最終話 エピローグ・明日への約束。

 ・・・あれから二か月が経った。


 私は彼との約束を果たすために『いつもの場所』に向かっていた。


 …久々に歩く公園はやっぱり心地がよかった。ただ、あの時と違うのは園内に咲く草花からは秋のよそおいが感じられる、ってことかな?


「…今年は夏を感じる暇がなかったなぁ…」


 今年の夏はずっと病院だったからね。


 せっかくの夏休みだったのに外には行けなくて、彼のお見舞いがデートがわりだったもんなぁ~。


 ・・・まぁ、それはそれで、楽しかったし、嬉しかったけど。

 

 今はもう9月。お守りのおかげか、手術は無事に成功して経過も順調だった。

 今日は、退院をしてから初の…そして、約束のデートだ。楽しみで、仕方ない。


 ・・・昨日はもちろん、そのずっと前からウキウキしてた。


 思わずスキップをしたくなる気持ちを抑えて、池の横を通り過ぎる。そこは彼とジュースを飲むお決まりの場所。…今はかえるもいないから安心だね。


 待ち合わせの時間はまだ20分は早い。…私は落ち着いてゆっくりと歩いていく。ここで彼と過ごした時間をひとつひとつ思い出すように。


 ・・・そうそう。今年の夏はテレビから、もう一つの冬弥の走りを応援したんだ。

 全国の舞台で走る彼も・・・すごくカッコよかったんだよ!

 メダル、もう1つ増えたんだ♪


 それから、島村さんも全国大会の前から中里くんと付き始めたんだって!


 中里くんと二人でお見舞いにきて、そのことを報告してくれた島村さんは『少し・・・悔しいけどねぇ?』なんて照れたような、少し拗ねたような顔をしていたけど・・・幸せそうだった。

 すごく、お似合いだと思った。帰り、しっかりと手を繋いでいたんだもん♪


 ・・・・・・・

 ・・・池の傍のベンチから少し足を進め、少し離れたところにある芝生の中を歩いていく。…彼と一緒にかけっこをした場所だ。


 私、ズルしたんだよねぇ~。


 ・・・思い出したら、つい笑っちゃった。


 心地よい風に吹かれながら歩いていくと、約束の場所、運命の木が目に入ってくる。

 運命の木は相変わらず厳かで、優しく公園を見守っているみたいだった。

「・・・よっと♪」

 力強く隆起している根を軽く跳んで進んでいく。…うん、身体もしっかり動けてる。

 根元まで到着して、運命の木の幹に手を当てる。彼とかけっこをした時のゴールはここだった。


「・・・冬弥、まだ来てないかぁ・・レディを待たせるなんて、なってないなぁ♪」

 なんて、にやけながら呟く。

 一回、言ってみたかったんだよね♪


 ・・・そう、思っていた時だ。


「そんなところにいると、危ないぞ?」

「・・・!」


 ・・・声が木の上から降ってきた。


 ・・・どこかで見たことのあるシチュエーションだなぁ~?


「・・・何が落ちてくるの?冬弥」

 私はゆっくりと顔を上げ返事をする。最愛の彼に向かって。


「大量の愛、かな?」

 彼が大きな枝から顔をのぞかせ、にぃ、って笑う。

「・・・それじゃあ、危なくないじゃん♪」

 私も彼と同じように笑って答える。


「・・・へへ、かおり、今そっちにいくよ!」

 冬弥はそう言うとするっと木から降りてきた。・・・相変わらず、明るくて飄々としてて・・優しい笑顔で。…見ているだけで、心が心地いいリズムを取り始める。


「・・・・」

「・・・・」


 お互いに笑顔で見つめ合う。あの頃よりも少し秋の匂いを含んだ風が私たちを包む。


「・・・お帰り、待ってたよ」

「・・・ただいま♪」

 二人で挨拶を交わす。そう、ここで約束をしたんだ。

「・・・約束通り、闘って勝ってきたよ、冬弥?」

「・・・頑張ったじゃん♪」


 …冬弥が微笑んでくれる。…心が真ん中のあたりから暖かくなって思わず飛び跳ねそう!


「うん♪誰かさんがメダル越しに声を届けてくれたからね?」

 私も微笑み返す。

 ・・・そう、私にも聞こえた。彼の『頑張れ』って声が。

 だから、勇気を持ち続けることができたんだ。


「へへ、大声で叫んだからな♪」

 冬弥が少し余裕そうに笑って答える。…あんなに心配してたクセにぃ~!


 ・・・よし、久々にからかってやろう。


「ふふ、もぅ、冬弥ってばさぁ~」

「??」

 冬弥が首をかしげ、私は例の笑顔を浮かべる。

「手術の間も『俺はかおりがいなきゃダメなんだ!大好きなんだっ!!』・・・なんてメダル越しに叫びすぎだよ~♪」

「なに~ぃ!?」

 …彼が素っ頓狂な声を上げる。

「・・もぅ、おちおちピンチにもなれなかったよ~?」

「そ、そんな風に・・・叫んだ覚えは・・・」

「・・・ふぅ~ん?思ってないの…?」

 私はジッと彼を見つめる。わざと♪

「・・・ぐ、いや・・それは・・・叫んではないだけで・・・」

 …顔を赤くして目を背けようとする冬弥。…逃がすもんか♪


 グッと近づいて彼の顔を覗き込む。真っ赤♪照れてる冬弥も可愛い。


「あ!それから『かおりの言うことは何でも聞いてあげるから!』って言ってたよね?」

「それは言ってねぇ~!」

 彼は慌てて声を大きくする。

「じゃあ、やっぱり最初のは本当じゃん♪」

「~~~っ!!」

「・・・へへ♪」


 ・・・ふふ、久しぶりのくすぐり合いは私の勝ち♪


 それから、私は一呼吸おいて、もう一度、彼を正面から見つめた。


「冬弥のおかげだよ・・・ありがとう」


 私は言葉と共に彼の胸にそっと飛び込んだ。


 ・・・彼は告白の時と同じように私をしっかりと受け止めてくれた。


 ・・・離れないように、離さない様に…しっかりと。


 彼の腕の中は、やっぱり暖かくて…陽だまりのお布団に包まれたように心地よかった。


 お互いにきゅって、優しく力を入れる。お互いの鼓動が一つになるような気がした。


「・・・あ、また聞こえてきたよ、かおりの心の声!」

 冬弥が何か思いついたように言う。

「へぇ~、またミサンガから?」

「いや♪今度はかおりの心臓から♪」


 今度は彼がにぃ、って例の笑顔を浮かべる。

 …なるほど、受けて立とうか♪

 

「それで、なんて言ってるの?私?」

「かおり、俺とキスしたい、ってさ♪」

「・・・なっ!」

「・・・手術の前『もっとしたい』って言ってたもんなぁ~」


 冬弥が、私の心を心地よくくすぐってくる。


「・・・もぅ!本当は冬弥がキスしたいんでしょ?それ!!」

「・・へへ、もちろん♪かおりは違うのか?」


 ・・彼のまぶしい笑顔。ダメだ、にやけちゃう‥。あぁ、これで一対一だ。


「…大正解」

 …私は正直に答えると、スッと彼と唇を合わせた。柔らかい感触が唇に訪れる。

 ………

「へへ…」

「はは…」

 …やっぱりお互いに嬉しくて、少し恥ずかしくて、照れ笑い。…これも引き分け。


「さ、約束通りデートしようか、かおり?」

「うん!」

 私は彼の促しに大きく頷いて、スッと彼の横に回りこむ。それから、どちらともなく手を繋ぐ。…ほんのり、体温が伝わってきた。

 

「結構公園の様子も変わったからな」

「今度は冬弥が案内してくれるってワケだ♪」

「ああ、まかせとけ!」


 ・・・お互いに歩調を合わせて歩き出す。つないだ手が温かい。

 運命の木が枝葉をなびかせる「楽しんでおいで」…と。

 

 …うん、いいデートになりそう♪


「ねぇ、冬弥?」

「うん?」

「ずっと、一緒だからね?」

「もちろん!約束するよ、かおり!」


 冬弥は優しい笑顔で返事をしてくれた。


 ・・・これからも、私たちはお互いにたくさんの約束を交わしていくと思う。

 未来に向かって、明日に向かって。


 そう考えると嬉しい気持ちが止まらなくて、思わず彼にギュッと抱きついた。


「冬弥、大好きっ!!」


 私の声が、秋の晴れた公園に響き渡った――――――。

 

                                   END


 

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明日への約束。 ゆーゆー @miniyu-yu-

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