第3話 最果ての星へ

 

 宇宙ステーション大鳳より、ゆっくりとその姿を現したのがレスキュー業務専用の宇宙船、スーパーコメットである。クジラのシルエットに近い流線形の船体は銀色に輝いている。


「機関出力5パーセント」

「機関出力5パーセント」


 美沙希の指示を羽里が復唱する。

 スーパーコメットは徐々に加速し始める。三つの巨大な円筒形のユニットが繋ぎ合わされて構成されている大鳳が、段々と小さくなっていく。


「時間がない。ワープ準備に入れ」

「了解。ララは航路算定に入れ」


 香織の指示にララがそっぽを向いてぼそりと呟く。


「算定は終了している。ワープアウト時のベクトルはカロンの周回軌道上に設定済みだ」


 アンドロイドのララは、小型の量子コンピューターを搭載している高速大容量演算型だ。非常に高い計算能力を持っている。


「さすがはララちゃん。いい仕事です」

「余計な誉め言葉は不要だ」


 ララは目を点滅させて再びそっぽを向く。どうやら恥ずかしいらしい。


「ごめんね。ララちゃんの算定した航路をトレースします。重加速開始準備」

「了解。ブリッジ内、対Gフィールド展開します」


 美沙希の指示を受け、香織が機器を操作する。すると、ブリッジ内が淡いピンク色の光に包まれた。これは加速度を相殺する力場、対Gフィールドが機能している際に発する光である。


「重力子反応炉臨界点へ」

「機関出力30パーセントへ上げ」

「第一ワープ速度まであと30秒」


 美沙希の指示で羽里と黒子が機器を操作する。

 スーパーコメットは猛烈な加速を開始するが、対Gフィールドのおかげで船内では加速Gを感じない。


「この中で、一番デブな黒子がピンクのスーツなのが笑えるな。膨張色を充てる総司令のギャグセンスは最高だ」

「もうララちゃん黙ってて。失敗したらどうするんだよ」

「私がついているから大丈夫だよ」

「ララちゃんに頼らなくてもやってやるんだから。軌道修正120から080へ。予定航路をトレースします」


 黒子の報告に美沙希が頷く。

 今からワープ航法を使用して、冥王星までの約40天文単位、すなわち約60億キロメートルの距離を一気に跳躍するのだ。

 これは、一般にワープと呼ばれているこの特殊な航法であり、正式には『次元昇華変異による高次元跳躍航法』と呼ばれている。物質の持つ固有の波長を変異させ、三次元存在から高次元存在へと強制的に昇華させることで高次元空間を移動する。その結果、移動距離を大幅に短縮させることができるのだ。未だ試験段階の航法であるが、実用化に成功し運用してるのはこのスーパーコメットただ一隻である。


「機関出力50パーセントから75パーセントへ上昇。85……90……95……100パーセント」

「ワープ開始」

「ワープ開始します」


 美沙希の合図を黒子が復唱する。そしてスーパーコメットは四次元空間へと突入する。その瞬間、ブリッジ内は虹色に光り輝き始めた。

 眩い光芒に包まれたのはほんの数秒だろう。ブリッジ内は唐突に光が失われた。通常の三次元空間へと回帰したのだ。


「ワープアウトしました。現在、カロンの周回軌道上に固定されています」


 知子の報告だ。彼女はレーダーの操作に長けているだけでなく、素早い状況認識を得意としている。


「この周辺は微細天体が多い。知子。最大限に注意しろ」

「了解」


 知子が機器を操作する。彼女はレーダー波の方向を自在に操って、障害物がないか捜査しているのだ。知子の捜査は自動で行うよりも数段早い。


「カロン観測所の位置を確認しました。救難信号が発信されています」

「アースドラゴン発進準備。香織と知子は突入準備に入って。ララちゃんも同行してください」

「了解」

「了解しました」

「わかった」


 三人はシートベルトを外して立ち上がる。


「ララちゃん行っちゃうの」


 心細くなったのだろうか。黒子がララに対し、切なげに声をかけた。


「お前が触らなければ問題だい。下手に触るなよ、黒子」

「分かった。早く帰ってきてね」

「まかせろ」


 スーパーコメットの機体色は基本的には銀色だが、光の反射によっては七色に輝く美しい色合いをしている。そして、全体的な姿は概ねマッコウクジラのような流線形のシルエットである。


 しかし、ここは太陽系最果ての場所。


 太陽光は届いているが、そのか細い光では、その船体は闇の中にぼんやりと浮かんでいるようにしか見えない。

 スーパーコメットは、その下腹に合体している小型船アースドラゴンを切り離す準備に入った。香織と知子、ララの三人はアースドラゴンの操縦席に座った。


「アースドラゴン起動します」

「了解」


 香織の報告に美沙希が返事をした。知子が機器を操作し、パネルが次々と点灯していく。


「リアクター起動完了。オールグリーンです。異常ありません」

「了解。アースドラゴンをパージ。操作はアースドラゴン側へ」

「アースドラゴン了解、スーパーコメットよりパージします」


 アースドラゴンはゆっくりと母船から離れカロン観測所へ向けて降下していく。


 アースドラゴンはカロン観測所へと着陸態勢に入った。月の裏側を出発してわずか二十分。神速のレスキュー隊ビューティーファイブが、その実力を遺憾無く発揮した瞬間である。

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美少女レスキュー・ビューティーファイブ 【リメイク版】 暗黒星雲 @darknebula

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