第25話 ラストゲーム 鬼ごっこ

「俺はセオ=ピアース。人類最強だ」


 そうして、上半身裸の男は俺に向けてズカズカと無謀に歩きながらニヤリと笑った。


「ほう、さすがは親玉だ」


「どういうことだ?」


「100点満点で――62点を出してやろう」



 そして、我と男の死闘が始まった。








 ラストゲーム ~鬼ごっこ~



 サイド:セオ


 戦闘が始まり数分が経過した。


「予想よりも大したことが無い。100点満点で62点というのは過大評価だったな。お前ではせいぜい48点というところだ」


 俺の言葉にオーディンはニヤリと笑った。


「くははっ! 変形した鼻でよくぞ言う」


 事実、俺の鼻は折れている……どころか、四肢の骨を折られて立ち上がることすらもできない。

 水晶床と壁の室内には血が飛び散っていて、その血液のほとんど全ては俺のものだ。


「ふふ……ふはははっ!」


 勝ちを確信したオーディンは腹を抱えて笑い始めた。


「フェンリルがやられたから少しだけ驚いたが……どうにも我は心配性でな」


「……心配性?」


「フェンリルの数匹であれば我は簡単に御すことはできる。しかし、万が一の可能性でお前が我を超える力量を持っていることを想定したのだよ」


 そこで、玉座の間の出入り口から20人程度の神々が入ってきた。


「くはは……っ! アース神族の集結も完了したぞ? 既にお前には勝機どころか――逃げるという選択肢すらも絶望的だ」


 止めどなく鼻から流れる血液を確認し、俺はオーディンに尋ねる。


「全部か?」


「全部とは?」


「ここに集まっている連中で全員かと聞いている」


「ああ、確かに全員だが? それを聞いてどうするつもりだ?」


「まとめて始末する。討ち漏らしがあっても面倒だからな」


 その言葉を聞いてオーディンは再度――腹を抱えて笑い始めた。


「ははは――くははははっ!」


 そうしてオーディンは右手に持っていたグングニル――槍を高々と掲げて、俺の右手に繰り出してきた。


 グシャリと肉が裂ける音が室内に響き渡る。


「はははっ! ははははははっ! 反撃すらできぬではないかっ! くはははっ!」


 何度も何度も槍が俺の右手を貫き、ブチンと右手が二の腕の辺りから切断されて地面に落ちた。

 次にオーディンは俺の右足に同様の処理を施す。


 ズシャリ、グシャリ、ズシャリ……ブチン。


 やはり、俺の右足も膝上から切断された。


「どうした人間っ!? 我々を始末するのだろうっ!?」


 残念だ……と俺は思う。


 純粋な物理戦闘力だけであれば、こいつは俺の領域まで達している。

 武の理合いを覚え、弱者の理すらも併用すれば……あるいは俺相手に勝機もあったかもしれない。


 しかし、こいつは駄目だ。


 何故に俺が槍で刺されても、悲鳴をあげないどころか無表情なのかも気づいていない。


 それはつまり、俺がこれをダメージとして認識していないことにすら気づいていないのだ。


「俺の母は武神と呼ばれた女だった」


「ああ? いきなり何の話だ?」


「そして俺の父は――大賢者と呼ばれていた」



「――完全回復魔法(パーフェクトヒール)」



 俺の体表を銀色の光が覆っていき――



「ふはは! 神々の攻撃には回復魔法は作用せぬ! 肉の体だけではなく、体の基となる霊体から破壊しているということすらも知らなかったの――なっ!?」


「霊体破壊。神殺しと呼ばれる技術だな? 当然知っているよ」


 立ち上がった俺を見て、オーディンは絶句の後にこう言った。


「回復魔法は元々の霊体……人体の設計図のとおりに肉の体を復元するものだ。大元の霊体が消失しているのに何故に……?」


「霊体ごと復元させた。それだけだ」


「まさか……っ!?」


「俺の完全回復魔法(パーフェクトヒール)は特別製ってことだな」


「ありえぬ……っ! ありえぬっ! 神域でも最高難度の芸当だぞそれはっ!?」


「つまりはお前の知り合いにもできる奴がいるんだろ? ならば、何もおかしいことはない」


 さて、と俺は念を込める。


「闘気発動」


 そうして俺は7色の武闘気を発動させる。


「闘気術……だと?」


 更に俺は魔法を発動させ、四肢に濃密な魔力を纏った。


「そのとおり。そしてこれが武と魔導の融合でな。魔力撃を主とする格闘――魔闘法だ」


 俺の手足に纏われた、馬鹿げた規模の魔力に戦慄し、オーディンは怯えた表情を作る。


「それは……一撃で地図が塗り替わるような威力の魔力だぞ? 我ですら……数発で絶命しうる……そんな魔力だ」


「ああ、だから生まれた土地では使えなかったな。だが、ここは貴様らの領域だ。何の遠慮もする必要もない」


「今まで……まるで本気を出していなかったということか? 貴様は……貴様は何者なんだ?」


「セオ=ピアース……人類最強だ」


 その言葉でオーディンは俺の頭にグングニルを投げてきた。


「魔力を纏ったのは四肢だけだ――纏っていない部分の貴様の耐久力自体は変わらんはずっ!」


 グングニルは俺の頭部を貫き、脳漿が地面にボトボトと舞い散った。


「くはは! 如何に完全回復魔法(パーフェクトヒール)といえ、一撃死には抗えま――えっ!?」


「完全回復魔法(パーフェクトヒール)」


「そ、そ、即死……っ! 今のは即死のはずっ!」


「ああ、普通ならそうだろうな」


「何故に貴様は生きているっ!」


「それはな?」


「ど、ど、どういうことなんだ」


 俺はしばらく押し黙り、そして大きく大きく息を吸い込んでこう言った。


 

「鍛え方が違うからだ」



「な、な、な……何の説明にもなっておらぬっ!」


「そういえばお前らはゲームが好きなんだったな? 最後はゲームで決着をつけようか?」


「ど、ど、どういうことだ?」


 真っ青な表情でオーディンが後ろずさっていく。

 かなりビビっているだろうが無理はない。


 逆の立場だったら、こんなの俺でも怖い。


「ルールは簡単。俺から逃げ出して、宮殿を出て雪原の端にある……この階層からの脱出口まで辿り着いた者の勝ちだ。勿論、俺につかまればその場で殺されるって訳だな」


 その言葉を皮切りに、オーディンも含めてその場にいた神々が全力で逃げ出し始めた。


「ひ、ひい……ひいいいっ!」


「何だ、何だ……何なんだこいつはっ!」


「殺されるっ! まともにやってもこんな奴には絶対に勝てないっ!」


 悲鳴をあげながら駆け出していく魔神達の背中を見ながら、俺はクスリと笑った。


「はは、ノリが良いじゃねえか。さあ――」


 そうして俺はパンと両掌を鳴らした。



「――鬼ごっこの始まりだ」


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