第26話 エピローグ もう一人の僕
そして――。
血で染まった凍てつく雪原で向き合うのは俺とオーディンだった。
「惜しかったなオーディン。部下の神々を俺に仕向けて、自分だけは全力ダッシュ。悪くなかったぜ? まあ、出口までは残り200メートルってところで……ちょいっとばかり時間稼ぎが足りなかったみたいだがな」
俺はそのままオーディンの顔面に右ストレートを叩き込んだ。
「グビャュっ!」
ピンポン玉のようの右目玉が飛び出し、オーディンの頭蓋骨は粉砕されて脳漿が飛び散った。
「さて、これで一丁上がりだ」
「貴方という方は本当に何という……」
途中から、一部始終を静観していた戦乙女(ヴァルキリー)が青白い表情と共に声を震わせている。
「で、いるのか? 俺より強い奴は……ニブルヘイムとやらに」
「それは分かりませんが、オーディンなどは歯牙にかけぬ……更なる上級の神々はたくさんいますよ。あそこは直に……全ての神々が集結する場所になりますので」
「なるほどな。で……できるのか? 俺をそこに送ることは?」
「ええ、神々の戦場に送るためには魂だけの存在にならなければなりませんがね」
「つまりは一度死ねと?」
そこで戦乙女(ヴァルキリー)は首を左右に振った。
「いいえ、違います。肉の体を捨てて、霊体として更なる上位存在になると考える方がニュアンスは近いです」
「とはいえ、肉体は滅びるんだろうに?」
「それはそうですが……」
「しかし、どうにも俺は死ぬわけにはいかんのだ」
「と、おっしゃると?」
「実はな。この体は借り物だ。向こうに渡るのであれば、持ち主に返さんといかん」
「ふむ……?」
「自力で自分の幽体を離脱させることならできる。それで問題はないか?」
その言葉で戦乙女(ヴァルキリー)はギョっとした表情を作った。
「本当に何でもアリですね。人間のままでそれができるなら、神の国への導き手である私は必要ありませんよ?」
「導き手ではなく、道案内としてお願いしたい」
俺の言葉で戦乙女(ヴァルキリー)はクスリと笑った。
「で、それでどうなさるのです? もう行きますか?」
「ああ、肉体を捨てる前に、俺の相棒……この体の持ち主のもう一人の俺に別れを告げてからな」
「別れの言葉……ですか?」
「そういうことになるな」
そして、俺は別れの挨拶と共に、肉体という枷から解き放たれて神々の国へと向かった。
・エピローグ
――僕の中にはもう一人の僕がいる。
そのことに気付いたのはいつの頃からだったろうか。けれど、もう一人の僕はある時を境に僕の中から消えてしまった。
それは僕が恋をした時からだったのだと思う。
『力と人並みの幸せ……どちらかを選べ』
その時、夢枕に老人が立って、僕は……恋人を……勇者セシリアを選んだんだ。
――そして時が流れ、セシリアに奈落の底の迷宮に突き落とされそうになった時――老人は僕にもう一度同じ質問をしてきた。
僕は力を選んで、そして……それからのことはよく覚えていない。
いや、ところどころ覚えてはいるんだけど、全てがあやふやで、全ての記憶がおぼろげで。
自分でもどう表現していいか分からないんだよね……。
ともかく、僕を救ってくれた山村の村人によれば、僕は迷宮の洞窟の近くの山で倒れていた……ということだ。
そして、僕が倒れているのが発見される直前に、天に向かって二つの光が打ちあがったらしい。
最初に上がったのは弱々しい銀色の輝く光の筋。
そしてもう一つは――
目も眩まんばかりの赤色の閃光で、それはそれは巨大な光の柱だったそうだ。
そうして今現在、僕は山村に厄介になりながら色んな心の整理をつけている。
今ではむしろ、元の村には戻らずにここで過ごそうかと思うくらいだ。
そんなこんなで僕は恋人として一緒に住んでいる村娘のリンダと山菜狩りに出かけているんだけど――
――遠くから悲鳴が聞こえてきた。
「キャアアアっ! セオさんっ!」
「リンダさんっ!?」
見ると、僕の近くで山菜を採っていたリンダさんに向かって、山賊が数名走り寄っているところだった。
「この辺りを山賊団:ハイローズファミリーのナワバリだと……知らねえとは言わさねえっ!」
「ヒャッハー! 女だ! 女だ! 全員で犯した後で性奴隷として売っぱらえっ!」
僕は急いでリンダさんの下に駆け寄り、山賊との間に割って入る。
「武器も持たずにどうしようってんだっ!?」
身長2メートルはありそうな大男が鉈を振り回してきた。
「えいっ!」
鉈を避けた後、僕のボディブローが山賊に綺麗に入った。
そのまま、山賊は苦悶の表情で倒れた。
……そうなのだ。自分でも信じられないことなんだけど、僕は元々線が細い少年だったんだ。
でも、気が付けば見た目20代後半のムキムキマッチョに変身していたのだ。
何故にこうなったかは分からないが、恐らくはもう一人の僕の影響だろう。
それでも、やはりこれも不思議なんだけど、もう一人の僕の数万分の1程度の力しかないことも分かる。
と、その時――
「先生っ! 出番です! 高い金払ってるんですからよろしくお願いしますよっ!」
山賊の一団の後ろから、一組の男女が出てきた。
一人は剣聖で、そしてもう一人は勇者。
っていうか、これは……僕の幼馴染の勇者セシリアと、そしてその恋人の剣聖だ。
「言われなくても分かってる。私達は元勇者パーティーよ」
「ああ、そうだ。聖剣なしで魔王に挑んで、国王軍に大損害を招いた責任者の重罪人として指名手配中だがな」
二人は僕に気付いていない。
っていうのも、僕がムキムキマッチョになったのは、確か迷宮の中で急速に体がもう一人の僕用にカスタマイズされた結果のはずだ。
と、なるとこの二人をあの時にボコボコにしたのはこの姿ではなく、元々の僕の姿だ。
まあ、要は向こうはこっちに一切気づいてないってことだね。
「これも仕事だ。悪く思うなよ?」
剣聖が上段撃ち下ろしで僕を攻撃してきた。
さすがは剣聖というだけあって、とんでもない速度だ。これでは到底避けきれない。
そう、手加減をしている状態ではね。
「えいっ!」
日常生活が不便という理由で、普段は筋肉にリミッターをしているんだよね。
それに、リミッター解除をすると力の調整が上手くいかない。
で、それで相手を殴るとどうなるかというと――
――グチョスッパアアンっ!
えーっと……一言で言うと、剣聖の上半身が肉片となって吹き飛んでしまったということだね。
あわわ……と僕が事件現場に恐れおののいていると……。
「あわわ! 何……? 何なのよコイツっ!? この前の聖剣の件といい……どんだけツイてないのよっ!」
と、そのままセシリアは泣きながら、ガクガクと恐怖に体を震わせながら森の奥へと逃げ去ってしまった。
「ば、ば、化け物っ!」
「逃げろーっ!」
「逃げるってどこにっ!?」
「アジトから金目のモンを引き上げて、ここ以外のどこかにだよっ! こんな奴がいる場所で山賊商売ができるかっ!」
と、まあそんなこんなで悪い人たちはみんな逃げ出したみたいだね。
そうして、僕はリンダと一緒に小屋に戻った。
古い小屋の中。
決して裕福とはいえない生活で、内装もボロボロだけど、そこに恋人リンダがいるだけで僕にとってはここはどんな宮殿にもかなわない。
まあ、そういう感じで幸せな生活を僕はしている訳なんだ。
と、夕食を食べ終えて、ハーブティーを飲んでいる所でリンダが僕に尋ねてきた。
「ねえ、セオさん?」
「なんだい? リンダ?」
「その……もう一人の貴方というお話は本当なの?」
「うん。あるいはあれは夢……だったのかもしれないけれど」
「あのですね。仮に夢ではなかったとして……もう一人の貴方はどうなってしまったのでしょうか?」
「僕には分からないけれど、魂だけの存在となって……どこかに行ってしまったのだろうね」
「魂の存在ですか。それはどちらに?」
「僕は覚えていない。けど、彼は今も変わらぬ彼のままだと思うよ」
「と、おっしゃると?」
「だって、彼は最後にこう言ったんだからさ」
そうして僕はクスリと笑って、そして……思い直したかのように咳ばらいをした。
全てがあやふやな記憶の中、ただ一つ確かなもの。
それはもう一人の僕が、最後に僕に言った言葉だ。
その後、僕は精一杯に低い声で、可能な限りの迫力と威厳を込めてこう言ったのだった。
「俺は――俺より強い奴に会いに行く」
あとがき
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冥途の土産に教えてやろうと、Sランク級冒険者パーティーに裏切られた挙句に魔神の群れの中に放置された俺が前世の力に目覚めて無双する物語 白石新 @aratashiraishi
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