第14話 転校生からの提案
男の遥輝が形無しになるほど快音を響かせ続けた秋穂は、ご機嫌のまま帰路についた。
「昔野球やってたりした?」
「ううん。バッティングセンター自体は不登校の時通ってたけどね」
「それでよくあんだけ打てるな……」
秋穂のセンスに舌を巻きつつ、駐輪代代わりにスーパーでの買い物に向かう。
とりあえずインスタント麺のストックは増やしておくとして、今日は何にしようか。
「冬雪くんは、今日食べたいものある?」
「特には」
「じゃあ、今日は茄子が安いし麻婆茄子にしよっか」
……ん?
「ちょっと待て、ナチュラルに俺と夕飯一緒に食べることになってない?」
「あれ、違った?」
「そうはならんだろ。普通に俺は俺自身の買い物しに来たんだぞ。秋穂は秋穂の買い物すればいいだろ」
「ひとりで食べるより一緒に食べる方が楽しいじゃん」
「喋りながら会話できないだろ、お互い」
「だからだよ。私がそういうタイプなの理解してくれる人と一緒に食べるから楽しいの」
「それ、ひとりで食べても一緒じゃないか?」
「何言ってるの。全然違うよ。それは冬雪くんだってわかってるでしょ」
その通りだ。
そんなこと、俺だってわかっている。
けれど、俺と秋穂は出会って1週間。
そんな人間をホイホイ家に上げて――いや、もう上がり上がられの関係なのだが――楽しいものなのだろうか。
「秋穂はさ、警戒とかしないわけ?」
「へ? 何を?」
「俺だって男なわけじゃんか」
「なに、私のこと、そういう目で見てるの?」
「見てはないけど……でも、秋穂は綺麗でスタイルもいいしさ、そういう目で見られることにもうちょっと警戒とかさ」
「褒めてくれてありがと。でもね、コンビニでお酒買ってるのバレた時、『この人なら信じられる』ってわかったから」
「なんでだよ」
「内緒。まあ、女の勘ってことにしといて」
狐につままれたような会話の間にも、ポンポンと買い物カゴに具材が放り込まれていく。
もう、秋穂の中では俺との夕飯は既定路線らしい。
「何か冬雪くんは買いたいものある?」
「……俺の」
「『俺の夕飯』以外でね」
「……………………ない」
「よし、じゃあレジ行こっ」
多分、秋穂の言う「女の勘」とやらには、俺は一生勝てないらしい。
途中でリカーコーナーからこっそり酒をカゴに入れようとしたので、全力で阻止した。
フライパンから湯気が立ち上り、食欲をそそる音と匂いがする。
秋穂の背中はどことなく「楽しい」と書いてあるように見えた。
「そろそろできるよ」
「じゃ、お茶とお皿の用意しとくわ」
「えー、お酒がいい」
「馬鹿野郎」
秋穂のワガママはしっかりと無視して、食事の準備を進める。
よそわれた食事は秋穂に運んでもらい、俺は今しがた使い終わったフライパンをささっと洗う。
食べた後でも洗い物はできるが、油汚れはすぐ洗うに限る。
今日は、秋穂も何も言わずに俺に洗い物をまかせてくれた。
あまり秋穂を待たせないように手早く済ませて、食卓につく。
「「いただきます」」
一口食べて、俺に衝撃が走った。
ピリッと辛味が利いたトロトロの茄子が、ご飯とよく合う。
麻婆茄子の素とか使わなくても、こういう美味いものが作れるのか。
自分は中華系はだいたいそういうのに頼ってしまっていたが、これからはちょっとチャレンジしてみるか。
そのまま俺と秋穂は黙々と食べ続け、「いただきます」の次に俺たちの口から出た言葉は「ごちそうさまでした」だった。
「美味しかったよ。皿、洗っとくわ」
「ありがとう」
「中華の素とか使わずにあんな美味いの作れるの、尊敬するわ」
「それほどでもないよ? レシピ検索してそのままやってるだけだし」
「それでもだよ。俺、あんまり料理得意じゃないからさ」
「じゃ、これから毎日ご飯作ってあげよっか」
「プロポーズみたいなこと言うなよ」
「プロポーズだよ?」
慌てて洗い物の手を止めて振り返ると、秋穂はこちらを向いて微笑んでいた。
冗談なのか、真剣なのか、全く読めない笑顔で。
「……えっと」
「ふふっ、困らせちゃったね。ごめん。それで、ご飯、どうする?」
「あ、そ、そうだよな。でも、そんなの流石に悪いし……さ」
「私は別に全然いいよ? 部活も同じだし、帰りも一緒でしょ?」
「そんなこと言われても、俺にはなにもお返しできないし」
「洗い物、してくれてるじゃん」
「そんなの、秋穂だってできるだろ」
「じゃあわかった。私は明日からひとりで食べて、ひとりで洗い物する。冬のさむーい日も、『つめたいなぁ』って言いながら、手をボロボロにしながら――」
「わーった、わーったから!」
「やった」
こうして、明日からも、秋穂と一緒に食卓を囲むことになった。
プロポーズが冗談なのか真剣なのかは、聞けないまま。
転校生の同級生が、実は高校を1浪2留してて既に20歳でした 二条 @NiJoe0616
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