第12話 天災の恋5

「えっと、つまりあの怪盗の能力は【しゃべる】事と関係するというわけ?」

「たぶん。その辺りに発動条件かまたは能力停止条件があるのだと思う。そうでなければ筆談なんてしないと思う。私達が話してる言葉は理解しているから聴力に問題もないだろうし」

 後日俺は、影路の仕事の休みの日に、影路を組織の建物に呼んだ。そして一階にある外部の人と打ち合わせをする為の部屋を借り、この間の事件について話をしていた。この部屋は、音声が外に出ない仕組みになっているので、秘密の相談をしたりするのにうってつけなのだ。

 影路は組織の手伝いとしての登録はしてあるけれど、厳密には組織の一員ではない。社員になるにはテストなどを受けなければいけないし、学生などとの兼務はいいけれど、アルバイトなどは禁止されている為だ。清掃の仕事を続けるならば、社員にはなれない。


「まあ確かに。俺の時は既に書いてあったのを見せて来たけど、影路の時はわざわざその場で書いていたもんな」

「予知系能力は万能じゃないから。限りなく可能性の高い未来を予知するだけだし、予知内容も限定的な者が多い。それに精度が高ければ高いほど、条件も厳しくなるから、喋ってはいけないという条件はありえると思う」

「何で影路は予知能力についてそんなに詳しいんだ? 知り合いにいるのか?」

 影路って予知能力者じゃないよな?

 能力を二つ持っている奴がいるなんて話、聞いた事がない。そして【無関心】の能力は予知系ではないはずだ。


「うーん。予知系に分類される知り合いはいるけど、今話した内容は普通に教科書にも書かれているものだよ? 予知能力者は数が多いから研究も進んでいる分野だし」

「あっ……そうなんだ」

 すみません。本を読まない男で。

 そもそも影路は勉強好きだ。能力が使えないから、別の部分で補っていると言っていたけれど。

 サポートなのに、そのうち本職より仕事ができる人間になってしまいそうだ。


「そういえば、怪盗から手紙が届いたんだけど」

「はあ?! 手紙?」

 アイツ、影路の住んでいる場所も把握済みなのかよ。

 自分が住んでいる場所を知られるなんて普通は怖いだろうに、影路は気にした様子もない。とくに顔色を変えることなく、鞄から手紙を取り出す。

 封筒には切手も消印も貼っていない。つまり直接ポストまで持ってきたということだ。

 そして封筒にはいつもの怪盗のサインが入っている。このサインは世間には公表していないので、たぶん模倣犯でもないと思う。


「影路、怪盗に何かされていないか? 勝手に家を探して手紙を置いていくとか、十分にストーカー案件だからな。職場とかにまで来たら、即刻通報してやれよ」

「……えっと、あー……うん」

 影路は少し戸惑ったような表情をした後に頷いた。どうしたのだろう。

「まさか、会ったのか? もしくは怪盗に同情とかしてるのか? 気にする事はないから。アイツは元々犯罪者だ」

「ううん。会ってないし、特に同情もしてないよ。ただ、職場まで来たらストーカーなんだなと思うと、ちょっと、えっと、違和感というか。そういう認識あったんだなというか」

 影路がとても言いにくそうな言い方をした。もしかして、これまでに職場まで来るようなストーカー行為を誰かにされたことがあったのだろうか?


「とりあえず、手紙にはこの間の恨みつらみが書いてあるけど、読む?」

「読む!」

 恨みつらみって何が書いてあるのだろう。まさか影路を逆恨みしているのだろうか。

 でもそもそも泥棒をしたり誘拐をしたりする方が悪いのだ。

 しかし渡された手紙を読み進めるうちに、俺は無言になった。……なんだこれ。

「私がDクラスで使えない人間だということは分かっているのだから、いちいち書面で書かなくてもいいのに。王冠を手に入れなかったのが、よっぽど悔しかったんだろうけど」

 えっ。いや。

 影路さん。それ、多分違いますよ。


 手紙の内容は要約すると、影路がこの組織に居ても意味がないから、怪盗の方につくべきだということが回りくどく書いてある。……まるでプロポーズのようだけど、この言い回し、俺もした記憶がある。

 つまり簡単に表現するならば、君が欲しい的な内容だ。

「というか、王冠はやっぱり欲しかったのか?」

 怪盗はレプリカを盗んだだけで、最後まで本物の王冠は盗まなかった。だから結局何がしたかったのかよく分からない結果となった。警察はようやく対象物を守り切れたおかげで、捕まえる事はできなかったけれど、なんとか面子が守られた形になっている。


「たぶん。でも最初から私が仲間の方に発信機をつけておいて、話しを聞いてくれそうな警官に渡しておいたから、盗めなかったみたい」

「えっ? 仲間に発信機?」

 確かに発信機は一つだけではなく、いくつか影路に渡しておいたけれど……えっ? 何それ、初耳。

「佐久間が来るまで暇だったから【無関心】の能力を発動して、警官の中に不審な人はいないかチェックしておいたの。怪盗が仲間を送り込むなら、一緒に仕事をしていても違和感がない人のふりをすると思ったから。調べていくうちに、警察手帳が偽物の人がいたから、その人に発信機を付けておいたの」

 いつものクールさで影路がなんてことないように暴露するけれど、まったく何てことない話ではない。


「マジで? 何で言ってくれないんだよ」

「だって、佐久間の動きが予知されてる可能性があったし。この手紙で、王冠を諦めたことが書かれていたから今伝えたの。それに、警官は不審人物がまぎれていたことを知っているわけだから」

 世間に公表されてないのは、まさか自分達に紛れているのに気が付かなかったなんて警察の恥だと思ったからかもしれない。

 それにしても、恐ろしい。

 自分がどれだけ凄い事をやったのか、分かっていないのがさらに恐ろしい。あの怪盗に盗ませなかったのは、多分影路が初だ。

 警官もDクラスを馬鹿にしていたのに、借りができた形である。しかも知られたくないことも影路に知られてしまったという……。


「な、なあ。ここに僕の所に来てと書かれているけど、行かないよな?」

 手紙の内容は、影路が欲しいというものだ。

 そして影路は以前、そういう言葉に弱いのだと俺に言った。

 ドキドキしながら聞けば影路は何を考えているのか分からない表情をした。まるで判決を受けている罪人の気分だ。

「……佐久間は私が必要?」

「当たり前だろ?!」

「なら、行かない。今は佐久間が主人公の物語を見ている方が楽しいし、犯罪者になったら家族に迷惑をかけるから」

 良かった。

 怪盗にザマアミロという前に、ほっとした。彼女に捨てられるかどうかの瀬戸際にいる男の気持ちが分かった気がする。生きた心地がしなかった。


「そういや……明日香が、影路の事、綾って呼んでたんだけどさ」

「うん。綾は私の名前だし」

 何を当たり前のことをという顔をしているが、当たり前ではない。当たり前ではないのだ。

「えっと……俺はその。綾と呼んでも……って、そんなに嫌そうな顔をするなよ!」

 へこむから。

 仲良くなれたと思ったのに。どうして、下の名前を呼んだだけでそういう顔をするんですか、影路さん!

 

「だって、あだ名なんでしょ?」

「は?」

 一瞬何の話か分からなかった。

 あだ名?

「仲がい人には、あだ名で呼ばれたいの。呼ばれた事がないから」

 ……少し考えて、俺が怪盗に言ったショッパイ言い訳を思い出す。いや、あれは、その場の勢いというか。

「佐久間。駄目?」

「駄目……じゃないですよー」

 はははは。うん。仲がいい判定されただけでも喜べ俺。

 怪盗が手紙の中で綾、綾、連発しているけど、あっちは一方通行だ。俺と影路はお互いを尊敬しあっている。……明日香の事はとりあえず気にしない方向で。

「良かった」

 にっこりと笑う小悪魔に振り回されっぱなしの俺は、天災とはAクラスではなく、影路のような人物を指すのではないかと思うのだった。

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無関心の恋 黒湖クロコ @kurokokuroko

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