エピローグ

愛しているよ。

 結果を見るのが怖くて、ずっと悩んでいたことに終止符を打つときがきた。


 昨日、例の検査結果が、仕事から家に帰ると届いていた。

 義父が先に受け取ってくれていたので、裕里の目に入ることはなかったようだ。



「お父さん、今日はお仕事に行かないの?」

「ん?なんで?」

「いつものビシッとスーツ着ていないから……」

「今日は、ちょっとね?」

「あぁーズル休みなんだ!ダメなんだよ!」



 裕里からは非難ゴウゴウと言われるが、大人にはズル休み用のお休みがある。夏休みや冬休み、春休みが短いのだから、それくらいあってもいいだろう?と言いくるめてみた。



「幼稚園は、毎日だもん!」



 裕里は、完全に怒ってしまった。仕方がないので、魔法の言葉を囁くことにした。



「裕里の好きな煮込みハンバーグ作っておくから、幼稚園行くよね?」



 ぱぁーっと顔をほころばせ、うんうんと頷いている裕里。裕里の大好物は、僕の大好物でもあるのだが……朱里の大好物でもあったらしいことを最近知った。確かに、同棲してたとき、1週間に1回は味替え品替えハンバーグが出てきたが、1番多かったのはデミグラスの中に浮かぶハンバーグだった気がする。

 好きだ好きだとは言っていたし、作るのが簡単といいつつ、自分の好きな物を毎週食べているあたりは、さすが朱里だ。



「ハンバーグ、絶対だよ!!」

「約束な!」

「じゃあ、幼稚園行ってくる!」

「よし、じゃあ、お父さんが送っていってやる!」



 やったぁー!と言いながら、裕里はいきなり飛びついてきた。いや、もう、俺も若くないから……急に飛びつかれると腰が……とは、言えない。母娘そろって、急に抱きつくのだから。



「じゃあ、お義父さん、裕里を幼稚園まで送ってきますね!そのまま、少し出てきます!」

「気を付けていっておいで!裕里、いってらっしゃい!」

「おじいちゃん、いってきます!!」

「あっ!こら、暴れるな。落ちるぞ!」

「おっことさないでぇー!!きゃははは!!」



 滅茶苦茶だなと思いながら、助手席に裕里を押し込みシートベルトを確認する。幼稚園の駐車場まで短い距離でも、久しぶりに裕里を送っていくので、ご機嫌であった。

 駐車場から手を繋いで幼稚園まで送っていくと、元気に行ってくる!と繋いでいた手を振り払い、裕里は走って行ってしまう。


 もう、6歳か……早いな。


 裕里の後姿を見送って、俺は車に戻った。



 朱里と初めて旅行にいったとき、ペーパードライバーであった俺も毎日車通勤をせざるえない状況になったため、運転も慣れたものになった。

 こんな俺を見たら、朱里はうまくなったね!なんて笑ってくれるだろうか?それでも、朱里が助手席に乗ってくれるとは思えなくて、笑ってしまう。



 義父から渡してもらった検査結果を見るため、人気のないところへ出かけることにした。

 どこがいいだろう?と思ったとき、海に行きたくなり1時間程、車を走らせることにする。

 そういえば、朱里とは海へ行ったことなかったな……まぁ、朱里の水着姿を他のやろうに見せるのはむかつくから行かなくてよかったけど、きっと、彼女に海は嫌だ!って言われて終わるだろう。

 ハワイの話も確かにあったけど……もし、行ってたら、水着着てくれたかな?


 俺の中の朱里は33歳のままだ。


 ちょうどその年に並んでみて、朱里って結構、俺に気を使ってくれていたんじゃないかとか考えるようになった。

 なんとも、そんな気遣いすら気付かずに来たのかと思うと恥ずかしい。



 目の前に海が見えてきたところで、駐車場に車を停める。平日だというのに、ジョギングしている人やカップルが歩いていたりと、意外に人が多い。

 みんな、仕事とか学校とか行けよ!と自分は棚に上げて、ぶつくさ言ってみる。俺のつぶやきなんぞ聞こえていない彼彼女たちは、思い思いのことをして、このひとときを楽しんでいた。



 さっそく、検査結果を見ることにし、封を開けて、ひとつ大きく息を吐く。

 封筒の中から検査結果を引っ張り出し、エイッと見た。



「両者のDNAより鑑定をしたところ、親子関係である可能性は99.9%となりましたのでお知らせします」



 ハハハ……99.9って、間違いようないじゃん!



 裕里は、やっぱり俺の子どもだった。自分が異父弟だってことが分かった時点で、朱里がいなくなった理由が妊娠だったのではないかと疑問がわいた。

 まさに、結果の通りだ……近親による子ども。

 もし、世間の明るみにでることになれば……と、考えてゾッとする。

 俺たちは自分で選んだからこそ、誰に赦されなくてもお互いに支えあっていけばよかったが、裕里は好奇の目で見られることになるだろう。

 それだけでなく、いじめで苦しむことになったり、最悪は俺たちを恨んで自殺もあり得る。



「朱里は、生むことすら悩んだんだろうか?生むと決めたからこそ、俺から遠ざかっっていったのか……俺が側にいれば、このことがバレる可能性が上がるから。裕里を想えば、それが正解だな、朱里。

 でも、俺も朱里がいなくてずっと寂しかったんだ、それもわかってくれよ?」



 返事のない会話。虚しいだけのはずが、今日は不思議と側に朱里がいるような気がした。


 裕……と呼びかけてくれているようだった。



「あぁ、心配しなくても、裕里は俺がちゃんと大人になるまで面倒みるさ。朱里の夫としてでなく、裕里の養父として、朱里の異父弟として生きていく。

 それなら……裕里の側にいてもいいだろ?」



 ハンドルにもたれかかり、ひとしきり朱里を想って泣いた。もう、朱里を想って泣くのは、最後だと決めて。

 朱里にずっと、頭を撫でられているような優しい時間を僕は過ごしたのだった。



 ◇・◇・◇



 ぼうっとした時間を過ごしたら、もう14時を過ぎていた。裕里と約束の煮込みハンバーグの材料を買って帰らないといけない。俺は慌てて運転をして、スーパーに寄り、煮込みハンバーグの材料を買い揃える。



「お父さん、おっそい!もう、みんな帰っちゃったよ!!」



 幼稚園に迎えに行くと、少し遅かったようで裕里が一人外で待っていた。



「すみません、遅くなりました」

「裕里ちゃんのお父さん!よかったね!」

「うん、先生、さようなら!ほら、お父さん、早く帰るよ!!」

「えっ!何?あ……あの……ありがとうございました、さようなら!」



 わけもわからず、裕里はぷんすか怒っていて、俺の手を取り引きずられるように車に連れていかれる。



「裕里?先生にあれは……ないんじゃない?」

「お父さん、幼稚園にもう、お迎えに来ちゃダメ!」

「えっ!?なんで?遅くなったから?」

「ちっがぁーう!先生ね、お父さんのことが好きなんだって!だから、ダメ!お父さんは、裕里のお父さんで、お母さんの大事な人なの!」



 なんともまぁ……嬉しいことを言ってくれる裕里。助手席に乗り込む裕里の頭をクシャッと撫でてやる。



「うん、心配しなくても、裕里が1番好きだから、誘惑なんかに負けないさ!」

「お父さん……」

「ん?何?」

「ゆうわくって何……?」



 まずいこと言った気がした。小さくても女の子、何か感じ取ったのだろうか?



「あぁ……もう少し大きくなったら……わかるかな?」

「大人の事情だ!」



 裕里の言葉に俺は、うぐっとなってしまい、なんとも言い返せない。話を変えるしかないと思い、煮込みハンバーグへと誘導しよう!と話を振ってやる。



「裕里、煮込みハンバーグ、一緒に作るか?」

「えっ!いいの?作りたい!!」



 おぉ……食いついてくれて……やれやれだ。


 俺たち親子、これからこんな感じで過ごして行けるといいな……と感じた。



 例の検査結果は、もう必要ないからこっそり処分することにした。何があっても、これからも、裕里が俺以外の誰かの手を取るまで一緒にいることに変わりがないんだから……この父娘関係は、ずっと続いていく。



「裕里」

「ん?」

「大きくなって、大好きな人ができたら、紹介してくれよ?」

「えぇーお父さんに?」

「あぁ、ダメか?」

「うーん、いいよ!でも、お父さんよりいい男はいないと思う!」

「そりゃ、光栄だけど、裕里には裕里のことを大事にしてくれるヤツがきっとあらわれるさ!」

「そうかなぁ?」

「あぁ、こんなかわいい娘をほっておくわけないだろ?」



 へんなのぉーっと笑い始める裕里。



「お父さんは、ずぅーっと裕里のお父さんでいてくれるの?」



 突然の質問に驚きはしたが、すでに答えは決まっている。



「当たり前なこと、言わない。裕里、俺が死ぬまで裕里のお父さんだから、お父さんが死にかけたら……面倒見てくれよな!」

「わかったー!面倒みてあげる!」



 やる気が漲っているようで何よりだし、家が近くなってきたことで煮込みハンバーグのことで頭がいっぱいになってきたようだ。口からでる言葉が、煮込みハンバーグと繰り返している。それを聞きながら、微笑んでしまった。



「たっだいまぁ!!」

「おかえり!裕里」



 朱里の育った家で、今度は裕里が育っていく。



 見ているんだろ?朱里。

 俺が、そっちに行くまで、あと50年くらいあるけど……気長に待っていてくれ。

 皺皺のおじいちゃんになってそっちに行くかもしれないけどさ、気持ちは変わらずだからさ!



 ずっと、愛しているよ。



 次は、ちゃんと僕の奥さんになってくれ、なぁ?……朱里。



ー END ー

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