脱出
長らくお待たせしました。
◆
「博士……」
「アルティメット様」
「……分かってるよグレース」
グレースが声を掛けて来る。分かっている。博士の心臓も、脳も止まってしまった。ここにある博士の体には魂がない。いうなれば単なる肉だ。だが放っておくわけにはいかない。
「流石に地下で放置は博士も怒鳴るだろう。地上に出て埋めてあげないと」
「そうですね。まあ当人は、うげっ太陽光じゃん。とか言いそうですけど」
「確かに」
人間が死ぬと土に埋める事を知っているが、この地下研究所のどこかに埋めるのは気が引けるため、博士の体を地上に運ばないといけない。だが確かにグレースの言う通り、太陽光を浴びると博士の体が溶けてしまうかもしれない。それだけ博士はここから出ていない筈だ。
「瓦礫どけれそう?」
「お任せください。移動力場展開」
だが周りは瓦礫だらけで、チマチマやっていたら脱出には年単位が掛かるだろう。しかし博士に色々改造されたグレースは、物体の停止や移動を出来る力場を展開することが出来るため、瓦礫を浮かせる事も朝飯前だ。
「あらぺちゃんこですね」
「だね」
瓦礫をどけると赤い染みが広がっていたが、まあ些細な問題だろう。今大事なのは俺が背負っている博士の体で、他の人間だったものに価値はない。
「このまま洞窟の正面から出ましょう。裏口は潰れている可能性が高いです」
「分かった」
この地下研究所は洞窟を利用して作られており、幾つかの裏口が存在するが、それはどれも狭く、これだけ崩壊していると通れるとは思えなかった。
「ん?」
「生命反応を感知」
暫くグレースに任せて崩壊した研究所を進んでいると、俺の感覚に何か引っかかるものがあった。かなり大きなエネルギーだ。
「ぐるるるるるる」
「兵器名"オルトロス"。博士が軍の命令で作り出した拠点防衛用の生物兵器です」
奇跡的に無事だった通路からゆっくりと現れたのは、二つの頭を持つ全長二メートルほどの犬だった。鋭い歯に爪、そしてこれでもかと盛り上がっている筋肉は、この生物兵器の元が犬だなんて信じられないほどの力強さを感じさせる。
「攻撃してくるかな?」
「指示は外部からの侵入者に対する無力化で、私は何度か会っているので問題は無いかと」
「それグレースだけ大丈夫ってこと?」
「そうとも言いますね。今アルティメット様に攻撃していないのも、博士の体を背負っているからでしょう」
この毒舌メイド、自分は顔合わせが済んでるから安全だろうが、俺はそんなことしてないから思いっきり侵入者だと思われるんだけど。いや待てよ、博士の作品という事は……?
『カッカッカッ』
特殊なクリック音を喉から絞り出す。博士曰く、このクリック音は博士が作った生物兵器に対する、共通のコミュニケーション手段であり、もし俺が脱出する際に生物兵器に見つかったら、試してみろと言われていた技術だ。
そして今俺が使用しているのは、上書きできない最上位の命令伝達音で、博士が悪戯で仕込んでいたものだ。なぜこんなものを博士が設定していたかというと、反乱とか全くそんな事ではなく、本当に単なる悪戯だったようだ。何でも、大事に軍が使っている生物兵器の最優先命令手段を握ってるとか気分良くね? らしい。やはり博士は趣味が悪い。
「くうん」
「おお、やりますねアルティメット様。今日から生物兵器曲芸師を名乗られては?」
「地上にはそんな職業あるのか?」
「ある訳ないじゃないですか」
「騙したな!?」
頭を下げて地に伏せたオルトロスに成功を確信するが、グレースにまた嘘をつかれてしまった。いや、サーカスというところでは猛獣を使役していると知識で知っていたから、てっきり生物兵器もそういうことをしているのかと思ってしまった。
「それでこのワンちゃんどうするのですか?」
「んー……とりあえず地上へ連れて行こうか」
「左様で」
ずっと地下に放置しておくのはかわいそうだ。命令は俺に絶対服従だし、人間を無闇に襲わないように言っておけば大丈夫だろう。
いやその前に。
「お手」
「ワフ」
「お座り」
「ワフ」
お手もお座りも完璧だ。しかもこのつぶらな赤い目。それが全部で4つあるのだ。今俺は可愛いという言葉の意味を理解した。
「ほーれほれ」
「くうん」
ついついオルトロスの頭を撫で回してしまう。可愛い。可愛い。
そうだ名前も付けないと。
「今日からお前はワンツーだ」
「ワフ」
「正気ですか? 今頭の数で付けたでしょ」
グレースにどうして正気を疑われたのか分からない。頭が二つだからワンツー。完璧なネーミングじゃないか。
「じゃあ行くぞワンツー。グレースよろしく」
「ワフ」
「ネーミングセンスまで博士に似ているとは流石ですね」
失礼な。流石にパーフェクトって名前は俺でもどうかと思ってるぞ。
◆
「そろそろ地上です」
「ようやくか」
「ワフ」
ワンツーと出会ってから、結構な時間を掛けてようやく地上に辿り着けたようだ。背中に背負ったままの博士を見る。待ってろよ、偏屈な博士の為に日当たりのいい場所を選んでやるぞ。
しかし地上か。青い空、白い雲、そして太陽。今まで俺が映像でしか知らない世界だ。そして博士は俺がそれを見るのを望んでいた。
「これが最後のようです」
グレースがどけた岩から光が差し込んでくる。いよいよだ。いよいよ地上に出るぞ博士……
「……これは……なんだ……」
崩れた洞窟から、地下から初めて出た俺の目に映っているのは
「警告。超高濃度な魔力光が可視化されています」
赤い赤い赤い赤い赤い赤い
世界が赤い
光は紅く捻じ曲がり、空は、世界は赤く燃えていた。
◆
オルトロス試験評価
戦闘評価A+
銃火器で武装した、魔法使いを含む囚人兵12名と戦闘試験を実施。1分6秒で囚人兵が全滅。
小銃での肉体的損傷無し。
全員を牙、もしくは爪を用いて殺害。
戦術攻撃魔法に対する超強度な抵抗力を確認。
防衛能力評価A++
オルトロスを迷路中央に配置後、複数のルートから侵入させた政治犯23名全員を3分以内に殺害。
異常な嗅覚を保持している様で、迷路に迷わず遮蔽にも問題なく対処。
知能が非常に高く、警戒エリア、巡回ルートを指定するとそれに従う。
メモ
博士曰く単なる片手間だったそうだが、今までどんな科学者がこれほどの芸術が作り出せた? そう、芸術だ。容赦という言葉は存在せず、与えられた命令を淡々と実行し、それでいて完璧にコントロール出来ている。まさに理想の兵器だ。まだ対魔導鎧のテストは出来ていないが、いつかは行ってみたいものだ。
あとがき
本当に長くほったらかしにして申し訳ありませんでした。
タイトルの方を、
超生物が復興する終末幻想世界と週末労働環境-労働環境の改善はもう遅い。世界は終末を迎えてしまった。いいや、世界が終末を迎えようと週末は休みだ!俺が崩壊した世界の労働環境を救って見せる!-
に改名しようと思います。
幻想終末世界掲示板と絶望の資料ー内面ヘタレな超生物が世のブラックに抗う文明復興物語ー 福朗 @fukuiti
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