第24話 最終階層 その4

 サイド:セオ


 最終階層も前回から引き続いての雪原だった。

 そうして、階層中央部にそびえたつのは水晶の宮殿だ。


 戦乙女から菩薩以外の事情を聞いたが、この迷宮は最初から無茶苦茶だという。

 人間を奈落の底に突き落とし、生還を目指す足掻きを見て……嘲笑うことがその存在理由とのことだ。

 他にも人間の勇者を神々の戦争に導いたり、あるいは人間の嘆きや苦しみという負の感情をエネルギーとして取り出す発電所的な意味合いもあるとのことだが。


「つまりはあの宮殿はゴミ溜めだな」


 いや、連中が外道なことをしているということについては、本当は俺はそこまで怒っていない。

 と、いうよりもどうでもいいという感情の方が強い。


 だが、連中はやってはいけないことをやった。


 まず、俺よりも強い奴がいるはずだと触れ込みだったのに……実際には言うほど強い奴はいなかったこと。

 そして、何よりもようやく出会えた強敵(とも)との戦いを邪魔されたことだ。


「お前らは……俺を本気で怒らせた」


 そうして俺は憤怒の表情で水晶の宮殿を睨みつけた。

 あそこには絶対神オーディンという、魔神の大将が住んでいるという話だ。


「さて……盛大にゴミ掃除を始めるか」


 あるくこと数十分。

 宮殿の門には3柱の神がいた。


「私はスルト……火の神です」


「我は豊穣の神ノルン」


「ふふ、僕の名前はロキ……っ! 魔神ではなく邪神と呼ばれることもある」


 3人を見て、俺は深くため息をついた。


「100点満点で、右から17点、15点、31点だ」


 そこで31点と言われたロキが小首を傾げた。


「31点? 何のことだい?」


 そうして俺は縮地の動きでロキに迫り、右ストレートで邪神の顔面に拳をメリ込ませながらこう言った。


「お前らの戦闘能力だ。一人一人じゃ相手にならんから、全員まとめてかかってこい」







 サイド:主神オーディン


 玉座の間で、我は半裸の美の神々を侍らせながら極上の赤ワイングラスを口につけていた。


「オーディン様は本当にどうやってフォースを集めていらっしゃるの? 我々を呼んでの酒池肉林なぞ……」


 ヴィーナスが俺に唇を向けてきた。


「ああ、日ごろの行いが良いからな」


 唇をすすり、俺はフォースをヴィーナスに流す。

 そうして、一定のフォースを流したところで俺はヴィーナスを引き離した。


「吸い過ぎだ」


「これほどの大盤振る舞い……どのような手法で人間の負の感情を集めているのか、一度……ご教授願いたいですわ」


「大盤振る舞いに見えて、実はそれほどに余っているわけではない。カツカツだよ。見ての通りに宮殿維持の為にもフォースは食われるし、そろそろ本格的に戦争が始まる。外付けのMPとも呼べるフォースの無駄遣いは厳禁だよ」


「あら? カツカツだなんてこれはまたご冗談を。私の管轄する世界領域で1か月に徴収できるフォースの量を……今日だけで私達に分け与えるというのに?」


 そうして俺はズボンの下の股間の竿を指さした。


「ふはは。まあ、それは良しとして、こちらから吸う方がフォースは効率的に譲渡できるぞ?」


「ふふ、本当に昔から変わらぬ好色でございますね。ところで、本当にどのようにしてフォースを集めているので?」


 まあ、そう聞かれて素直に人間と迷宮の関係性を伝えるわけにもいかない。

 我だけが美味しい汁を吸えている現状、誰が他の神に伝える馬鹿がいるのだろうか。

 あの迷宮製作には莫大なフォースの初期投資も行われているし、北欧神族の秘蔵技術の結晶でもある。


 と、その時、正門の方から爆音が鳴った。



 ――ズゥ――ゥン



「なんだ? 騒がしい?」


 しばらくすると、巨人神族の兵士達が血相を変えて部屋に雪崩れ込んできた。


「侵入者です! 正門――抜かれました!」


「ああ? 正門が抜かれただと? あそこには3柱の神が設置されているはずだろうに?」


「ロキ様を始めとした御三方の生死不明ですっ!」


 何を馬鹿な……と、私は立ち上がり窓際まで歩み寄る。

 そして、正門と宮殿までの通り道である中庭に視線をやった。


「何だ……これは?」


 中庭の警護に配置していた巨人神族が――空を舞っていた。


 体長5メートルを誇る神々、我が率いるアース神族は長らく連中と敵対していた。

 今でこそ我が軍勢に屈服させたが、巨人の厄介さは我が一番良く知っている。


 その巨人が、侵入者の手によって次々と空を舞い、地平線の彼方へと吹き飛ばされていっているのだ。


 右フックで、ハイキックであるいは左ストレートで。


 侵入者が打撃を繰り出すと同時に、巨人の顔面がひしゃげ、あるいは胴体が陥没し、そして等しく――彼方へと吹き飛ばされていく。


「ど、ど、どういうことだっ!? 何者なのだあいつはっ!?」


 そこで私は嫌な予感を感じ、すぐに大声で叫んだ。


「雪原警護のフェンリルを呼び戻せっ! 迷宮中階層以降に配置していた魔神達も全員呼び戻せっ! アース神族の全戦力を結集させろっ! よく分からんが……あの侵入者からは不吉なものしか感じぬっ!」


 と、その時、中庭にフェンリルが現れた。

 正門が破られたことで異常を感じ、警戒任務を放棄して真っ先に馳せ参じたというところか。


「よし……よし……っ!」


 フェンリルといえば神喰らいの魔獣だ。

 私が奴を手懐けるために、幾柱の神を失うことになったのかは……今でも思い出したくもない。

 しかし、犠牲を払った甲斐があって、今ではフェンリルはアース神族の決戦兵器の一つとなっているのだ。


 そうしてフェンリルは侵入者の男に向けて飛び掛かり――



 ――パキョン



 男の右フックがフェンリルに突き刺さる。

 頭蓋骨を陥没させられたフェンリルがこちらに向けて一直線で飛んでくる。


 バリバリバリーンっ!

 

 窓のガラスが割れ、そしてフェンリルの死体をぶつけられた我は倒れそうになった。


「くっ…‥!」


 足に力をこめ、どうにか転倒を避けることができた。

 と、息をついたその時――



「お前がオーディンか?」


「き、き、貴様……っ! 貴様は何者だっ!?」


 そこで上半身裸の男は我に向けて、ファックサインと共にこう言った。



「俺はセオ=ピアース。人類最強だ」


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