘ、そうですね」
初めて会った時の言葉をハルさんは覚えていてくれたみたい。嬉しさもあり、照れ臭さもありで、なんだかモゾモゾしちゃいます。
「そうだ! ハルさん。私が言ってもいいですか?」
「うん? 何を?」
「キヲ、【ハルヲンテイム】へようこそ!」
私がキヲを抱え上げると、ハルさんはニヤリと優しい笑顔を見せてくれました。
ここは中央都市ミドラス随一の
何でも御相談、御要望承ります。
皆様の御来訪、心よりお待ちしております。
~Fin~
【ハルヲンテイム】へようこそ 坂門 @SAKAMON
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