第7話 守りたいものー4(了)
***
その後、壊された鈴守神社の鈴は、新たに作ってもらった。この結界の鈴は、本部の屋上にあるものも含め、全てヒトの手によって作られているらしい。約二十年の周期で、作り替えることで、その結界を守り続けてきたという。ヒトのいない、付喪神だけの国のため、彼らは鈴を求めたが、ヒトがいなければ、そもそも結界は成り立たない。
「不可能ってわけじゃないと思うけどね。難しい、かな」
「そうなんですか」
筆頭は、笑うだけでそれ以上は教えてくれなかった。筆頭も紅花も、ヒトのいない世界を望んでいるわけではない。追及もしなかった。
長――ナナシと小町の行方は依然分からなかった。リーダーが忽然と消えたことで、組織は実質的に解体となった。たびたび暴動が起こったが、ナナシほどの統率力を持つ者はおらず、数人が暴れるだけの小規模なものだった。警備課が対処し、保護される、といういつもの流れの中にあった。
史叶は、警備課の保護下にあった。監視という名目で葵は史叶に付いていた。
「昼ごはんを持ってきたよ」
今は警備課の階の空き部屋にいる、史叶に声を掛ける。いつものように中から返答はなく、葵はそのままドアを開ける。
「!?」
史叶が、絵巻物を床に広げていて、その手には火のついたマッチ。そのマッチが手から離れた。
葵は手に持っていたお盆を投げうって飛び出した。落ちる寸前のところで、マッチを何とかキャッチした。咄嗟だったから、つい素手で触ってしまい、一拍遅れて熱さに襲われた。
「あっっつ!!」
「おま、何してんだ」
「それはこっちの台詞! 今何しようとしたの!?」
史叶は今、自分の物を燃やそうとしていた。心臓であるそれを燃やすということは、自ら消えようとした、ということ。葵は、沸々と湧き上がってくる怒りのような悔しさのような感情のまま、史叶に噛み付いた。
「ふざけんな! 仲間を逃がして自分は捕まって、潔く消える? かっこ悪い、ださい」
「お前には関係ないだろ」
「関係ある! あなたは警備課の保護下にあるんだから、勝手なことは許さない」
史叶は長く気だるげなため息をついて、床に寝転がった。葵は、ぶちまけてしまった昼ごはんを片付けながら、葵は呟いた。
「それに、もう一度、警備課に入ってもらうつもり、だし」
「はあ? 冗談だろ」
史叶が勢いよく起き上がった。葵に化け物でも見るかのような視線を向けてくる。
「本気だもん。絶対に説得してみせる。あなたは警備課に必要な人だから」
「馬鹿なことを。俺は本部の情報を外に流して、襲撃して多数の怪我人を出した、裏切り者だ」
「怪我人は出ても、壊れる者は誰もいなかった。筆頭さんが、誰かがコントロールしていたんだろうって言ってた。あなたでしょ」
「……」
史叶は黙りこくっていたが、再びため息をついた。
「お前には無理だ。馬鹿だし、弱い」
「なっ」
「人を説得するには、自分や相手、交渉材料、置かれている状況、様々なことを踏まえて話す必要がある。お前はものを知らなさすぎる」
「そ、それは……」
「それに、いくら言葉で訴えようと納得しない者はいる。その場合は力づく、まあ実力を持って証明しろ、ってことだ。どっちも持っていないお前には無理だ」
これで話は終わりだというように、史叶は葵に背中を向けた。
「分かった」
「そうか。じゃあもう出て――」
「これから勉強するし、鍛錬ももっと頑張る」
「は?」
振り返った史叶は、理解が出来ないと顔全体で言っている。葵はにやりと笑い返した。
「あたしが諦め悪いのは知ってるでしょ。絶対に、説得してみせるから!」
「……はあ。好きにしろ。どうせ無理だ」
「じゃあ、まずあなたのことを教えて」
「は? なぜそうなる」
「何も知らないって言ったのはそっちでしょ」
葵は、史叶の腕を掴んで揺さぶった。史叶の頭がぐわんぐわん揺れて、やめろ、と訴えている。葵は道のりが厳しくても、絶対にこの人をもう一度警備課に入れてみせると決意した。
紅花と梓は、修復された五箇所の鈴守神社を巡り歩いて、あるものを回収した。神社の最奥に保管されている、結界を形成する鈴。この五つの鈴を手に、二人は屋上へとやってきた。
巫女が神楽を舞う際に使われる道具、神楽鈴。三段の鈴で構成されていて、一段目は三つ、二段目は五つ、三段目は六つの鈴が円になっている。本部の神楽鈴は、通常では二段目が空白になっている。鈴守神社から回収してきた五つの鈴を、二段目に付けることで、完成する。
「これで、いいんですか」
「うん。その鈴を三回、鳴らしてみて。空に向かって、出来るだけ高く掲げて」
「分かりました」
紅花は、神楽鈴の柄を握りしめて、右手を高く上げた。手首を揺らして、鈴の音を響かせた。
すると、幾重にも重なった風呂敷がゆっくりと解けていくように、空間が開けていった。目の前には、鳥居と巨大な鈴が姿を現した。これが、正しい結界の解き方。
「うん、上手だね。紅花」
「馬鹿にしてます? 梓さん。上手も何も、鈴を鳴らすだけなんですから、誰にでも出来ますよ」
「心を落ち着けないと、きちんと開いてくれないんだよ。誰でも、ってわけじゃない」
「そうなんですか」
紅花は、鳥居をくぐり、鈴の横を通り抜けて、一本の小さな苗の前にしゃがみ込んだ。それは新しくここに設置した、澪の墓標だった。香炉の付喪神から回収した鏡の欠片を箱に入れ、苗の傍に置いている。
騒動が収まったら、澪を弔うためのものを作ろうと、紅花が提案した。
「その苗、楓だったっけ」
「はい。楓の花言葉は、『大切な思い出』だと竜胆さんから教えてもらったので」
「大切な思い出、か。いいね」
紅花は、持ってきた手桶から水を苗にかける。この苗が大きくなったとき、きっと大切な思い出もたくさん増えているだろう。澪には、それを見守っていて欲しい。
「……」
「……」
紅花と梓は、目を閉じ、静かに手を合わせた。
風の音だけが聞こえる時間が続き、しばらくして、二人とも目を開けた。梓が紅花の顔を覗き込んで聞いてきた。
「澪になんて言ったの?」
「ありがとうございます、と」
梓は、わずかに首を傾げている。続きを促されているのが分かって、紅花は補足するために口を開いた。
「あの時、香炉の力で操られながらも、鈴守神社の鈴のことを知らせてくれて、戦いの中でも、その力に抗ってくれていました。正直、100%の力だったら、勝てる気がしません」
「まあ、確かに。二人でギリギリだったもんね」
「もっと、強くならなくては」
紅花は、決意表明にも似た口調でそう言うと、立ち上がった。横で梓が小さく笑う声がした。
「紅花は充分強いよ? どこまで強くなる気?」
「……あなたを守れるくらいに、ですかね」
梓が一瞬、目を丸くして固まった。そしてすぐに顔をほころばせた。そういう反応をされると、こちらが恥ずかしくなってくる。紅花はわざとらしいと理解しつつも、話を逸らした。
「梓さんは? なんて言ったんですか」
「俺? 俺は、『巻き込んでごめん』と『引きずって澪のことをトラウマにしてごめん』って」
そこで一度言葉を切って、鏡の欠片が入った箱を見つめた。
「それから、『もう大丈夫だから』って。俺のことを守ってくれる人が傍にいるしね」
「からかってます?」
「いいや、本気」
「ならいいです。ちゃんといますよ、これからも傍に」
開いた時と同じように、鈴を鳴らして結界を閉じた。
これから、鈴を神社に返して回る。今日は仕事もないし、ちょっとしたお散歩のようなものだ。どこかに寄り道してもいいかもしれない。
「ねえ、紅花。手繋いでもいい?」
「だめです」
「えー」
「……」
小さな子どものように口を尖らせて、不満を訴えてくる。紅花は結局いつも、根負けしてしまう。それを、梓は分かっている。分かっていて、聞いてくるのだ。わざと駄々をこねて、紅花の方から手を伸ばすのを、待っている。
全く、たちが悪い。でも、嫌いじゃない。
「梓さん、帰りにカフェでも行きませんか」
「いいね」
これは、彼女たちの和やかな日常と、それを守るための非日常の物語。
つくもがみ統括本部ー警備課ー 鈴木しぐれ @sigure_2_5
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