エピローグ
一年の終わりに
卒業式が終わった。
僕は三年生達と交流は少なかったが、柔術部の先輩方にはお世話になった。
その中でも、主将のトモエには入部時からお世話になり続けたので、卒業式ではお祝いを兼ねてしっかりと感謝の言葉を伝えた。
トモエは少し感極まってホロリと涙がこぼれたが、最後には満面の笑みで去っていった。
そのトモエは、卒業後は従軍することはなく、医療大学に進学することが決まっている。
見かけによらず面倒見が良いので、良い医者になるはずだ。
大学は同じ都にあるので、きっとまだ会う機会があると思う。
それから二週間後、終業式になった。
「今日でこの一年が終わりだ。進級できた者は、おめでとう。進級できなかった者は、申し訳ないがもう一度、一年生をやってもらうことになる。この一年で、全員入学時から別人のように力をつけたはずだ。進級が決まった者は、これで気を抜かずにさらに上を目指してほしい。進級できなかった者もまた、これで腐らず、来年は笑えるように励んでほしい。この一年、ご苦労だった!」
士官科一年生Cクラス担任ヤマウチの締めの話は終わった。
あっという間の一年だったと思う。
「マンジ、ちょっといいか」
僕が荷物をまとめて帰ろうとした時、ヤマウチに呼び止められた。
僕はヤマウチにしっかりと敬礼で答えた。
「はい、何でしょうか?」
「お前とは個人的に話をしておきたかった。進級おめでとう」
「そ、そんな教官! ぼ、僕なんかに、も、もったいないです!」
そう、僕は無事に進級することができた。
年間総合九位になり、Bクラスの相手との入れ替え戦も制した。
僕はヤマウチが改まって握手を求めてきたので、慌てて恐縮してしまった。
ヤマウチはじっと真剣な顔をしたままだったので、僕はその手を握り返した。
「入学時は、補欠入学の最下位だったのに、Bクラスの強敵との入れ替え戦も難なく制して進級を決めるとはな。この一年で一番成長したのはお前だな」
「きょ、教官! 僕なんかを買いかぶりすぎです!」
「自分を卑下するな。お前は自分の力で上の舞台に上がる権利を勝ち取ったのだ。それとも、柔術部の顧問としてお前を受け入れたオレの眼力を疑うのか?」
「あ! いや、そんなつもりじゃ……」
「フ、冗談だ」
ヤマウチは、焦って口ごもった僕を見て、楽しそうに笑った。
「オレは毎年、士官科一年生Cクラスの担任をやっている。つまり、学校でも最低ランクのクラスを受け持つが、オレは嫌いじゃない。むしろ、やりがいがあると思っている。なぜか、わかるか?」
「えっと……僕にはわかりません」
「それもそうだな。生徒であるお前は、わからなくて当然か。……お前達、まだ若い者が下のランクだからといって、才能が無いとは限らない。ただ、成長が遅いだけという事の方が多いのだ。だから、突然大化けする者が時たま現れる。その瞬間を見届けた時、どれだけこの仕事をやっていて良かったと思うことか。今年の場合は、お前だったのだ、マンジ」
「でも、僕はすべて自分の実力だとは思っていません。家族や友人、教官を含めて多くの偉大な人達との出会いに助けられただけです」
「だが、その出会いを無駄にすることなく自分のものとしたのだ。それもまた、お前の実力なのだ。自信を持て!」
「は、はい! ありがとうございます!」
僕はヤマウチに頭を下げた。
自分を高く評価してくれる人がいるだけで、こんなに嬉しいことなのだとわかった。
本当に諦めないで良かった。
「しかし、これで満足するなよ。二年生からはさらに厳しくなる。一年生は個人の能力を底上げすることを主目的としていたが、二年生からは班での課題が多くなる。そして、二年生に上がることが出来た者たちは、誰もが努力することの出来る才能のある者たちだ。だが、お前もその一人なのだと自覚しろ。オレは、お前の今後に期待しているぞ」
「はい! ……あの、教官、もう一度握手していただいてもよろしいですか?」
僕はもう一度ヤマウチと握手をした。
この分厚く固いゴツゴツした手は、力強く握り返してきた。
この手は厳しい修練の果てに作られたのだと感じる。
この人は、教官となった今でも自分を高めるために努力しているに違いない。
だから、この人の言葉には説得力がある。
僕はこの人に教えられ、認められたんだ。
胸の中が熱くなってきて、涙がこぼれた。
「あ、ありがとう、ございました」
「フ。大げさなやつだな。まだ、部活で会うのだぞ? ……だが、オレもお前の担任で良かったぞ」
僕は、ヤマウチと別れると地下の教室から上の階に上がった。
これで、学校での最下層からおさらばだ。
地上の玄関では同じクラスのタケチが待っていた。
しかし、僕の姿を認めるとすぐに踵を返して去っていった。
タケチはCクラス総合一位、結局この男に勝てないままだった。
だが、次の二年生からは、揃ってBクラスに昇格する。
次こそは、この
僕が外に出ると、他のクラスもちょうど帰るところだった。
僕の幼馴染のタツマとサヨ、上のクラスの出来るこの二人が子供の頃と変わらず、対等の親友でいてくれただけで心の支えになった。
二人共、二年生は特等クラスに昇格する。
入学式に偶然出会った魔法科主席のディアナ、ちょっと変わった子だけど凄い魔術師で、実際に命まで助けてもらった。
僕たちの世代で間違いなく最強、将来は世界一の大魔道士になる可能性がある。
特等クラスの同じ部活のマエダ、ランクの低い僕を見下すこともしない裏表のない良いやつだ。
部活の先輩サオリは、三年生に無事進級して主将になる。
学年第二位の特等クラスのムラマサと、魔法科で従者のシズとチズもやって来た。
彼らは、友だちというより不思議な関係だ。
ムラマサはタツマのライバル、この二人の英雄王を目指す戦いはいつまでも続いていきそうだ。
そして、学年主席で僕の片想いの相手ミカエラだ。
彼女に一目惚れすることがなかったら、本気で強くなろうなんて思いもしなかった。
もし彼女と出会えなかったら、今頃僕はタケチ達にいじめられて、とっくに学校を逃げ出していたに違いない。
彼女が僕のことをどう思っているのかはわからない。
でも、僕たちは一緒にこの一年で二度も命がけの試練を乗り越えてきた。
少なくとも、僕たちは友達と言える関係だ。
僕は彼女の事を知る度に、どんどん好きになっていく。
でも、今の僕は彼女の足元にも及ばない脆弱な男だ。
いつかは彼女に追いついて一人の男として認められたい。
悲劇で笑顔を失った彼女も笑顔を取り戻す日が来るはずだ。
その時に、僕が隣に立っていたい。
いや、僕が彼女に笑顔を取り戻させる。
世界最強の伯父カインを目標にし、異世界の悪魔を滅する『奈落の守人』を目指すミカエラにおいていかれないように、僕は強くならないといけない。
そして、忘れてはいけないのは、家族だ。
両親のいない僕をずっと育ててくれた祖母には、感謝してもしきれない。
僕の祖父は偉大な人だったと色々な人から聞かされるが、僕は知らない。
「ねえ、クロ。本当にありがとう」
「む? どうしたのだ、急に改まって?」
日の長くなりだした夕日に照らされて、クロはぼんやりと縁側に座っていた。
この一年で最も感謝しているのは、クロだ。
これまでずっと、ただの飼い猫のおじいちゃんネコだと思っていた。
それが、幻獣『ケット・シー』でネコの王様だった。
「だって、僕が進級できるほど強くなれたのは、クロが初めに僕を鍛えてくれたからだよ」
「なんだ、そんな事か。吾輩はうぬが生まれた時からずっと一緒にいるのだぞ。家族も同然だ。家族であれば、無償で助けて当然であろう?」
クロは僕を見て、ニィと口端を持ち上げて笑った。
クロは家族。
僕もずっとそう思っている。
今思えば、クロはずっと僕を見守ってくれていた。
でも、僕が追い詰められた時、ついに正体を現した。
厳しく鍛えられたし、諭されもした。
僕を守るために、前に立ってくれたこともある。
きっと、父親がいればこんな関係だったんじゃないかと思いもした。
「よし! クロ、今日は久しぶりに修行をしない?」
「フハハハ! 良かろう、吾輩もそうしたいと思っていたところだ!」
僕たちは、竹林の中の神社へと向かった。
契約した幻獣たちも僕たちの様子を楽しそうに眺めていた。
第一部 了
☆☆☆
この物語は私が人生で最も輝いていた青春の記憶である。
この後、全ての生きとし生けるものが激動の荒波に翻弄される時代の到来となる。
その時代の前日譚の物語だ。
その後の人生が不幸であったのか、と問われても、その通りだ、というわけでもない。
空よりも高く舞い上がる歓喜もあれば、海よりも深く沈む絶望も味わった。
私は少年から青年へと成長し、少年の頃だけ持つ大切な何かも失った。
その後の物語はいずれ語る時が来るかもしれないし、こないかもしれない。
それはわからない。
今はただ、私がこの一年で学んだ最も大事なことを巻末に記しておこう。
一期一会を大事にすれば人生が輝く。
―シオン・マンジ―
奈落の守り人 出っぱなし @msato33
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